因果 21 望むのは
婚姻の儀を明後日に控え、ヴィヴィアンナは応接室に居た。
向かいに座るのはミハエルで、ヴィヴィアンナは悠然と微笑む。
その作り物めいた笑みに、ミハエルの眉が上がる。
「話とは?」
「実は、お願いがございます」
変わらぬ笑みのヴィヴィアンナが、今朝の朝食後に、話があるとミハエルに言い、こうして二人で向き合う事になった。
「花嫁の願いを叶えるのが花婿の俺の仕事だ。今更改まる必要はないが?」
「私、愛が欲しいのです」
「ん?」
おどけて言ったミハエルは、返ってきた言葉に首を傾げ、ヴィヴィアンナを見る。
読めない笑みの彼女は、ミハエルの愛は必要ないと言っていた。それを覆すような熱い視線もない。
「それは、俺に求められているのか?」
ミハエルの言葉に、ミハエルの背後にいるデューの姿勢が揺れた。
ヴィヴィアンナの要望で、ミハエルが呼んだのだ。
「まさか。ミハエル様のお心を欲するほど、想いはありません。感謝はしておりますよ」
「だよなぁ」
変わらぬヴィヴィアンナの様子に、ミハエルはニヤニヤしだした。
そして、ヴィヴィアンナが花が咲くように微笑んだ。
「デュー、私に愛を下さらない?」
「はぁ?!」
ガツン音を立て、デューが壁に後頭部を打ち付けた。
「痛そうだな。おい」
吹き出して笑い、ミハエルは言い、ヴィヴィアンナは心配げに眉を下げる。
応接室のドアがノックされ、
「失礼」
との言葉と共に、騎士の副団長が部屋の中を確認し、
「失礼しました」
との言葉と共にドアが閉まる。
応接室のドアの前で立っていたのだ。
「大丈夫?痛そうだわ。誰か呼んで貰った方が良いかしら?」
後頭部を押さえ座り込んだデューに、ヴィヴィアンナはソファから立ち上がり、側へと歩き、デューの上から声をかけた。
それに無言で首を横に振り、デューはそろそろと顔を上げる。
「明後日、ミハエル様と式を挙げる花嫁が、何を言ってるのか、分かってますか?」
「ええ。私はデューの愛が欲しいて言ったわ」
「何をお考えなのです?からかってますか?」
ヴィヴィアンナに頷きで返され、デューは目を細めた。
「それは、相手に失礼だ」
それに反論したのはミハエルだ。いまだソファに座ったまま、身体を捻ってデューを見ている。
「だって、おかしいじゃないですか、お二人は婚姻されるのですよ」
それに反論し、デューはミハエルを見る。
「愛のない政略結婚だ」
「ですが」
「愛人は好きにしろ。俺からの愛はやれないからな。そうアンナには言ってある。で、選ばれたのが小僧と」
ミハエルその言葉に、デューはぎこちなくヴィヴィアンナを見る。
にこにこと微笑んでいたヴィヴィアンナは、その視線に頷く。
「デューが好きなの。だからデューの気持ちが欲しいわ」
「そんな、いきなり言われても」
「そう。なら考えて頂戴ね」
そう言って、ヴィヴィアンナは床に膝をつき、デューの頬に口付けを送る。
「っ?!」
ガタンと勢いよく後ずさったデューの顔は真っ赤だ。そして、スクッと立ち上がり、
「し、失礼します」
と頭を下げて応接室を出ていく。
ぷっと勢いよくミハエルが吹き出し、ヴィヴィアンナは満足した表情で立ち上がり、ミハエルの向かいのソファへと戻る。
「そういう訳ですので、応援お願い致します」
「まさか、こう出られるとは思わなかったな」
肩を揺らして笑い、ミハエルはヴィヴィアンナを見る。
療養中の頃の青白さも、弱々しい感じもない。淑女の手本のような作り物な笑顔もない。悪戯っぽく微笑んでいるヴィヴィアンナが、そこには居た。
翌日、モントルア侯爵夫妻が別邸へと来た。
婚姻の儀を明日に控え、一晩共に過ごす為だ。
ヴィヴィアンナは両親と共に賓客室に入り、人払いをし、今まで支えてくれた事への礼を両親に言い、両親は涙を浮かべて彼女を抱き締めた。
その両親に、ヴィヴィアンナは小さく笑い、口を開く。
「あのね。私、今すごく生きている。て感じているのよ。この結婚に愛はないけど、すごく楽しみ。それはエル様のお陰。だから安心して」
「ヴィヴィアンナ。良かったわ。本当に」
「ああ」
さらに涙の量を増やしたモントルア夫人と、モントルア侯爵。
二人が望んでいたのは、ヴィヴィアンナの生存と、穏やかながらも笑顔のある結婚生活だった。
それが、彼女の非でない事件で命を脅かされ、婚約白紙。奇跡的に体調が回復すれば、また新たな問題にぶつかり、二人は自身の不甲斐なさと彼女の不憫さに何度も涙が溢れていた。
だが、ミハエルの元で暮らした娘は、今は楽しそうに笑っていて、その事に二人は安堵の涙が出たのだった。
「もう、そんなに泣いて。明日はどうするの?」
困った表情のヴィヴィアンナが、モントルア夫人の涙をそっと拭うが、涙は止まる気配がなかった。
両親に抱き締められたまま、涙が止まるのを待ち、お茶の用意された椅子へと両親を誘い、ヴィヴィアンナは思い出話を両親とした。
ヴィヴィアンナはモントルア夫人と同じベッドに入り、楽しげに笑っていたが、その内に眠りについた。
それを見守って、モントルア侯爵は部屋を出て、ドアの前に立っていた護衛二人にミハエルの所へ行きたい。と伝えた。
一人がその場を離れ、ミハエルに確認してきたのだろう、暫くすると戻ってきて、ミハエルの寝室へと案内する護衛を連れて来た。
案内の護衛の後を着いて歩いていると、見回り中であろうデューの姿があった。
それに声を掛けることなく、モントルア侯爵はそのまま歩き、ミハエルの寝室へと辿り着いた。
「夜分遅くにお邪魔しまして」
「花嫁の父親の来訪を拒むのは気がひけるからな」
ベッドに腰掛けて待っていたミハエルは、ベッド脇の椅子に座るように促したが、モントルア侯爵はそれを辞退した。
「娘が笑っておりました。笑顔で嫁いで行ってくれる事に、感謝申し上げます」
「花婿として当然だ」
「政略結婚だと。娘の命と尊嚴の為だと。ずっと諦めていたのです。それが、あんな笑顔で。私共には出来ない事を、閣下はして下さいました。本当に感謝申し上げます」
モントルア侯爵はそう言うと、邪魔した事への非礼を再度侘び、就寝の挨拶をしてミハエルの寝室を出たのであった。
ヴィヴィアンナの笑顔を守る。と約束してくれていたミハエルの事は、当然信頼していた。長年彼の補佐をしていたので、その人柄は良く知っているのだ。
とはいえ、気兼ねなく笑えるようになるには、時間がかかるとモントルア侯爵は予想していた。
夫婦としての時間を重ねれば、娘は笑う事も出来るようになるだろうと、思っていたが。予想より早く娘の笑顔が見れた事に、モントルア侯爵は本当にこれで良かったと安堵した。




