因縁 8 母親という存在
注意 毒親の言葉による子供の支配話です
辛い方は飛ばして下さい。
ミシェールが笑えなくなった理由の話、
デュクリスが異母兄だと打ち明けられる話です。
ミシェールにとって、母親という存在は恐ろしくもあったが、尊敬もしていた。
交流会に付き添ってくれた時、誰よりも優雅に振る舞っていて、周りの子供はシェキーラに対して随分緊張していた。
交流会は子供同士の交流が主だったが、その脇で婦人会も行われていた。ただ母親の付き添いは必須ではないので、使用人が付き添いが多かった。
なので、シェキーラが付き添いの日は、ミシェールは密かに嬉しかった。
厳しい人だったけれど、常に背筋が伸びていて、落ち着き払っていて、言葉遣いも綺麗で、所作が本当に綺麗だったので、母親が目標だった。
それが崩れたのは、兄の葬儀の後だ。
食前酒くらいしか飲んでいる所を見た事がない母親が、夕飯の席でワインを飲んだ。食事よりもワインが進んでいた。
侍女長が途中で首を振り、止めようとしたが、母親は冷たく視線を送り、侍女長を嗜めた。
それを宥めたのは父親だった。
母親の肩を撫で、水を渡し、部屋へと戻る事を提案した。
それを受け入れ、侍女長と侍女らの支えを拒否し、席を立った母親は、ミシェールとエルバルトへと視線を寄越し、口を開いた。
「貴方方は、アストリアの誇り。ですからお励みになって。デュクリスさんのようにはならないで頂戴。あれは悪い見本だと心して頂戴」
途中、何度か父親の制止の声がかかったものの、そう二人に残し、母親は侍女長を連れて部屋へと向かった。
兄の葬儀の後で、未だに心の整理が出来て居なかったミシェールは、その発言に目の前が暗くなった気がした。
兄の死を、人前で嘆かないのはまだ理解出来た。普段飲まないワインを飲んだのも、兄の死を人知れず悲しんでいるのだろうと、子供ながらに思っていたのに、あの発言。
普段と変わらぬ平坦で感情のない声が、恐ろしく冷たく感じられたのだ。
兄への失望があったとしても、あそこまで言えるのだろうか?しかも弟はまだ1歳。
少しでも母親の意向に添えなければ、要らないと言われ捨てられる恐怖が、ミシェールを襲った。
父親は、母親の発言を気の迷いで本心ではない。二人を失いたくないあまりに、あのような発言になったのだ。と釈明したが、遅かった。一度芽生えた恐怖は、取り除けない。
失敗しないように。失望されないように。捨てられないように。全ての行動に、ミシェールは緊張するようになってしまった。
気付いたら、笑えなくなっていた。
エルバルトと接していれば、自然と笑えた筈なのに、表情が引き攣ってしまうのを、ミシェールは気付いた。
周りのメイドや侍女も、それに気付いていて、ミシェールに対して以前以上に微笑みかけてくれるようになり、父親も話しをしようとよく誘ってくれるようになった。
兄の葬儀から13日経った日、母親が体調を崩した。
医者の勧めで、母親は暫くベッドから出られなくなり、父親が母親に代わり、執務をこなすようになった。
そうなると、ミシェールは父親との会話の機会が減った。父親の多忙は子供ながらに理解していたので、父親から誘われても、何かしら理由をつけ断っていたのだ。
その日も、ミシェールは母親の見舞いに、部屋へと向かった。
毎日、勉強の成果を母親に報告しに見舞っていたのだ。褒められたくてしてたわけじゃなく、認められたい。ただそれだけだった。認められたら、捨てられないと。
「よく出来ているのではなくて。この調子でお励みになって」
書き取ったノートを開き、母親からいつもと同じ言葉を貰い、ミシェールは安堵した。今日も失望されずに済んだと。
この時間は、いつも侍女長がお茶を入れると退室するので、部屋には二人きりとなる。
何かあれば、ベッド脇のベルを鳴らすだけだ。
その二人きりの空間は、いつも緊張するので、お茶は手をつけた事がない。
「貴女は正当なアストリアですもの。これくらい当然ね」
いつもと違う流れになり、ミシェールは肩を揺らした。
いつもは、アストリアがどれだけの歴史があるのか、国にとってどれだけ重要なのかを短い時間ながらも、母親は語っていた。
そのいつもと違う事、しかも何かを含んだような言葉に、ギクリとしたのだ。
「エルバルトさんはアストリアの正当な跡取り。ミシェールさん、エルバルトさんを助けてあげて頂戴。期待しているわ」
「正当とは?」
喉が引き攣るのを感じながらも、ミシェールはなんとか疑問を口にした。
それに、母親は目を細め、口を笑みの形にし、聞いたことのない甘やかな声を出した。
「ミシェールさんが私の初めて産んだ子。あれは紛い者のアストリア。いくら長く子が出来なかったとはいえ、あんな恥知らずに育つなら、認めるべきではなかったわ。私を侮辱したも同然」
「兄様は、兄ではなかったと?」
「あれを兄だなんて。アストリアが穢れるわ。ミシェールさんの汚点にもなります。お忘れになって」
それに何て返したのか、ミシェールは覚えていない。
気付いたら自室の机に向かい、歴史書を開いていた。
その夜、父親からの会話の誘いを、ミシェールは受けた。
父親に確認すれば、動揺をみせた後、真実を教えてくれた。
母親が結婚してから3年経っても子供が出来なかった事から、アストリアの血縁者とミシェール達の父親に関係を持つよう、祖母が指示し、その結果産まれたのが兄だと。
妊娠期間と出産は領地で過ごし、兄は母親が産んだ子として提出されたのだと。
子供に聞かせる話ではなかったが、母親から変な伝えられ方をされるよりは、冷静に教えられるだろう。と父親は判断したのだろう。
あの頃から、母親は狂ってきていたのだろう。と、ミシェールは思う。
暫くして、父親を心配した周りが、父親に休む事を願い出て、父親は母親の部屋でゆっくり過ごす事を選んで、その間だけは、平穏だった。
母親が復帰しても、暫くは何事もなかった。
母親がワインを欲しがると、父親が母親を誘い、談話室でワインを飲んで、母親の何かしらの気持ちや考えを宥めてくれていたのだろう。
ただ、それだけでは母親は解消されない物があったのか、ミシェールとエルバルトに、兄を引き合いにだし、『決してマネはしてはいけない』『二人はアストリアの誇り』『不出来な兄』『兄の事は忘れろ』、しまいには『最初から居なかった』とまで言い、仮面のような笑顔で、『お励みになって』とまるで呪いのように言う機会が増えていった。
その度に、父親が母親の言葉を嗜めたり、二人を抱き締めて『よく頑張っている』と気を揉んでくれていた。
言葉を覚えだしたエルバルトが、母親の前では萎縮するようになり、段々避けるようになったのは、必然だった。
それでも、顔を合わせる機会はあるが、エルバルトが萎縮すると、母親はやはり兄を引き合いに出すので、悪循環となっていった。




