因縁 10 ニゲラ
ミシェールは、デューが二人の兄なのだからと、一緒に行こうと言い出すのを警戒していたが、提案されたのは、シモンと町へ行く事で、少し拍子抜けした。
了承したので、明日は外出する事になる。
デューは早速、理事長に二人の外出許可を貰い、シモンと一緒に帰っていった所だ。
名乗り出るつもりがないのなら、それで良い。再会した時に初対面として接したのが効いたかも知れない。とミシェールはツラツラ考える。
兄が何をどこまで知っているか、ミシェールは分からないが、何も知らず、ミシェールだけを薄情だと思ってくれたら良いと思っている。
どういった流れだったのか覚えてないが、頭を撫でられたのを、ミシェールは覚えているから、兄には何も知らないで幸せになって欲しいのだ。あの手が嬉しかった事を覚えているから。
掃除の手を休め、ミシェールは周りを見る。
今は掃除の時間で、ミシェールは棚を拭いていた。
少し離れた場所で、エルバルトが窓を拭いている。
他の子供達も、それぞれ割り振られた事をしている。
ここに来たばかりの頃は、ミシェールもエルバルトも何も出来なくて、周りに教えられて、一つ一つ覚えた。
ここでずっと生きるその覚悟は、早いうちにした。
それが、別の人生を沢山並べられ、どれを選んでも良いと言われるのは、随分都合の良い夢物語を見ているような気分だ。
翌日、シモンと出掛ける事を知った淑女達や子供達に朝食の時に騒がれた。
子供達からは『ズルい』の声が、淑女達からは『楽しんできてね』の声が多かった。
朝食の時間から少し待って、やって来たシモンと、ミシェール、エルバルトは町へと向かう。
「まずは、野菜屋です!朝は新鮮なので良いですよ」
メモを片手に、シモンが先導し、ミシェールとエルバルトは手を繋ぎ、後をついて回る。
シモンの髪の毛はまだ黒いままだ。一定期間染まる物なので、暫くはそのままだと申し訳なさそうにミシェールに告げた。
もう過ぎた事だとミシェールが言えば、シモンは嬉しそうに笑った。
エルバルトは見た事のない野菜に釘付けになり、シモンは何故か呼び込みをし、ミシェールは店主から色々な調理方法を聞いて、野菜屋を楽しんだ。
「修道院も大変なんですね」
メモを手に、シモンは眉を潜めた。
メモには新たな書き込みがされており、避けた方が良い店が追加された。
野菜屋の店主が、修道院を良く思っていない店を教えてくれたのだ。
「直接何かされる事はあまりないのですが、苦情の手紙、脅迫の手紙は何度か来ているようです」
「酷いですね」
そんな会話の後、着いたのは雑貨屋だった。
色とりどりのリボン、可愛い小物、ぬいぐるみ、良い匂いのする玉など、色鮮やかに飾ってあった。
「ワクワクしますね」
店内を見渡し、シモンは楽しげに笑う。
女の子のお客が多い中、シモンは若干浮いて見えるが、本人は気にしていないらしい。
ミシェールはエルバルトと小物を見ていた。ミシェールはバザーに出す物の参考になれば、とカード類を見る。
エルバルトは、小物入れをじっくり眺める。
「ミシェール様は髪留め使わないのですか?」
髪留めを見ながら、シモンが質問した。
それに、ミシェールは頷く。
「ええ。飾りを付けるのはあまり好きではないので」
「そのままでも綺麗ですもんね。エルバルト君も綺麗な銀髪だし。銀髪て格好良いですよね」
うんうん頷くシモンに、ミシェールは内心安堵した。
髪の話題は、ミシェールは苦手だ。
修道院の淑女達や女の子達はリボンなどを付けさせたがるし、男の子にはたまに悪ふざけで引っ張られたりする。
それでも伸ばしているのは、淑女達と女の子達に猛反対されているからだ。
だから、シモンに何か付けた方が良いと言われたら、断るのが億劫だと一瞬思ったのだ。
「赤い髪も。良いと思いますよ。シモンさんに合ってました」
それは、社交辞令の一貫でミシェールは口にした。
それに、シモンの顔が真っ赤になり、挙動不審となり、周囲の女の子のお客から不審な目で見られている。
「あ、いや、その、ありがとう、ございます」
顔を右手で覆い、シモンがやっとそれだけを言った。
雑貨屋の後は、食堂に入り三人で食事をした。
代金を払うと言ったミシェールに、これは必要経費だから。とシモンは断った。
ミシェール達が色んな職業に触れる事の為に使うなら、それは必要経費だ。とデューから幾らか預かっていたそうだ。
午後からは布屋に行き、パン屋で修道院の皆へ、お土産のラスクを、ミシェールとエルバルトは選んで買った。理事長のナンジーから、お土産を頼まれていたからだ。
最後に花屋へと三人は寄った。
店先には今にも咲きそうな鉢植えが並び、店内には花の種や、手入れで使う道具等が置いてあった。
シモンが職業見学で回っているのだと説明すると、店主は椅子を奥から引っ張りだし、作業机と思われる所に並べる。
「ハーブティーをどうぞ。こういうのも扱っているのよ」
店主はそう言い、それぞれの前にカップを並べる。
三人で礼を言い、ゆっくりと味わう。
ミシェールは久しぶりに歩き回り、少し疲れていたので、スッと抜けるような味に一息ついた。
その隣りのエルバルトは苦手だったらしく、少し眉を寄せて飲んでいる。
シモンは、今飲んだ物と他の種類を合わせて幾つも頼み、満足そうに笑った。屋敷の仲間と奥方様へのお土産が出来て満足したようだ。
「はい。お嬢ちゃん。彼から」
ハーブティーを堪能していたミシェールの前に、リボンを巻かれた小さな鉢植えが置かれた。
ミシェールが首を傾げると、店主は可笑しそうに笑う。
「さっき、代金を貰った時に、メモを貰ってね」
さっき、というのはシモンだろう。今は三人しかお客がおらず、買い物をしたのはシモンだけだ。
ミシェールがシモンに視線を送ると、シモンは鼻を掻いて口を開く。
「栞のお礼に。花がお嫌いでないと良いのですが」
「あれは、先に贈り物を頂いたからです。このような事をされたら困ります」
「それでも、嬉しかったのです」
ニコリと微笑まれ、断りの言葉を続けるのを、ミシェールは躊躇った。
そこに店主が笑って言う。
「貰っておやりよ。高価な花じゃないし、気になるなら、何かお返しをすれば良いよ」
それでは、いつまでも贈り物が終わらないような気がしたが、ミシェールは戸惑いながらも、小さな鉢植えを受け取る事にした。
ニゲラの花言葉
「当惑」、「困惑」、「深い愛」、「不屈の精神」、「夢の中の恋」、「ひそかな喜び」




