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因果 3 彼の旅立ち

「お二方、困った事があれば私を頼って下さいね。遠慮は嫌よ」

女公爵は席のお開きを告げてから、向かいの二人に微笑みを向ける。

それにデュクリスは慌てて口を開いた。

「モントルア令嬢に、お祝いをお贈りさせて下さい」

その言葉を受け、アストリアの従僕はモントルア家の侍女へと、手の平に乗る大きさの細長い包みを渡した。

ヴィヴィアンナからの視線を受け、モントルア家の侍女は包みを解き、彼女の目の前へと中身を置く。

それは、淡い青色の同軸の万年筆であった。

「ありがとう存じます。大事に使わせて頂きます」

そっとそれに右手を添えたヴィヴィアンナの瞳が一瞬揺れ、そっと閉じられ、再び開いた。

「アストリア公爵様のお心遣いに甘えて、これからもご相談させて頂きます。デュクリス様、娘へのお心遣い痛み入ります」

そう礼を述べて立ち上がり、モントルア夫人はヴィヴィアンナと共に挨拶し、応接室を出て、門にある馬車へと言葉なく向かう。その先を女公爵が歩き、デュクリスは3歩遅れて歩き、二人が馬車で門をくぐるのを見送った。

「及第点。ヴィヴィアンナさんの方が良く出来ていたのではなくて?」

一言言い、女公爵は踵を返し、屋敷へと戻っていった。

表情を上手く作れていなかったのは承知の上だったので、デュクリスは何も言わず、暫く門を眺め、数分後に首を振り、屋敷へと足を向けた。

その2週間後、第二王子ユーモンドとヴィヴィアンナの婚約と、5か月後の婚約披露パーティの日程が公表された。


公表から1週間後の夜、デュクリスの部屋に彼の父親が訪れた。

デュクリスより鈍い銀色の髪は長く、後ろで一つに纏め、赤い瞳は少し目尻が下がっており柔和な印象を与える顔つきで、人柄も柔和で女公爵補佐であり、女公爵が領地へと長期滞在している時は公爵代理として王宮へと出向き、陰日向に支えている人物である。

そして、ヴィヴィアンナとの事をデュクリスと一緒に残念がってくれる良き理解者で、こうして夜の来訪を続けてくれていた。

従僕もメイドもすっかりその習慣に慣れ、デュクリスの父親の来訪時にはお茶を出したらすぐに退室し、茶器は翌朝回収されるようになっていた。

父親はお茶を飲みながら、その日の事や自身の昔の失敗談、内緒の冒険談などを話してデュクリスを笑わせたり、驚愕させたりし、彼が眠たげになってくると、椅子から腰を上げデュクリスの肩を撫でて退室するのがそれまでの習慣となっていた。まるで幼子に対するような父親のそれに、デュクリスは最初は恥ずかしく思っていたが、飽きない話を待ちわびるようにもなっていたものの、それを終わらせる決意をした。

「父上。もう大丈夫です」

自身用に置かれたお茶を一息で飲み干し、デュクリスは父親へ微笑みを浮かべた。その為に、お茶をぬるく用意して貰った。

忙しい父親は、夜でも執務室へと向かう時があり、夜の来訪が続いている事は身体に堪える筈で、デュクリスは父親の目の下の隈が気になってきていたのだ。

「そうか」

一言そう言い、父親も一息でお茶を飲み干し、椅子から腰をあげ、

「おやすみ。良い夢を」

と、デュクリスの頭を撫でて退室した。

思いがけない事に、デュクリスは暫く放心した。

父親に頭を撫でられたのが初めてだったからだ。母親に撫でられた記憶もなかったので、記憶にある限りは初めての事だ。もしかしたら、乳母が撫でてくれていたかも知れないが、物心がつく前の話で、相手は退職している為に確認のしようがない。

ヴィヴィアンナが『お酒に酔ったお父様に髪をグシャグシャに撫でられたのよ』と不満そうに言いながらも、嬉しげに愚痴を溢した時、頭を撫でられるのは嬉しい事なのだろうか?と思ったものだった。

どんな気持ちなのか暫く疑問であったので、妹と弟の頭を撫でてみたら、二人共にはにかんだ表情をしたので、嬉しい事なのだろう。と結論づけていた。そして、いざ自身が頭を撫でられてみて、デュクリスは嬉しさより戸惑いが勝った。

撫でられて喜ぶ年齢ではないのだろう。と頷き、ベッドサイドの灯りを残し、他の灯りを落とし、ベッドへと入った。その日見た夢は、朗らかな笑顔の父親と、その横には母親が同じ表情を浮かべ、デュクリスに向かい手招きしており、近付こうと足を踏み出した所でポカリと穴が開き、底のない暗闇へと落ちかけた所で、目を冷ましたのであった。


婚約の公表から1か月。

デュクリスは女公爵から留学の決定を聞かされた。

以前から、年齢的に王子の側近に選ばれる可能性があるので、見聞を広める為に、国外へ勉強しに行く必要性がある。と言われていたので、驚きはなかった。

出立は1か月後で、留学先の国と家が決まっている事を女公爵は言い、質問があれば執事を通して聞く事になり、デュクリスは早々に女公爵の執務室から退室を促された。

決定事項だけを聞かされるのは慣れているので、デュクリスはその足で書斎へと向かい、留学先の言語の本と、文化を知る事の出来る本を何冊か手に取り、机に向かう。

言語に関してはヴィヴィアンナが根気良く付き合っていた事もあり、苦手でもなんとか身についていて、文化の違いは言語で手一杯で不安な所が多かったので、言語は軽く復習し、文化の違いを集中して覚える必要があった。

荷物は従僕達に任せるので、デュクリスが1か月でやる事は、相手の国をしっかり学ぶ事だけだった。

1か月はあっという間に過ぎ、季節は夏が終わりへと向かっていた。

デュクリスは大きなトランク1つを馬車に乗せて貰い、自身も乗り込んだ。トランクの中は旅に必要な物と、暇つぶしの本が2冊だけで、他の荷物は1週間前に先方へと送られていたのだ。

「それでは、行ってまいります」

見送りに出ている両親と妹と弟に向け、デュクリスは頭を下げた。弟を抱いて立つ妹は、メイドに支えて貰いながらも涙目で、弟は大好きな姉の抱っこに嬉しそうに声を上げて笑っており、父親は柔和な表情で頷き、母親は悠然とした笑みでデュクリスを見つめるだけであった。

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