因果 25 愛人
「汗臭いわ。デュー」
顔を拭かれたヴィヴィアンナが気まずそうに言えば、デューはスカーフを慌てて引っ込める。
「ゴメン」
「それで、自信のないデューがなんでここまで会いに来てくれたの?」
無言で動いた侍女長からハンカチを受け取り、ヴィヴィアンナはそれで顔を拭いた。
「昨日、屋敷が騒がしかっただろ?」
「そうね」
「今日の出立予定が延期になったとしか聞かされなくて、騎士団の上層部は集まってる。何かあったのか。て一瞬思ったんだ」
ゆっくり椅子へと戻り、デューはヴィヴィアンナを見る。
「理由を知って安心した。ヴィアに何か遭った訳じゃなくて良かったて」
「そう。心配してくれたのね」
「でも、いつでも君はその危機にある。そう気付いたら、自分の気持ちに気付いた。ヴィアが好きだ、て。婚礼衣装のヴィアの横に立つのは俺が良かったて。夫婦としてのファーストダンスを踊れないのが悔しかった」
嬉しそうに表情を和らげたヴィヴィアンナは、続いたデューの言葉に顔を赤らめた。
デューに好きだと言ってから、確かに忙しくはあったが、ヴィヴィアンナはデューを避けていた。
頬への口付けはやりすぎた。と後悔が襲い、恥ずかしいのもあったし、身分を気にしてるデューに、いつ断られるか。と不安もあったのだ。
だから、てっきり断られるのだろう。と覚悟してデューを招き入れた。それがまさかの告白だった。
「ヴィアに何もしてあげられないし、自信もないけど、俺で良かったら愛人にして欲しい」
真剣なデューの視線を受け、ヴィヴィアンナの目からまた涙が溢れる。
「馬鹿よ。何かして欲しくてデューを選んだ訳じゃない。私が私でいられるから、デューに側に居て欲しいのよ」
「ありがとう」
ヴィヴィアンナの傍らへと立ち、デューはそっと彼女を椅子ごと抱き締め、涙が止まるまで待ち、休憩時間が終わる前に退室した。
夕方に助っ人との顔合わせ、旅程と配置の確認。話し合いはすんなりと終わり、予定の変更はなかった。
その後、助っ人と、時間が合う使用人、騎士とで共に夕飯をとった。
明日の昼に出立なので、時間に余裕があり、食後はそれぞれ適当に集まり、ゲームをしたり、お酒を交わしたり、雑談に花咲かせたりしている。
その中、デューは一人抜け出し、ミハエルの寝室へと向かった。
見張りの護衛は、デューを見るなり、ドアをノックし、デューが来た事を告げる。
途端、執事がドアを開ける。
「どうぞ。お待ちしております」
それに頭を下げ、デューは中へと入った。
ミハエルは椅子に座っており、テーブルにはお酒とグラスが2つ乗っていた。
「まあ座れ」
トントンとテーブルを指で叩き、ミハエルが言い、執事がドアを締める音がデューの背後から聞こえた。
その音に、刑罰を下される罪人になった気分で、デューは頭を下げる。
「いきなり押しかけまして」
執事は待っていた。と言っていたが、デューはミハエルと会う約束もなければ、呼び出しもされていない。だが、待たれる心当たりは当然あったので、デューは覚悟してミハエルの向かいに座った。
デューの目の前の空のグラスに、ミハエルがたっぷりと酒を注ぎ、自身の飲みかけのグラスにも注いだ。
「一杯飲もう」
グラスを持ち上げ、ミハエルが言ったので、デューもグラスを手にし、掲げてみせる。
ゆっくり二人で酒を傾け、先にグラスを置いたのはデューだ。
「ヴィヴィアンナと、愛人関係となりました」
表現方法としてどうなのか?とも思ったが、デューは結局そのまま伝えた。
ヴィヴィアンナは目の前の御仁と婚姻したばかりなのだ。
「聞いた」
ちびちびと飲みながら一つ頷いて、ミハエルが苦笑を浮かべる。
「しかし、愛人関係て。間違いじゃないが、情緒のない表現だな。しかも、妻の愛人と飲むてのは妙な関係だ」
「申し訳ございません。ただ、閣下からお許し頂いている筈です」
「そりゃな、政略結婚で、俺はアンナを愛してやれないからな。若き花嫁に愛を諦めろてのは酷な話だろ」
そう言って、ミハエルはグラスに残った僅かな酒を飲み干し、テーブルにグラスを置く。
「国内で政略結婚か、皇帝の側室か、暗殺されるか、なんてとんでもない選択肢の中では、俺と婚姻するのが手っ取り早くて安全な方法だったが、十分じゃない」
「はい」
「だから、これはヴィヴィアンナの為になる。ヴィヴィアンナが本当の幸せを手にしたら、皇帝は満足するだろう」
デューが重く頷くと、ミハエルはそう言い、ニヤリと笑う。
「まさか、こうも早く小僧が動くなんてな。嬉しい誤算だ」
「ありがとうございます。ヴィヴィアンナの事をこれだけ大事にして頂いて」
「一応、夫だからな。てか、旦那気取りか?なんで小僧にお礼言われてるんだ」
ミハエルのヴィヴィアンナへの気遣いにデューが感謝を述べれば、ミハエルは苦笑してそう言い、酒の瓶を持つ。
「もう一杯いるか?」
「いえ。明日から移動ですから」
「真面目だな。で、言いたい事は他にあるか?」
「いえ。先程の報告が全てです」
「そうか。じゃあとっとと出てけ。これでも忙しいんだ」
自身のグラスに酒を注ぎ、ミハエルは手で払う仕草をし、デューに退室を促した。
「では、失礼致しました」
椅子から立ち上がり、ミハエルに礼を送り、デューは部屋から出ていく。
それを見送り、ミハエルは息を吐いた。
一昨日から予想外な事ばかりだが、そのどちらもが、良い傾向な事だった。
皇帝からのヴィヴィアンナへの警戒が薄まったと思われる贈り物。
ヴィヴィアンナとデューが想い通じた事。
これで、ヴィヴィアンナに対する王家の責任はだいぶ果たした筈だ。後は、あの若い二人が勝手に幸せになってくれたら良いとミハエルは思っている。
ヴィヴィアンナの肩書は大公妃で、どうしてもその立場での仕事は頼まねばならないが、私生活では自由の身だ。仕事した分はきっちり手当を出す手配になっていた。
「小僧の頑張りに感謝だな」
独り言を漏らし、ミハエルは自身のグラスを持つ。視線は空になっているもう一つのグラスへと向いていた。
一度高くグラスを掲げ、ミハエルは一気に中身を飲み干し、グラスをテーブルに置く。
苦い味にミハエルが顔を顰めれば、執事が水の入ったグラスを用意して待っていた。
「ブライト殿は、満足すると思うか?」
「私には計り知れない事でございますが。個人的な意見としては、良かったのではと存じます。彼が自由な心で選ばれた事ですから」
水の入ったグラスと、空になったグラスを交換し、執事がそう言うと、ミハエルは水のグラスを手に取り、ゆっくりと飲み干し、自嘲の笑みを浮かべる。
デューをミハエルに託したブライトは、すでに居ない。息子の成長を見れなかった事は、心残りだっただろう。と推し量る事は出来ても、父親になった事のないミハエルには、完全に理解は出来ない。
この事を伝えたら、どんな顔をしただろうか?と亡き御仁を思い、ミハエルは彼の冥福を祈った。
副題どうなんだ。と悩みましたが
これしか思いつかず。残念。




