因果 17 アストリア公
ミハエルとヴィヴィアンナの婚約から半年、婚姻の儀を2週間前に、二人は王都別邸へと来ていた。
季節は実りの秋を迎えており、風は少し肌寒く感じる日がある。
今回はデューも同行しており、騎士団長が領地に残り、副団長とその飼い犬が王都組として来ていた。
そして、一人の男が屋敷へと訪れる。
馬車にはアストリアの紋章があり、護衛も数人付いており、従僕を二人引き連れている。
応接室へと招き入れられた訪問者は、ミハエルの姿を見留め、礼を取る。
「掛けてくれ」
ミハエルの言葉に、訪問者が向かい合う形でソファに座った。
応接室には訪問者と、訪問者の護衛一人と従僕一人が壁に控え、ミハエル、ミハエルの従僕一人と侍女長、護衛は二人。
「半年ぶりだな」
「ご無沙汰でございます」
ミハエルと訪問者が挨拶を交わすと、侍女長はお茶を並べ、再び壁際へと戻る。
「少しは慣れたか?アストリア公」
お茶を一口飲み、ミハエルは向かいに座る訪問者のアストリア公爵現当主に問いかけた。
それに頷き返し、アストリア公爵は口を開く。
「徐々に。身に余る立場ゆえ、まだ戸惑いがございます」
「直に慣れる。さて、実はアンナ。いや、婚約者に贈り物がしたくてな。公に相談したくこうして呼び出しさせて貰った」
「私でお力になれるのなら」
ヴィヴィアンナの愛称を仄めかして言い、言い直したミハエルに、アストリア公爵が頷くと、ミハエルは彼の背後へと視線を送る。
それに気付き、アストリア公爵は背後を振り返り、自身の護衛と従僕を部屋から下がらせた。
それについでミハエルの従僕も部屋を出ていく。
「アストリアで育てている花を適当に見繕ってくれ」
部屋のドアが侍女長により閉められると、ミハエルはニヤリと笑った。
「はっ???」
てっきり、贈答の相談をされると思っていたアストリア公爵は、口をポカンと開けた。
「会わせたい奴がいる」
ミハエルの言葉に、ミハエルの背後にいる騎士が一人歩を進め、アストリア公爵の左横へと立つ。
短い銀の髪に、少し細い緑の目。その面差しにアストリア公爵が息を飲む。彼の伯父であり、シェキーラの父親と良く似ていた。
「母が大変なご迷惑をおかけしました。謝罪が遅くなり申し訳ございません」
「きみは、死んだ筈だったが?」
片膝を付き頭を下げた騎士のデューに、アストリア公爵は呆然と口にし、ミハエルへと視線を送った。
その戸惑いの視線に、ミハエルは頷く。
「本人だ。訳あって俺が預かった」
「なぜ?」
「それは言えない」
小さく首を振るミハエルに、アストリア公爵はふっきれたように息を吐く。
「彼に、アストリアを?」
「そいつは騎士が良いらしい」
「残念です。開放されるかと一瞬期待してしまいました」
苦笑しアストリア公爵はデューへと視線を送る。
「頭を上げて貰っても?」
「はい」
ゆっくりと上がったデューの顔に、アストリア公爵が大きく頷く。
「こんなに大きくなって。立ってみせてくれ」
デューが立ち上がると、アストリア公爵も立ち上がり、ソファ横へと移動すると、デューが一歩下がり、場所を譲る。
デューと向き合って立ち、アストリア公爵は感慨深げに言う。
「背は少し低いか。シェキーラは、背が高かった。ブライト殿に似たのだな」
「あの、怒らないのですか?母のせいでアストリアは目茶苦茶になりました」
「怒りより呆れだな。シェキーラの所業は、一族全ての血を差し出すべき事だ。王の采配で首の皮一枚繋がったが、命を永らえた事は、貴族として生まれた以上は恥ずべきだが、これが罰なのだと承知した」
不安そうにデューが言えば、アストリア公爵は力なく首を振った。
王からアストリアの代理として任された時、彼はシェキーラの罪を聞き、首を差し出すと、王へ進言したが断られた。事件自体をなかった事にする為には、アストリア家を潰す事は出来ないと。
身内から謀反を企てた者が出ていながら生きている事も、なおかつ筆頭公爵などと大層な物を与えられた事も、アストリア公爵は苦しい思いで受け入れた。
社交界に出れば邪推される事も、王へ申し開きが出来ないと思いながら生きる事も、自身への罰なのだと。
「まあ、座って話そう。小僧にもお茶を」
言ってミハエルが侍女長へと視線を送れば、侍女長はそっと動きだす。
デューとアストリア公爵が並んで座り、デューの前にお茶が出されるのを待って、ミハエルは口を開く。
「そいつは今はデューだ」
「デュー。シェキーラの事は閣下から?」
「はい。全て聞きました」
アストリア公爵からの確認の言葉に、デューは頷いた。
「閣下に預けられている事を知っている方はいるのかい?」
「父と、手助けして頂いた方だけ」
「ブライト殿が。だが、彼は君が亡くなったとされた時は随分気落ちしてたよ。葬儀の後毅然とされていたが、日々痩せていくものだから、父が見兼ねて公爵代理を務めた事があるんだ」
そう言ってアストリア公爵が首を傾げると、ミハエルが肩を竦める。
「だとしたら役者になれたかもな」
「本当に。あれが演技だとは誰も思っておりませんでした」
「アストリア公の父上が代理を?」
信じられないといった表情のアストリア公爵に、デューが恐る恐る疑問を口にした。
それに頷き、アストリア公爵は口を開く。
「シェキーラも葬儀までは毅然としてたんだけどね、毎日お酒を相当飲んでたみたいで、体調を崩したんだ」
「そう。なのですか」
「君が生きていると知っていればこうならなかったかも知れない。ただ知らせなかった事は相当な理由があるんだろう。閣下に預けられるとなると、」
複雑な表情で頷いたデューに、アストリア公爵は労るように言いかけ、言葉が詰まった。顔色を青くしたアストリア公爵に、デューは頷き口を開く。
「母に命を狙われていると、父は確信していたのだと思います。逃げろと」
「やはりそうか。辛い事を言わせたね」
「いえ」
力なく首を振り、デューはお茶を一口飲み、溜め息を吐く。
「だからアストリアに戻りたいと思わないのです。アストリアはどうしても母を思い出してしまいます。アストリア以外の所へ行っても、きっとアストリアに引き渡される」
「だろうね。君は伯父の生き写しだ。放っては貰えないだろう」
アストリア公爵が納得したところで、ミハエルが口を開く。
「そんな訳だから、他言無用で一つ頼む」
「勿論でございます」
深々とアストリア公爵が頭を下げ頭を上げると、そっと侍女長がメモを渡す。
そこには、ヴィヴィアンナが好きな色と、ミハエルからの要望が書かれていた。
「良さそうな物を幾つか今度持ってきてくれ」
そう言ってミハエルはニヤリと笑った。
アストリア公爵が腰を上げると、デューが改めて謝罪し、アストリア公爵はそれに頷きを返し、応接室を出て行った。




