因果 22 夫婦
翌日、小雨が降る肌寒い中、ミハエルとヴィヴィアンナの婚姻の儀式は行われた。
ミハエルの弟の王からミハエルに、既婚の王族である印としてアメシストのブローチを、王妃からヴィヴィアンナには、ティアラを送られ儀式は滞りなく終わった。
小雨なので、馬車でのお披露目は短い距離で行われ、二人は王宮に辿り着くと、王宮内の広間で、各国からお祝いに訪れた賓客に、招待会として軽食と共にもてなした。
外交を担っていただけあり、ミハエルは話題に困る事なく、ヴィヴィアンナも外交官の娘だったので、言葉にも話題にも困る事無く、積極的に相手と話し、会場は盛り上がっていた。
その二人の元に、王太子妃の兄の皇帝が、皇后と共に来た。
「此度の事、本当に目出度い事でございます」
笑顔の皇后の横には、つまらない物を見るような目の皇帝。
普通は表情を取り繕う場であるが、皇帝から見ればエクレナールは小さい国で、その王族にへりくだる必要はない。しかも、花嫁は可愛い妹の伴侶の元婚約者だ。笑顔を作る気にはなれなかったのだろう。
「ありがとう存じます。この年で、このような素晴らしい伴侶を得た事は、私の人生において最大の誉れでございます」
ミハエルがヴィヴィアンナの背中に手を回し、皇后へと微笑んでみせる。
それに続きヴィヴィアンナも、柔らかく微笑む。
「これほど言って下さる方に出会えたのは奇跡だと存じております」
「それはようございました。お二人のこれからに幸多からん事をお祈りします。夜会は失礼しますが、お心悪くされないで下さいね」
そう笑顔で言った皇后に、皇帝はエスコートの手を差し出し、他の国の王族の元へと向かう。
最後まで言葉を発しない姿勢は、逆に清々しいとミハエルは内心思った。
「疲れはないか?」
「そう見えますか?」
ミハエルが隣りを伺えば、楽しげに微笑んでいるヴィヴィアンナが居る。
「いや」
「私、小さい頃は父と同じ外交官となる事が夢でしたの」
「初めて聞いたな」
ミハエルが目を見張れば、ヴィヴィアンナは小さく笑ってから口を開く。
「ですから、こうして沢山の国の方々と話せる事は、とても嬉しいです」
「大公領では物足りないか?」
「いえ。領地内を切り盛りするのも楽しみです。早く大公領へと戻りたいですわ」
ヴィヴィアンナはそう笑って、次の挨拶相手へとミハエルを促した。
その頼もしさにミハエルは柔らかく微笑みを浮かべたのであった。
夕方前に招待会は終了となり、二人は白い儀礼服から白い夜会服へと着換えさせられる。
ミハエルの胸元にはアメシストのブローチと、サファイアのブローチが並んで付けられ、ヴィヴィアンナは白蝶真珠とルビーを使ったネックレス、白蝶真珠のピアスと、頭には王妃から送られたティアラを付けた。
「婚姻披露を了承下さった兄に感謝します。そして、兄の妃となったヴィヴィアンナにも感謝を。二人の婚姻を盛大に祝って欲しい」
夜会の始まりの言葉として、王はそう言い、貴族達は笑いながら拍手をした。
「あいつめ」
苦々しい声でぼやいたミハエルに、隣りに座るヴィヴィアンナは声もなく笑う。
挨拶の順となり、挨拶へと訪れた王太子ユーモンドと、王太子妃。
「伯父上。おめでとうございます。ヴィヴィアンナ妃にお祝い申し上げる」
「お二方のご婚姻心よりお祝い致します」
それに、ミハエルは鷹揚に頷きで返す。
「祝福の言葉に感謝する」
「お二方をお手本とし、互いを思いやれるように努めます」
その横、ヴィヴィアンナは微笑みを浮かべて頭を下げた。
ユーモンドと王太子妃が王族用の席に戻れば、アストリア公爵当主と、その妻がミハエル達の前へと進み出る。
そうして順番に祝福の言葉を受けていると、ミハエルが徐々に疲れた表情を見せだし、ヴィヴィアンナがそれを嗜めて笑う。
その笑いが伝染し、会場内は自然な笑顔が溢れていた。
「ご安心なさいました?」
会場内の様子に、王太子妃が隣りのユーモンドへと問いかけた。
「伯父上が相手だ。心配はしてなかったよ」
「心を砕いていらしたのでは?」
ユーモンドが首を振って答えるも、王太子妃は追求の手を緩めなかった。それに、ユーモンドは苦笑を浮かべる。
「ヴィヴィアンナ嬢には悪いと思ってたさ。詳しい事は後で話そう。目出度い席でする話じゃないのだ」
「さようですか。では今夜は?」
「君が疲れて居なければ」
王太子妃の提案に、ユーモンドは頷きで返し、ミハエルを見る。
ヴィヴィアンナの事を思いやっているのであろう、合間にお茶を勧めたり、面倒な挨拶相手には早めに切り上げさせたりとしている姿に、ユーモンドはヴィヴィアンナの平穏を確信した。愛のない政略結婚でも、大事にされているのなら彼女にとって良い事だ。
王家の勝手さとゴタゴタで、彼女がこの結婚を受け入れるしかなくなったのは、ユーモンドの気掛かりであった。
これ以上ヴィヴィアンナの迷惑とならないよう、夫婦のファーストダンスで予定のない口付けをした。
それで皇帝がヴィヴィアンナと自分への不審感を拭うのが目的だったが、監視の目が減っているように感じただけで、なくなりはしなかった。
自身の妃を大事にする事で、信用を得る努力をしていたが、その小賢しさを皇帝に見抜かれていたのだ。とミハエルとヴィヴィアンナを見てユーモンドは思う。
たまにミハエルから何かを言われ、ヴィヴィアンナは顔を赤らめたり、本当に幸せそうな表情を浮かべている。
半年の婚約期間で、ヴィヴィアンナは多少なりともミハエルに心を寄せられるようになったと思われ、ユーモンドは自身を振り返り、自身の妃ともっと歩み寄りするべきだ。と感じた。
「イネッサ。君を愛称で呼ぶ許可を頂いても良いだろうか?」
「どうしたのです?急に」
ユーモンドの問いに、王太子妃イネッサは首を傾げた。
ユーモンドの視線の先で、ミハエルとヴィヴィアンナが夫婦でのファーストダンスを踊っていた。
「私は、君ともっと歩み寄る必要がある。そう伯父上に教えられたよ。今更で申し訳ない」
「まあ。本当に今更ですこと」
コロコロと小さく笑い、イネッサはヴィヴィアンナを見た。
夫の元婚約者の彼女は、義伯父の花嫁として、楽しげにファーストダンスを披露している。
夫の婚約者であった頃は、淑女の手本のようだった彼女の、あのような表情をしている所を、イネッサは見た覚えがない。
伸び伸びとしている彼女に、イネッサは心の引っ掛かりが取れた気分になった。
イネッサとユーモンドは完全な政略結婚だ。
だが、夫は歩み寄ろうとし始めた。なら、きっと良い関係になれるだろう。と確信出来たからだ。




