因果 26 命
ミハエルとヴィヴィアンナの婚姻から5か月後、国中に明るい話題が広がった。
王太子妃イネッサの懐妊。
まだ花は蕾の季節で、花を飾る事が出来ない代わりとばかりに、各家々は鮮やかな布を屋根へと飾り、国の慶事を歓迎していた。
貴族で花が手に入る者は、こぞって門の前や塀の上に飾り、自身の力を主張している。
王太子夫妻と赤子が並んだ絵を売り出したり、食堂では懐妊記念の限定定食を売り出したりと、逞しい商売人はその気分に乗っかている。
「ねえ、子供欲しい?」
大公領の庭のガゼボで、ヴィヴィアンナはそう言って隣りのデューを見た。
デューとはすっかり城内で公認の仲となり、こうして人の目を気にする事無く、隣り同士腰掛けていた。
「えっと?まだそういう関係じゃ。ヴィアは欲しいの?」
照れくさそうに頬を若干赤らめたデュー。
ヴィヴィアンナとデューは、まだ清い仲だった。
手を繋いで肩を抱き寄せたり、時には口付けをしたりはしているが、夜を伴に過ごせていない。
デューは騎士の宿舎で、ヴィヴィアンナは城内に部屋がある。
肩書きだけとはいえ、ヴィヴィアンナは城の女主人。デューはおいそれと踏み切れないで居た。
「私て魅力ない?」
「なんで?!」
首を傾げたヴィヴィアンナに、デューは悲鳴に似た声を出した。
「だって、この間、帰っちゃったでしょ」
ヴィヴィアンナの言うこの間とは、城内の空き部屋で、夕飯の後に二人でお酒を飲んでいて、会話が途切れた時に、どちらからともなく口付けをした後に、デューの手が腰へと降りてきたかと思えば、パッと離れ、いきなり就寝の挨拶をし、部屋から出ていったなんて事があったのだ。
「あれは、最初が酒臭いなんて嫌かなて思って」
「じゃあ、私が嫌いになったとかではないのね?」
「当たり前だろ。じゃなきゃ、今ここに来ないよ」
照れくさそうな表情のまま、デューの手がぎゅっとヴィヴィアンナの手を掴んだ。
「ヴィアとなら子供は居ても居なくても良い。出来たら欲しいけど、こればかりは簡単な話じゃない。欲しくても出来ない事もあるから」
「ええ」
「だから、もし出来たら凄く嬉しい。でもヴィアにそれで悩んで欲しくもない」
「ふふ、嬉しい」
ぎゅっとデューの腕に抱きつき、ヴィヴィアンナは小さく笑いながら口を開く。
「私達まだなのに、なんでそんな話になってるの?」
「ヴィアが言い出したんだろ?」
「そうだったかしら?」
とうとう二人揃って笑い出し、庭に楽しげな声が広がっていく。
それに使用人達が反応する事はない。いまや日常となっていた。
その3週間後、王太子と王太子妃の婚姻1周年を記念し、国中がまた色とりどりに飾られる。
今度はどこの家も花を飾られており、貴族からのお祝いが続々と王宮に届く。
懐妊が発表されたばかりなので、中には気が早く玩具を選んだ所もあった。
イネッサが妊娠中である為に、夜会は開かれず、代わりに王都の大聖堂で王宮の楽団の演奏会を開いた。
当然、ミハエルは聞きに行ったりせず、東の国のシージアから取り寄せた、安産のお守りだという、花を水晶で閉じ込めた物を贈った。
「エル様て意外と良い贈り物選びますわよね」
「意外とはなんだ。外交をしていたら、これくらい当然だろ」
贈り物の手配をした目録を手に、ヴィヴィアンナが感心したように言えば、ミハエルは不服そうにそう言った。
それに、ヴィヴィアンナは笑う。
去年の王太子の婚姻の時も、ミハエルは品が良いドレスを用意していた。婚約から僅か一週間と4日のその儀式にだ。
言葉遣いから、そういった細々とした事をしなさそうだが、自分でしっかり選んだ物を、相手へと贈っている。
もし、デューが居なくても、この結婚は悪くなかった。と思えるくらいには、ヴィヴィアンナはミハエルを尊敬していた。
だが悪くはなかっただろうが、きっと寂しかっただろう。とも思う。
婚約を交わした時は、構わないと言ったが、デューと心が通い合い、大事にされる幸せを知ってしまった今では、大事にされるだけでは物足りないのだ。勿論、デューが居ない前提の話に、デューが居る今の気持ちで考えてしまうのはおかしい事だと、ヴィヴィアンナも分かっている。
不毛な事を考えていた事に気付き、ヴィヴィアンナはお茶を飲んで頭を切り替えた。
2ヶ月後、ヴィヴィアンナは城塞敷地内の礼拝堂に居た。
3年に一度の鎮魂祭の為だ。
1週間前から司祭が屋敷に来て、毎日礼拝堂で祈りを捧げている。
今日はその総仕上げ。
使用人も騎士も皆白い服で、ヴィヴィアンナも当然白いドレス。
綺麗に掃除されているが、皆が汚さないように。と普段以上に気を付けている。
巡回警備の騎士は、後から交代で礼拝するようで、普段の騎士服ですれ違った。
台座に鎮座している神像に、司祭が鎮魂の祈りの言葉を歌うように捧げた。
ミハエルが礼拝台へと白い花を一輪置き、神像へと礼を送ると、司祭がミハエルの頭に手をかざし、撫でる仕草をする。
ヴィヴィアンナがその後に続き、同じ事をし、使用人の序列順にそれを行って行く。
花は魂への贈り物として、撫でる仕草は彷徨う魂の代わりに、参拝者がそれを受けて、魂を宥めるのだ。
その為、多くの参拝者が居れば、多くの魂が救われると信じられている。
鎮魂祭を任される司祭の数には限りがあり、毎年この時期、あちらこちらを巡回して回っていて、王宮の礼拝堂だけは毎年行われている。
騎士の番も中盤にかかり、デューの出番となった。
真剣な表情の彼は、花を置いて、他より長く礼をして参拝台から離れた。
両親の事を祈ったのだろう。とヴィヴィアンナはなんとなく思った。
病死扱いなので、墓はアストリア領にあるが、参る事はしていない。とデューは言っていた。誰かに見られたら説明出来ないからと。
彼の母親によって、ヴィヴィアンナは毒に冒され、死の淵に立ったが、それでも、神の御許に辿り着いて欲しいと思う。彷徨って、デューを苦しませる事がないようにと。
こんな時、近くに行けない関係がつらいとヴィヴィアンナは思う。
何を言ったら良いのかヴィヴィアンナは分からないのだが、せめて寄り添ってあげたいのだ。
だが、ヴィヴィアンナは大公妃だ。公式の場では、ミハエルの隣りか、後ろに着く。対するデューは、騎士5年目で、護衛を任される事はあっても、ヴィヴィアンナの近くは経験豊富な者で固められ、デューは距離のある所に立つ。
不意に、視界に白い布が見え、ヴィヴィアンナはそれを差し出している相手を見る。
隣りに立つミハエルで、差し出してくれているのはハンカチだ。
それに気付き、自分が涙を流している事に気付いた。
無言でそれを受け取り、ヴィヴィアンナはハンカチに涙を吸わせた。




