因果 19 最終確認
その夜の事、ミハエルはデューを寝室へと呼んだ。
ベッドに腰掛けていたミハエルは、デューに視線を送り、口を開く。
「使用人連中も、騎士団も、モントルア夫妻も、アンナも知ってる事なんだが」
ミハエルがアンナと言った瞬間、デューの肩が小さく震えたのを、ミハエルは見逃さなかった。
婚姻の義に臨むにあたり、親密さを出す為に3か月程前から互いに愛称呼びにする事にし、それは誰の前でも実践されている。公私で分けて使うと、どこでボロが出るか分からないからだ。
それなので、今はすんなり使えているし、誰もかれもそれには慣れた頃だ。なのに、デューは反応していた。
その反応に、ミハエルは満足し、言葉を続ける。
「2週間後に婚姻の義がある」
「国中が存じております」
お貴族様全開な様子のデューに、ミハエルは笑いたいのを堪え、更に続ける。
「婚姻しても俺はアンナを愛する事は出来ない」
「はあっ?!」
途端、お貴族様の仮面が外れ、デューが叫ぶと、ミハエルは耳を塞いだ。
「時間を考えろ」
「あんた何言ってるんですか?夫婦になるってのに!」
「向こうも、その両親も了承済みだ。小僧に文句を言われる覚えはないが」
「王族から言われたら了承するしかないだろ!可哀想だと思わないのかよ!」
枷が外れたように感情を爆発させたデューに、
わふっ
と音と共に、副団長の犬が彼の足をガッチリ捕まえた。
「外まで聞こえるぞ。それに閣下になんて口の聞き方だ」
デューの背後から、副団長の声がし、デューの頭を押さえ、頭を下げさせる。
「再教育します」
ミハエルの寝室で大きな声を出せば、騎士の責任者が来るのは当然だった。
「宜しく頼むよ。少々血の気が多いようだ」
「閣下!考え直して頂けないですか?!」
「それは、アンナの事だよな?なら、無理だ。俺も譲れない」
副団長に引きずられながら食い下がったデューに、ミハエルは右手の親指で自分の胸をトントンと叩いて見せたのであった。
次の日から、デューは騎士見習いに混じり、庭を走ったり、剣を振る訓練を受け、その後に筋トレを監視付きでさせられるようになった。
婚姻の儀まであと一週間。
ヴィヴィアンナはミハエルと儀式の確認をしていた。
「エル様?デューは何をしたの?」
ふいに、ヴィヴィアンナが不思議そうに口を開いた。
エル様とは当然ミハエルの事だ。
「俺に楯突いたからな。教育のしなおしだ」
「デューがエル様に?なぜでしょう?」
「さあてな。聞いてみたらどうだ?」
「呼んでも来てくれないのです」
少し声が暗くなったヴィヴィアンナに、ミハエルはその鼻を摘む。
「しみったれた顔はするな。カビが生える」
「すみません」
「本番は意地でも幸せそうな顔は維持しろ。じゃなきゃ、あんな事をしても無意味になる」
ミハエルは自身の顎で、儀式の流れ、所作、注意事項を書かれた紙を差す。
午後から大聖堂に赴き、一連の流れに沿っての最終確認があるのだ。
ミハエルとヴィヴィアンナの婚姻は、皇帝を納得させる事が目的だ。
形だけでも、ヴィヴィアンナが王族の監視下になるから、それなりの効果はあるだろうが、十分ではない。
ヴィヴィアンナに王太子への想いがないと、確実に信じて貰う事が、ヴィヴィアンナの命を守る事へと繋がるのだ。
「留意します」
「あと一週間だ。それまで小僧が逃げ切るか、掛けをしても良い」
小さく頷いたヴィヴィアンナに、ミハエルはそう言って彼女の鼻から手を離す。
昼食後、王宮からの遣いが別邸へとやってきて、二人は護衛と使用人を連れて、馬車で大聖堂へと向かった。
その数時間後の騎士訓練場で、筋トレを自主的にしていたデューの元に、一人の騎士が近付いて来る。
デューの同期騎士で、最初に『お貴族様』と言った張本人の平民の騎士だ。
デューのすぐ近くへと座った同期は、世間話をするように言う。
「貴族て大変だな。愛し合ってなくても結婚しなくちゃならないなんて」
「仕事は?」
「休憩時間に決まってるだろ。しかし、真面目だな、お貴族様は」
「うるせぇ」
腹筋をしながら睨んだデューに、同期は気にした様子も見せずに肩を竦める。
「気が立ってるなぁ。最近とっつきづらいて評判だぞ。お貴族様」
「早く騎士に戻りたいだけだ」
「再教育なんて、何やらかしたのか知らないが、意外とやるよな」
「はあ?」
「お貴族様が規律違反とか、想像出来なかったから見直した」
デューが腹筋運動を止め、同期へと顔を向けると、歯を見せて笑っていた。
その事に戸惑いながら、デューは口を開く。
「情けないて思わないのか?」
「良いんじゃね?騎士失格になってないて事は、やらかした規律違反は大した問題じゃない。早く戻って来いよ。張り合い出ないからよ」
「は?」
「それだけだ。じゃあな」
ポカンと口が開いたデューに、同期はサッと立ち上がり、騎士の宿舎へと消えていく。
騎士見習い1日目、初めて彼に会った日の夕方、訓練でヘトヘトだったデューに、最初に声を掛けてきたのは彼だった。
『情けねぇな、お貴族様は』
からかいを含んだその声は、その後何かしら突っかかって来た。
嫌いなら近づかないで欲しいと、デューは言った事があるが、そんな命令を聞く謂れはないし、願いも聞かない。と跳ねのけられた。
お貴族様呼びは、周囲にすぐに浸透し、悪意のある嫌がらせも始まった。
公爵家では決して経験のなかったそれらに、デューは内心面白くなかった。
好きで貴族に生まれたわけじゃないし、悪意ある嫌がらせは、服を隠されたり破かれたりで、地味に痛かった。
隠された程度なら探し出せば良いが、破かれた物はどうにもならなかった。
周りは、たまに家族から差し入れとして服や菓子などが送られているが、デューにはない。
破かれた物を補充出来る手立てがなく、とうとう手持ちの服が僅かになり、数日同じ服を着たある日、彼は眉を顰め、デューから経緯を聞き出すと、周囲の仲間を一喝した。
『他人の物に勝手な事をするやつらは今すぐここを辞めろ!そんなやつらと仲間になんかなりたくない!』
気まずそうに顔を下へと向けた仲間の一人を、彼は睨んで続ける。
『俺にも同じ事が出来るのか?』
『そんな訳ないだろ?』
『なら、それはやっちゃ駄目だ。人によってやって良いなんてない。団長には自分から辞めるて言え。他のやつらもだ。言わないなら、この事は報告する』
その言葉に、実行犯と思われる四人は泣きそうな顔で彼に許しを請うていたが、彼は許さなかった。
一回だけなら、気の迷いで済むだろうが、服、靴下、肌着などの被害を考えれば、悪意を持ってやった事は明白なのだ。




