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因縁 7 会話

季節を1つ越して、春先。蕾が膨らみ始めていた。

ミシェールとエルバルトに、ミハエルからの使者が会いに来た為、二人はナンジーの後に続き、対面室へと入る。

立って待っていた男は、ミシェール達が座るのを待ってから、ミシェールの向かいに座る。

訪問者が口を開くより先に、ミシェールは口を開いた。

「お初にお目にかかります。ミシェールと弟のエルバルトと申します。家名はございません。弟は声が出せないので、ご挨拶はご容赦頂きたく存じます」

「丁寧なご挨拶を頂き、ありがとう存じます。ミハエル様の抱える騎士団で騎士をしております。平民の騎士なので、家名はございません」

そう自己紹介した訪問者は、銀の髪を後ろへと撫でつけ、少し細い緑の目、日に焼けた精悍な顔つきをしている。

「名前はデューと申します。お好きにお呼び頂ければ」

口を僅かに笑みの形を作り、訪問者であるデューが小さく礼をした。

「デュー様、いつかは騎士様方や他のお屋敷の方々からのお心遣いを頂きありがとう存じます。直接お礼を言えて安堵しました。十分なお返しが出来ませんでしたから」

「いえ。僅かばかりな物なので、ご活用頂ければ幸いです」

ミシェールの言葉に、デューは首を振り微笑む。

その様子に、ナンジーは立ち上がった。

「私は席を外しますので、ミシェール、エルバルト、お話ししてあげて」

二人に笑みを送り、ナンジーが部屋から出て行った。

「閣下から説得を任されたのなら、申し訳ないのですが、気持ちは変わっておりません。私達はここで生活していく所存です」

ミシェールが言うと、デューは小さく頷く。

「手強いと、閣下から聞き及んでおります」

「ご足労頂いておりますのに、良い返事をお返し出来ず、申し訳ございません」

「謝らせてばかりですね。お気になさらないで下さい」

そう言って、デューは一度お茶を飲み、口を開く。

「不躾な事をお聞きしますが、ご兄弟はお二人だけですか?」

「はい。今は」

「今?」

「兄がおりました」

ミシェールの言葉に、デューの目が細まった。

「過去形ですか」

「はい。亡くなりましたので」

「そう。ですか。不躾な事をお聞きしました」

「いえ。随分と過去の事です」

デューが頭を下げて言うも、ミシェールは淡々と返した。

デューの頭が上がり、ミシェールとエルバルトを見据える。

「もし、会えるなら、何か伝えたい事は?」

「無意味な質問ですが、強いて言うとすれば、自業自得の事故でしたわね。でしょうか?」

「随分と手厳しいお言葉ですね」

「実際、そうですわ。貴族の子供が一人で外を歩くなんて無謀だと、葬儀の時に大人は言っておりました」

「まぁ、そうですね」

言葉が途切れ、暫く三人で見つめ合い、デューが腰を上げた。

「今日は一度戻ります。また明日来ます」

「お気を付けてお戻り下さい」

デューが部屋から出るのを見送り、ミシェールは隣りのエルバルトを見た。

初対面の人への緊張が取れたのか、ホッとした顔をしていた。

エルバルトを誘導し、ミシェールは対面室の隣りの部屋に居たナンジーに声をかける。

「部屋に戻ります」

ナンジーの言葉を待たず、二人は部屋へと戻った。

途端、エルバルトを、ミシェールは抱き締める。

「なぜ」

ただ一言だけ、ミシェールの口から溢れた。

名前は違うし、印象も大分変わったが、見間違いではない。何せ、ミシェールと彼の目元は良く似ているのだ。

だが、彼の正体を、こちらが気付いたと悟らせまい。と気を配った。嘘を吐く時、つい聞かれてもいない事まで口にし、必要以上にしゃべりすぎる。と、対話術の本に書いてあったのを思い出し、とにかく聞かれた事に対してだけ、彼に返した。

葬儀の前だったら、喜んで抱き着いたかも知れないが、今のミシェールにはそれが出来ない。

ミハエルからの使者として現れた、あの訪問者は、ミシェールとエルバルトの兄。

8年前、留学先への旅の途中で失踪し、野生動物に命を奪われた筈のデュクリス・ロー・アストリア、その人だ。

きっと、薄情な妹だと、ガッカリした事だろう。何故生きているのか?どこに居たのか?聞きたい事はあったが、再会を喜べない以上、ミシェールは他人でいるしかなかった。

知っているのだ。母親のシェキーラ・ハンス・アストリアが、デュクリスを疎まい、その命を狙っていた事を。

思わぬ兄の失踪と不慮の事故で、母親の手に掛からなかったが、ずっと兄に対して後ろめたくミシェールは思っていた。

母親の罪を誰かに相談するべきだったのだろう。と、それは今でもミシェールは思う。だが、罪の告発をするには、筆頭公爵当主の立場の彼女と、まだ子供のミシェールとでは圧倒的な力の差がある。

何より、相談した相手が母親の手の者だったらと思うと、それを口にする事は出来なかった。それに兄の死因は不慮の事故だったのもあり、実現しなかった罪を問えるのか?という疑問もあった。

弟のエルバルトはその事実を知らない。あまりの恐ろしい話に、ミシェールは口にする事が出来なかったのだ。

「いきなりごめんなさい。兄の話になって、少し動転してしまったようだわ」

エルバルトを開放し、ミシェールは彼の服をはたいて皺を伸ばした。

それが終わる前に、エルバルトは無言で首を振り、ミシェールに抱き着いた。

「バル?どうしたの?」

抱き着かれると、エルバルトとの意思の疎通が難しいので、ミシェールは彼の肩を軽く叩く。

「ぅっ」

と小さな声がミシェールに届く。

エルバルトが何かを言おうとしていると気付き、ミシェールは彼をそっと抱き締め返す。

「焦らないで、ゆっくり息を吸って、声が出せなくてもガッカリしないで。バルが頑張っているのは知ってるもの」

暫くそうしていると、エルバルトがそっと離れていくので、ミシェールも手を緩める。

エルバルトは無言で頷き、両手を拳にした。

頑張る。と言いたいのだろう。とミシェールは察して、小さく頷き返した。

あれから8年。抱き上げると喜んでいたエルバルトは、目の印象で幼く見えるが、ミシェールをよく気遣ってくれる優しくて頼もしい存在になっている。

「ねえ、兄様が居た事は覚えている?」

ミシェールの問いに、エルバルトは顔を強張らせて頷いた。

母親は、何かにつけて兄の事を持ち出し、二人を苛んでいた。それを思い出してしまったのだろう。

感情を剥き出しにする人ではなかったが、それが逆に怖かったのを、ミシェールも覚えている。

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