因縁 11 日常
鉢植えはシモンが修道院まで持って歩き、修道院の玄関先でミシェールはそれを受け取った。笑顔で手を振ってシモンが帰ったのを見送り、鉢植えを持ったミシェールは、溜め息を吐いた。
時間はすでに夕食の準備が終わった時間で、随分と長く外出した事に後ろめたさを感じたのと、少し気疲れしてしまったのだ。
エルバルトに袖を引かれ、ミシェールはそちらに意識を向ける。
エルバルトは心配そうな表情をしていた。
無表情のミシェールだが、エルバルトはミシェールの些細な変化によく気付き、気遣ってくれている。
その優しい存在に、ミシェールは安堵し、中へ入る事を促す。
エルバルトが玄関を開けて待ち、その間にミシェールが中へ入ると、エルバルトも後を着いて来る。
そろそろ夕食の時間だからか、廊下は静かで、二人は一旦部屋に戻り、ミシェールが鉢植えを机の上に置き、揃って食堂へと向かう。
食堂ではやはり、デートだったのか?楽しかったか?ズルい!とか色々な声が飛び交う。
だが、お土産を見せると、子供達の興味はすぐそちらへと向かう。
その様子に、ここが自分の場所だ。と感じて、ミシェールはホッとした。
理事長のナンジーにお土産用に持たされた小遣いの残りを渡し、ミシェールはエルバルトと食事を取りに行く。
食事は大鍋にスープが入っており、各自で器によそい、大皿に乗ったパンから1つだけをトレーに乗せる。
特別な日以外は、大体こんな内容だ。
味付けや具は違うし、パンも長パンがスライスされたものか、丸パンだったり、たまにジャムがつく。
アストリアに居た頃とは、随分違う内容だが、ミシェールはここでの食事の方が良いと思う。
いつも母親の目を気にして、所作を間違えないように、音を立てないように、としていたら、味が分からなくなったのだ。
ここに来たばかりの頃は、なぜ自分とエルバルトがここに来たのか分からず、食事も戸惑いながら食べていた。そして、ここに慣れたら食事の温かさと、周りの騒がしさに、食事の後に部屋で少し泣いてしまった。エルバルトも一緒に泣いて、その日は同じベッドで並んで寝た。
ミシェールがエルバルトと同じベッドで寝たのは、それっきりない。
食事の後は、当番制で洗い物をする。
お風呂は毎日使えないので、汲んだ水で身体を拭く。ただ男の子の一部は頭からかぶってしまう事もあった。
部屋へと戻れば、一人用の机と椅子が2組、洋服と靴をしまう棚、ベッドしかなかった部屋に、小さな鉢植えがある。
日常の中の非日常に、ミシェールは溜め息が出た。
これのお礼をどうするのか?
何かを贈れば、また何かが返ってきそうで、ミシェールを悩ませる。
何より栞に対しての返しとしても貰いすぎだ。
−カタ
と音が聞こえ、意識をそちらへと向ける。
ラスクが皿に乗せられ、ミシェールの机に置かれた音だった。
エルバルトが伺うようにミシェールを見ていた。
お土産だから、自分は要らないと思い、ミシェールは貰わなかったのだが、ナンジーにでも持たされたのだろう。
「ありがとう」
ミシェールが言えば、エルバルトは小さく口の端を上げる。
おかしくなった母親しか知らないエルバルトだが、ミシェールとは違って笑える事は、ミシェールの救いだ。
エルバルトは自分の分の皿をミシェールの机に置き、自分の椅子をそこへと持って来た。
「一緒に食べてくれるの?」
ミシェールが聞けば、頷きが返され、エルバルトが椅子に座る。
ジッとエルバルトに見られ、ミシェールはラスクを手にし、口に運ぶ。
それを待っていたかのように、エルバルトもラスクを食べ始めた。
翌日、対面室に呼ばれて行けば、デューが待っていた。
シモンが居ない事に少し安堵し、少し気まずい気持ちを持ちながら、ミシェールは頭を下げる。
エルバルトも頭を下げ、二人ですっかり慣れた席へと座る。
「昨日は一日付き合わせまして、申し訳ございません」
デューがエルバルトの向かいに座り、一度頭を下げた。
それに、ミシェールは首を振り答える。
「いえ。お心遣いに感謝申し上げます」
「閣下のお考えに添ったまでです。シモンの方が楽しんでしまったようで、落ち着いて見て回れましたか?」
「はい。有意義に過ごさせて頂きました」
「安心しました」
柔らかく笑い、デューがお茶を飲む。
その表情に、ミシェールは安堵した。兄が自然に笑えるのは、良い日々であった証だ。
あのミハエルの元で騎士をしているのだ、きっと賑やかだけど、良い仲間に囲まれているのだろう。明るいけど少し軽率なシモンが仕えていられるのだ、良い場所なのは分かりきった事だった。
お茶を飲みながら、そんな事を考え、ミシェールは内心苦笑した。親元で暮らしていた自分が笑えないなんてと。
「お考えにお変わりないですか?」
カップをソーサーに戻し、デューがミシェールとエルバルトを見た。
それにエルバルトが頷き返したのを確認してから、ミシェールも頷き返す。
「残念ながら」
街の商人達は、誰もが充実した生活を送っていると感じられた。
それをほんの少し体感しただけだが、ミシェールには非日常としか思えなかったのだ。変化が怖い事もあるが、ミシェールの根幹には、罪の意識があるから、修道院でしか生きられないのだ。
「ご両親の罪を背負われていらっしゃるのですよね。本当に罪が深い方々です。ご息女、ご子息にこのような生き方を選ばせておられる。どこかで踏みとどまって下されば良かった」
そう言い、デューが拳を震わせ、視線を伏せる。
「あのようにしか、母は生きられなかったのでしょう。父はきっとそれに付き従ってしまったのか、巻き込まれたのか、どちらかなのでしょう」
何かを後悔しているような彼に、うわ言のように、ミシェールはそう言った。
両親の罪により、ミシェールとエルバルトがここへと送られた。
詳細は知らないが、きっと主導したのは母親である。とミシェールは確信している。
それ程までに、母親に異常が見えていたのだ。捕らわれるまでの1年は穏やかであったが、ただ表面上だけの穏やかさだったと、ここに来て悟った。
「ミシェール嬢は、ご両親が何の罪で裁かれたのか、ご存じでらっしゃるのでしょうか?」
緊張をはらんだ硬い声に、ミシェールは頭を横に振る。
「いいえ。でも、父は母を見捨てる事も、止める事も出来なかったのだろう。とそう憶測しただけです」




