因果 23 贈り物
ミハエルとヴィヴィアンナの婚姻披露の夜会は無事終了し、使用人達は領地へと戻る準備をしていた。
出立予定の前日の昼食前、皇帝から祝いの品が別邸に届けられ、執事は慌ててミハエルの元へとそれを届けた。
来訪者の相手を終え、寛いでいたミハエルは、包みを開けるように、視線で促す。
執事が抱えて持つ大きさのそれを、騎士の一人が慎重に開け、ミハエルの前には副団長が立ち、何があっても良いように身構えている。
中から出て来たのは、銀細工の置物で、ルビーとサファイアが主張しすぎない程度に使われていた。
ヴィヴィアンナが内装でよく指定している、銀細工職人の物だと分かるそれに、ミハエルは身が引き締まる思いがした。
大公領の城内では、皇帝の目を出来るだけ排除していたが、やはり不十分だった。と気付かされたのだ。
添えられていたカードには、
『良き未来を』
とだけ。
「まだ居るな?」
「お待ち頂いております」
執事の答えと同時に、ミハエルは執務机に向かい、万年筆と紙を取り出す。
急いで礼状を書き、改めてお礼を送る旨を書き、ミハエルはそれを執事へと渡す。
執事はそれを受け取ると、一礼して執務室を出ていった。
「一先ず、合格てところか?」
招待会では手応えを感じられなかった皇帝が、急になぜ祝いの品を贈って来たのか?と疑問に思いながらも、ミハエルは安堵の溜め息を吐いた。
ミハエルの役目は、ヴィヴィアンナにはユーモンドに対して私募の念がない事を周知させる事だ。
本人は勿論、貴族娘の義務としての婚約だったのだろうが、皇帝や貴族達にそれを分からせる事は困難だった。
政略結婚が当たり前の高位貴族なのに、婚約してたのだから少しは気持ちがあるだろう。と穿った見方をする者は理不尽なのだが、一定数居るのだ。
その癖、政略結婚だからと愛人を持つ事も当たり前としてるのだから、矛盾しすぎだとミハエルは思う。
王太子ユーモンドの婚姻の際、しっかり仲睦まじくみえるように、ミハエルは気配りをしていて、ヴィヴィアンナもそれに合わせて随分と砕けた様子でミハエルに接していた。
それでも、演技ではないか?と疑ってかかる相手は居た。
当然、筆頭は皇帝なのだが、国内の貴族で、今回のミハエルとヴィヴィアンナの婚姻の夜会で、二人を疑ってかかり、何かしらを聞き出そうとする嫌らしい相手が居た。
噂好きで有名で、ありもしない噂の出処は大概そこだというのも、有名な話だ。
その相手に、ミハエルは何を言っても、湾曲されて広められるだけだ。と、ヴィヴィアンナに相手させる前に、退場願った。
『すまないが、その匂いはアンナが苦手としている。挨拶はまたにしてくれ』
そう言えば、傍らに居た王宮騎士が、その貴族をそっとその場から離してくれた。
夜会で疑惑の目はだいぶなくなり、後は面倒な貴族と、皇帝だけだったが、思わぬ贈り物が来た。
最大の難関と構えていただけに、ミハエルは拍子抜けしそうになった。
見ている事を暗に知らせられたので、決して手放しで喜べはしないが、とりあえずは二人の事が皇帝に認められた。とそれは示していた。
「馬車を追加させろ。人もだ」
皇帝からの贈り物は、丁重に大公領まで持って帰る必要があった。
ミハエルはそれらの手配の指示をし、出立を2日遅らせる事にした。
「延期。ですか」
昼食の席で、ヴィヴィアンナは戸惑いの表情を浮かべていた。
先日、友人達とのお茶会で離れる事を惜しんだばかりで、モントルア侯爵夫妻とも別れの挨拶済ませ、あとは自身達の出立を待つばかりだったからだ。
「馬車を増やす事になった。その準備がある。なんせ、大事な荷物が増えたからな」
ヴィヴィアンナに出立の延期を告げたミハエルは、その理由を伝えた。
それにヴィヴィアンナは首を傾げる。
「出立を遅らせるほどの?」
「皇帝からの祝いの品だ。何かあっては困る」
「皇帝から?!」
「ああ。光栄な事にな。後で見せるつもりだが、今が良いなら持ってこさせよう」
驚きの表情を見せたヴィヴィアンナに、ミハエルは肩を竦めてそう言った。
ヴィヴィアンナはゆるゆると首を振り答える。
「後でお願いします。落としたら大変だわ」
皇帝からの贈り物の重要性に、ヴィヴィアンナも気付いた。二人の事を皇帝が認めた。その事に。
「そうだろ。アンナが好きな作家の作品だ。良い所に飾れば良い」
「それはまた。身に余る贈り物ですね」
ミハエルに続いて説明されると、ますますヴィヴィアンナはその贈り物の重要性に、寒気がした。
認めたが監視はしている。そういう事なのだろうと。
そんな大層な物を、大公領ではなく王都の別邸、しかも出立前日に届けさせるのも、何か意味がありそうに感じ、ヴィヴィアンナはその贈り物の扱いに困ってしまった。
ヴィヴィアンナの好きにしろ。と言われた内装だ。ヴィヴィアンナの好きな作家の作品なら、それは城内のどこに飾っても、きっと浮く事はないのだろう。
だが、目につく所に置けば、つい皇帝を思い出してしまうだろうし、とはいえ普段使わない場所では皇帝を疎かにしている事になってしまう。
とんでもない贈り物だとヴィヴィアンナが涙目でミハエルを見れば、ミハエルも諦めの表情を浮かべていた。
昼食後、ミハエルの執務室に揃って向かえば、確かにヴィヴィアンナ好みの置き物で、送り主の事がなければ、どこへ飾るか楽しみとなっただろう。とヴィヴィアンナは思った。
「それにしても急ですね。エル様、あの後に何かありましたか?」
「ないから困惑している。招待会の時はまだ納得している様子はなかったからな」
「陛下が何か言って下さったのかしら」
ミハエルの珍しい疲れたような顔に、ヴィヴィアンナは思いついた可能性を口にするも、その可能性は限りなく低いと思った。
婚約するまでの5か月もの間、そして婚約後の半年、王は粘り強く皇帝に、ヴィヴィアンナがユーモンドとは政略結婚以上の関係はないと、伝えていた事は容易に想像出来た。儀式の最終確認へと大聖堂に行ったその時、王はそこで待っていて、ミハエルとヴィヴィアンナに頭を下げたのだ。
あの王が、何もしなかったとは到底思えない。
では、なぜ皇帝が急に納得を見せたのか?となってしまう。
「まあ、監視は承知の上だ。今まで通りにしよう」
「そうですね」
長く溜め息を吐いたミハエルに同意し、ヴィヴィアンナは贈り物を見た。
皇帝の意思を示しているそれは、やはり美しかった。




