因縁 6 手紙
ミシェール達に日常が戻り、修道院の皆は以前と変わらぬ生活を送っていた。
シモンの居た約3週間はたまに話題になるが、それはシモンが元気だったら良いね。という流れから、あれは楽しかった。あの時のシモンの声に誰かが驚いていたと、少しだけ思い出す程度だ。
それは、修道院を卒業した子供への扱いと同じだった。
思い出してしんみりしては、出ていった者が心配してしまうからだ。そうすれば次に出て行く者が、安心して出ていける。
「騎士の活躍する本見つけた!」
一人の男の子が嬉しそうに本を持って食堂へと入って来る。
修道院の中で一番広い部屋なので、必然的に人が集まりやすいのだ。
静かになりたい者は、他の部屋だったり、天気が良ければ庭へと行ったりする。
「俺、それ前に読んだ!格好良いんだ!」
「言うなよ!これから読むんだ」
本を中心に、子供の輪が出来る。
それを出入り口からナンジーは見守り、そっと離れた。
経営は苦しくはないが、気を緩められる程でもない。
国からの手当と、貴族からの寄附、周囲からの物品の援助、小さな庭で育てている野菜で、贅沢は出来なくても、子供達の笑顔が守れている。
ナンジーだって、ここでの生活は随分助けられた。
たまに心無い言葉や手紙を貰うが、それくらい平気だ。婚家から追い出された時の罵倒は、今でも思い出せるのだ。関わり合いのない相手から、何を言われても、誰でしたけ?と首を傾げる程度だ。
願うのは、子供達をより良い環境へ引き渡す事。淑女達が新たな道を見つけるか、ここで心静かに暮らせるか出来れば、ここへの恩を返せると、ナンジーは踏ん張っている。
そんなある日、贈り物が届いた。
色んな布で包まれた品々が、食堂へと運び込まれ、荷物を置き終わった荷運び人は、ナンジーに署名を求めた。
唖然としながら差出された受取証書に署名しようと、差出人の所を見れば、ミハエルの名前があった。
荷物を運び込まれるのを見守っていた子供達と女性達が、積まれた物を取り囲んでいる。
「ミハエル様とそこにお務めの方々からの贈り物です。大事にしましょう」
荷運び人が帰ると、ナンジーは食堂に全員を集め、贈り物の送り主を告げた。
集まった全員が、とりあえずとばかりに包んである布を綺麗に取り、それぞれ開けて行く。
中には、誰かが読んでいただろう本が何冊か、手作りされたと思われる木の玩具、綺麗な刺繍糸と裁縫道具、色とりどりのガラス玉、化粧道具、幾つかのリボン、布で出来たボール、新品の揃いの子供服が入っていた。
荷運び人から渡された手紙には、騎士や使用人、ミハエルの妻がここの住人へと用意してくれたと書いてあった。
子供達は歓声を上げて喜び、女性陣も嬉しそうに顔を綻ばせる。
「後でお礼を書きましょう」
ナンジーが言えば、皆揃って頷いた。
早速遊びだす子供達の脇で、ミシェールは本を手にして読んでいて、エルバルトは木の玩具を抱えてそれを横から覗きこんでいる。
「貴方達に手紙よ」
二人に向けて2通の封筒を差し出し、ナンジーが言えば、二人はそれを手にして、食堂を出て行った。
割り振られた部屋で中を開け、ミシェールは手紙を開く。
『ミシェール様お元気ですか?
騎士の仲間にそこの話しをしたら、皆が何か贈りたいて話になって、色々選んで送りました。
皆が喜んでくれると嬉しいです。
ミハエル様にまた連れて行ってくれるようお願いしているので、
願いが叶うように祈って下さい。〜シモン〜』
最後まで読み、ミシェールは隣りの机を見る。
エルバルトの封筒には紙が2枚入っていたようで、読み終わった紙を机に置き、もう一枚をじぃと見ていた。
「それ、私も見ても良い?」
聞けば、エルバルトが頷いたので、ミシェールは椅子から立ち上がり、エルバルトの背後からそれを見る。
『よく歩く、食べて、遊んで、良く寝る。まずこれだけやれば良い』
シモンとは筆跡が全然違い、太い字のそれは、署名がなくとも誰が書いたのかなんてすぐにミシェールは気付いた。ミハエルだ。
一体どういう意図なのだろう?とミシェールは首を傾げる。そもそも、エルバルトはミハエルとやり取りしていない。
それなのに、なぜ当然の日常に対しての指示書紛いな手紙が来てるのかミシェールには謎だった。
エルバルトが机の引き出しから黒板を取り出し、チョークで文字を書いた。
『手紙に強くなりたいて書いた』
ミシェールの疑問に気付いたと思われる文字に、彼女は納得した。
シモンに感謝の手紙を書く時に、一緒にミハエル宛に書いたのか、シモンが相談してミハエルが応えたのかどちらかなのだろう。と思うが、もう少し何か助言はないのか。と疑問もある。
「そう」
何て言ったものか?と悩んだ末に出たのは、それだけで、ミシェールは自分にガッカリした。
自分の机に戻り、ミシェールは便箋と万年筆を取り出した。
どちらもここに来てから貰った物だ。
手紙を出す相手など居なかったから、便箋は封が開いていない。
ミハエルとシモンに対して、お礼の手紙を書いて、封筒に入れる所でミシェールの手が止まる。
折り畳んだ手紙を広げ、自身の書いた物と、シモンの手紙を並べ、両方を比べると何か違う気がする。
ツンツンと袖を引かれ、ミシェールはそちらを見る。
エルバルトが不思議そうな表情で、ミシェールが書いた手紙を指差した。
「これ変かしら?」
エルバルトに読みやすいように、自身の手紙を手にし、ミシェールは首を傾げた。
エルバルトの目が字を追い、最後まで読んで首が横に振られた。
それに安堵し、再びシモンの手紙の横に置く。
自分の手紙は時候の挨拶から始まり、心遣いへの感謝を連ね、皆で大事に使う旨を書き、願いが叶う事を祈ってますと結んだ。
習った通りのものだ。違和感の正体は分からないが、エルバルトも大丈夫と応えた事から、ミシェールは自身の手紙を折り畳み、封筒へとしまう。
ふと思い付き、引き出しから栞を3枚取り出し、シモン宛に1枚、ミハエル宛に2枚入れ、ミシェールは封を閉じた。
庭の花を詰んで栞にした物で、修道院の春のバザー用に作っていたのだ。
台紙は綺麗な物を選んで、花の近くに蝶の絵を描いて貰った物だ。
男性が使うには甘すぎる気もするが、ミシェールが用意出来るお礼は、どうしても女性向けになってしまうので、まだ栞なら良いだろう。という判断だ。
シモンの手紙は引き出しにしまい、ミシェールはエルバルトを誘い、理事長室までお礼の手紙を預けに行った。




