因果 14 残念な
王兄の大公が引き取る事で、ヴィヴィアンナの命と平穏は守られた。
それで皇帝は一応の納得をし、側室の話は立ち消えになった。
大公との婚約と婚姻は、王家の目で監視される事でもあるし、大公ミハエルは社交界に興味がない事で有名だったのもある。新年の挨拶でも、挨拶をしたらすぐ王宮へと引っ込んでしまうのだから相当だ。
モントルア夫妻に笑顔を見せ、ミハエルは宣言する。
「幸いな事に、ここには気心が知れた相手が居る。何も悪くない一人に、全てを押し付けている責任として、モントルア令嬢の笑顔は必ず守ると約束しよう」
「ありがたく存じます。本当に。あの子が笑っていられるなら、私共は快く送り出せてやれます」
モントルア侯爵が深く頭を下げ、夫人は涙を流し深く頭を下げた。
夫人の涙が収まるまでミハエルは待ち、次の話題へと移る。
「それでだ、モントルア令嬢にはこのままここに住んで貰うつもりだ。急だとはいえ了承して貰う」
「娘を案じてのご提案なら、断る道理はございません」
「私も構いません」
モントルア夫妻が頷いたところで、話は終了となり、それぞれ部屋へと戻った。
ミハエルは執務室へ、モントルア夫妻はヴィヴィアンナの部屋の隣の賓客室へ。
「ここまでして下さるなんて」
「ミハエル閣下に益がないな。ヴィヴィを娶れば、皇帝の監視の目が着いてくるだろうに」
並んでソファに座り、夫人が溜め息と共に漏らせば、モントルア侯爵は頷き、首を振る。
その監視がいつまで続くのか、予想が出来ない。
現王太子ユーモンドと皇女は愛し合っていなくても、夫婦になるのだ。愛がなくとも、片割れに恋慕う相手がいたら、面白くないと思うかもしれない。そして皇女が王妃となっても、やはりヴィヴィアンナの存在は脅威となるのだ。現に皇帝は、現王太子とヴィヴィアンナの仲を疑っている。
6年と長い婚約関係だったが、二人の間には恋愛感情はない。とモントルア夫人は思っている。
上司と部下、下手したら興味が同じだけの同志。
なんせ、誕生日のお祝いに宝飾類も花もドレスもなく、異国の恐ろしい文化が色付きで描かれた本、ドレスには使えなさそうな硬く疎ら模様の布、木彫りの何かの置物、変わった形で使い勝手の悪い茶器、呪われそうな虚ろな表情の人形、変わった色のインクは悪臭が酷い物、と散々な品揃えであった。
何でも楽しみを見つけてしまう娘は、それらにも楽しみを見つけてしまったのは、自身の娘ながら少し残念な所だと夫人は思っている。
そして、ヴィヴィアンナが贈っていたのは、ヴィヴィアンナの色の宝石が付いた物ではなく、頭に巻く長い布など、異国の服飾か、異国の祭りで使われる道具などだった。
互いに良き相談相手として、日々勉強に勤しんで、理解を深めてはいたが、やはり色気を感じる仲には見えなかった。
夜会や社交の場に行く時は、宝飾、ドレス、靴を贈られており、エスコートもしっかり務める。
だが、踊りが壊滅的だった。下手なのではなく、男女の駆け引きが見受けられなかったのだ。顔は互いに微笑んでいて、身体の動きも滑らかで綺麗だったのだが、すれ違い様に聞こえる会話は、大概何かを対象に弁論中だった。
踊りの最中に情報交換をする事はあるが、さすがにない。と帰ってから何度注意したのか分からない程だ。
そう考えると、皇女は苦労しそうで少し可哀想になる。
人柄は良く諸外国への造詣が深いので、ユーモンドによって国交が広がる事が期待されているが、女性に対する扱いは残念としか言えない。もしかしたら、ヴィヴィアンナだったから、そうだったかも知れないが。
誕生日の贈り物は、外交官の夫が珍しがるくらいには入手困難な物で、その手間を考えれば、心を尽くした贈り物だったと思われるのだ。
「分かっていても、ヴィヴィを任せてしまうなんて、私達の罪は深いわね」
「二人で背負っていこう」
モントルア夫人が暗い顔で言い、その肩をモントルア侯爵が抱き寄せる。
その日の夕食は、穏やかに過ぎ、それぞれ部屋へと戻った。
翌日、昼食前にミハエルとモントルア一家、書記官と執事が、応接室に揃っていた。
「では、ご確認させて頂きます」
書記官が机の上の婚約証書を手に取り、笑顔で頷きながら読み進めていく。
先程、両家が署名したもので、ミハエルの両親の署名は先にされていた。
そして、書記官が顔を上げる。
「ご婚約おめでとうございます。責任持って提出させて頂きます」
そう言うと、すぐに書記官は応接室を出ていった。
それを見送り、ミハエルは口を開く
「婚約したから、ヴィヴィアンナ嬢と呼ばせていただく」
「ではミハエル様とお呼びしても?」
「好きに呼べばいい」
笑顔で首を傾げたヴィヴィアンナに、肩をすくめそう答え、ミハエルは咳払いし、ヴィヴィアンナに真剣な目を向ける。
「これは、ご両親にも伝えた事だが、婚姻はするが、俺はヴィヴィアンナ嬢を愛する事は出来ない。勿論、大事にする」
「結構でございます。ミハエル様のお心の中には良い方がいらっしゃる。それは存じておりますもの」
「知られ渡っているのは知ってるが、肝が座っているのか、男として見て貰えてないのか、複雑なところだな」
淑女の笑みを浮かべるヴィヴィアンナに、ミハエルは自身の頭を乱暴にかき、溜め息を吐いた。
ミハエルには想っていた女性が居た。未来の王の兄という身分が邪魔をして、共に生きる事を選べなかったが、忘れる事なく心の中にしまってあった。
周りからは身を固める事を望まれたが全て断ってきた。
父と弟が味方してくれたお陰で、強引な手段を取られる事がなかったが、色々言われる事に煩わしくなり、弟の代わりに外交で異国へと出歩くようになった。
なにせ、ミハエル達の祖母は、弟を可愛がり、国を離れる事を許さず、遺言にまで残している。だが、王族としての任務で、諸外国へ出向かなければならない。
それならば。と全ての外交を担っている内に、すっかり年を重ね、周りは何も言わなくなった。
甥が成長し、徐々に外交を任せるようになり、長年の経験を役に立たせた調整や交渉術を引き継ぎ、外交から退いた時には39と随分年をとっていた。
どちらかの甥に子供が産まれたら、一人気楽な楽隠居もいいかな。と思っていたが、事件が起ったのだ。
どう考えても被害者の女性が、婚約白紙の上に生死を彷徨い、なおかつ、皇帝に目をつけられるなんて、間違っている。そして、幸いな事に、自分は彼女を救う手立てがあった。
弟は申し訳なさそうにしていたが、目の前の命が脅かされているのを見過ごせるほど、人でなしにはなりたくなかった。




