因縁 9 髪の毛
全話を飛ばした方への為の補足
エルバルトは1歳の時から毒親の母親から言葉での支配を受け、萎縮した日々を送っております。
『兄』を引き合いに出して、『ああなるな』などを言われていた為に、『兄』の話しを出されると、母親も思い出してしまうのです。
エルバルトに、兄の話をすれば、当然あの萎縮した日々を思い出させるのは、ミシェールも痛いほど分かっていた。それでも、兄の話をしない訳にいかない。
「もし、兄様が生きていたとしたら、一緒に暮らそうて言われたら、どうしたい?」
ミシェールの問いに、エルバルトは怪訝そうな顔をし、首を横に振った。
もしもの話なんて、意味がない。とミシェール自身も思うのだが、ミハエルの使者として、兄が来てしまった以上、覚悟しなければならない。
なんと言ったものか?とミシェールが悩んでいるうちに、エルバルトが黒板を出してきた。
『兄様が居た事は知ってるけど、会った事がないから分からない』
書かれた文字に、そういえばそうか。とミシェールは納得した。ミシェールだって覚えているのはぼんやりした記憶だけだ。エルバルトは1歳の頃で、それを覚えているのはさすがに無理だろう。
「そうだったわね。今日会った騎士様。私達の兄様なの。もしかしたら、一緒に行こうて言われるかもしれない。だから、考えてみて」
そう言って、ミシェールはエルバルトを抱き締めた。8年、姉と弟で支え合ってきた。その別れが、近付いているような気がして怖かったのだ。
エルバルトは、しきりに首を横に振っていて、ぎゅっと抱き締め返してきた。
翌日、やはり対面室に呼ばれ、二人は緊張して中へと入った。
「ミシェール様!エルバルト君!お久しぶりです」
途端、飛んできた明るい声は、シモンのもので、対面室には、デューとシモンが待っていた。
「いきなり失礼だろ。ちゃんと挨拶しろ」
「あ、スミマセン。お久しぶりでございまする。シモンですね。お元気でしたか?」
デューの注意に、シモンがわたわたしながら二人に言い、シモンの背後に居たデューが、溜め息を吐く。
「申し訳ございません。少し興奮しすぎているようです」
「生ミシェール様!本物!夢ならずっと寝てたい!」
シモンの勢いに引きながら、ミシェールとエルバルトはいつもの席へと着いた。
「昨日は置いていかれたんで、今日はしがみついて、着いて来ました」
言いながらシモンがミシェールの向かいに座り、デューがエルバルトの向かいへと座る。
「それは昨日謝っただろ?」
「閣下の命令だなんてズルいです」
「じゃないと、効果がないと判断した」
そうシモンに反論し、デューは紙を二人の前に置いた。
「思いつくだけ、職業が書いてあります。閣下の話を受けるか断るかは別として、色々な職業がある事は知っておいて損はありません」
「ミシェール様が食堂だなんて!毎日通います!あ、花屋は似合いますね、医者なんて格好良いでしょうね」
紙を見ながら、シモンはあれやこれやと一人盛り上がりをみせるので、デューがその肩を捕まえる。
「だから、少し黙ろうな?ミシェール嬢が困ってらっしゃるからな?」
「スミマセン」
シモンが肩を落とし紙を机に戻す。
それを、デューが手を伸ばし、ミシェールの目の前に置き、口を開く。
「少し、昔話をします。俺は貴族の子供として育ちました。いわゆる後継者てやつで、まあ、そこそこ格式ある家でした。それが、ちょっと色々ありまして、今は騎士をしています」
そこまで言って、デューは一つ息を吐く。
「貴族のままだったら、今の仲間とは会えなかった。あの時は、騎士になるしか道がなかったけど、ミハエル様の騎士になれて良かったと思っております。ミハエル様の所でなかったら、俺は、幸せを諦めてしまっていたかも知れません」
「だから、ミハエル様の所へ来い。そういう事でしょうか?」
「いえ。それはお二人がお選び下さい。閣下の口癖です。好きにしろ。突き放しているように勘違いする人も居ますが、その好きに選んだ物を、閣下は全力を持って応援して、支援下さりました。なので、その中にない職業でも、お二人がお選びになれば、閣下は協力を惜しまない。その事だけは覚えておいて下さい」
そう言って、デューが深く頭を下げた。
それに溜め息を吐き、ミシェールは紙をエルバルトにも見えやすいように置き、二人で暫くそれを見た。
夢物語のように、沢山の職業が書いてある。
屋敷の使用人や、街にある職業、医者などの高い知識を必要とする職業、修道院の修道女、修道士まで書いてある。
「参考にさせて頂きます」
言ってミシェールが頭を下げると、デューは安心したように息を吐いた。
「ところで、シモンさんの髪の色は?」
とりあえず話題の区切りがついたので、ミシェールはずっと気になっていた事を指摘した。
シモンの髪が、燃えるような赤だったのが、今は黒くなっていたのだ。
「気付いてくれました?!そうなんです!黒くしました!似合いますか?」
途端、シモンは興奮し、自身の髪を引っ張ってみせる。
「お似合いだと思いますが、なぜ?」
「え?ミシェール様が赤い髪お好きじゃないようだったので」
「え?」
シモン話の飛び具合に、ミシェールは短い言葉で否定を示した。
髪の色の好き嫌いはない。生まれついての物を否定しても、本人の責任ではないのだ。
それなのに、目の前の彼は、ミシェールが赤い髪を嫌いだと思い込み、髪を染めたらしい。
「あれ?違いましたか」
「申し訳ない。少し軽率なところがありまして」
残念そうに肩を落したシモンの頭を下げさせ、デューも一緒に頭を下げる。
それに、ミシェールは溜め息を吐いて言う。
「私は構いませんが、シモンさんはそれで良いのですか?誰かに言われる度にそのような行動なさっては、ご自分を大切にされてないようで、少し残念に思います」
「えっと。ミシェール様の為にしか、こんな事をした事ないです。なんかちょっと照れちゃいますね」
鼻を掻きシモンはモジモジして言った。
「だとしたら、少し冷静になるべきでした」
「はい。気を付けます」
続いたミシェールの言葉に、シモンは背筋を伸ばし、しっかり頷いて応えたのであった。
会話が途切れるのを待っていたのか、すぐさまデューが口を開く。
「ミシェール嬢、明日宜しければ、シモンと町を見てきてはいかがでしょうか?色々な職業を実際に見るのも参考となります。お嫌でなければ」
「え?俺が?ミシェール様と?デューさんの方が頭良いし、強いじゃないですか」
「俺よりシモンの方が親しいからな。よく分からない俺とじゃ、気疲れさせるだろ」
シモンの素朴な質問に、デューは肩をすくめた。答えに納得したのだろう、シモンは頷き、ミシェールとエルバルトを交互に見てニコリと笑う。
「という訳で、ミシェール様、エルバルト君、明日どうでしょうか?」
それに、ミシェールはエルバルトの方を見、エルバルトが頷いたのを見て、シモンへと顔を向ける。
「宜しくお願いします」




