因縁 72 贅沢
翌日の朝食の後、どうしても恥ずかしすぎて、ミシェールはヴィヴィアンナに経緯を話し、相談した。
「それは、仕方ないわね」
優雅に笑い、ヴィヴィアンナはミシェールの髪を撫でた。
場所はヴィヴィアンナの執務室の資料室だ。
二人きりで相談したいと、ミシェールに請われ、仕事を素早く終わらせ、明日でも良い仕事は明日頑張る事にした。
「はしたないと、お思いになりませんか?」
見上げてくる可愛い存在に、ヴィヴィアンナは頬擦りをしたい衝動を堪えた。
相手は真剣に聞いているから、真摯に応えようと息を吸う。
「私は思わないわ。野生動物のように美しいと思っていたのでしょ?」
「はい」
「ここの馬も美しい?」
「勿論です」
「シェリーは、よく馬を撫でてるでしょ?それは美しいと思ったからよね?」
「シモンも同じだと?」
「ええ。美しさには抗えないの。相手が馬か、シモンかの違いがあるだけ。」
「そう、なんでしょうか???」
堂々とヴィヴィアンナが説得しているが、ミシェールが少し首を傾げた。
暴論だとは、ヴィヴィアンナも分かっているが、目の前の可愛い存在を安心させる為に、大きく頷いてみせる。
「ええ。美しいて罪なのよ。眺めているだけでも勿論良いのだけれど、何故か触りたくなってしまうの。私はデューの目につい触りたくなるのよ。デューの目は凄く美しいのよ。シェリー、貴女の目も」
言いながら、ヴィヴィアンナの手がミシェールの目元に伸び、そっと目尻を撫でた。
「とはいえ、やっぱり相手が人の場合は、誤解されてしまうから、次は気を付けた方が良いわね」
ヴィヴィアンナが微笑めば、ミシェールはコクリと小さく頷いた。
目尻を触れても、逃げる事も、目を閉じる事もしない様は、信頼されているようで、ヴィヴィアンナは愛しさが増していた。
多感な時期を抑圧されて育った為か、ミシェールは少しだけ精神が幼い所がある。ずば抜けて大人顔負けな対応が出来るのは、アストリアでの教育があったからというのが、皮肉だとヴィヴィアンナは思う。
「シモン以外に触りたくなった事は?」
「フィビーと、馬と、お姉様の髪の毛と、閣下の腕を」
「ミル様の腕は駄目よ」
とんでもない単語に、ヴィヴィアンナがミシェールの肩を掴むと、ミシェールが小さく首を横に振る。
「さすがに触らないです」
「とにかく、デューとバル以外の異性には、必要な時以外は、触りたくても我慢よ。殿方には力では敵わないのだもの。キスをしたい相手なら触っても良いのよ。シモンはどうかしら?」
「キスは、したくないです」
ミシェールが少し考えて出したそれに、ヴィヴィアンナは、シモンを哀れに思った。
ミシェールが、シモンに触ってしまうまでの一部始終は、勿論ヴィヴィアンナの耳に入っている。
僅かな休憩時間に、わざわざあそこまで駆けつけ、身体に負荷のあるゆっくりとした動きを見せているのだ、ちょっとした善意では到底出来ない事だ。
周囲もそれを分かっていて、調整している。自分とデューの時と似ているのだろうか?とヴィヴィアンナは片想い未満から両想いになるまで、協力してくれた面々に感謝をした。
その午後から、ミハエルは風通しの良い生地のダボリとした貫頭衣に着替え、それ以降ボタンのあるシャツは秋まで封印される事になった。
ミシェールはヴィヴィアンナに相談した事で、やってしまった事に対しての恥ずかしさが薄まって、安堵してあの場所に行っていたが、シモンと会えない日が5日も続いた。
会えなくても3日だったので、大きな怪我でもしたのか?と心配になってくる。
デューに聞けば分かるだろうが、約束してる訳でもないのに、何故来ないのか?と聞くのは憚られた。
騎士団長、副団長、デューは様子を見に来るので、騎士団で何かあったとは思えなかった。
はしたない事をしたから、近くに来たくなくなったのかも知れない。と自分の行動を反省し、ミシェールは無心でシモンの見せてくれていた型を真似る。
次に会った時に、綺麗な型を見せる事を目標にした。
身体を動かしていると、ゆっくり丁寧に動かすのは、相当体力を消耗し、筋も痛くなる事が分かった。
シモンはそれを、自主練習としてやってのけていた。勿論休日もあっただろうが、来てた頻度と、騎士服だった事が多かったので、ほぼ仕事の合間だった事は予想出来た。
自分に見せる為に、身体に負荷の掛かる動作をしてくれたシモンの為にも、ミシェールは一つ一つを身体に覚えさせる。汗が出る頃に、授業の為に部屋へと向かい、一度汗を拭き、着替えをする。
修道院では、一日一着が当たり前だったが、汗を流すようになったら着替えるのが当たり前になっていた。
勉強をしたいと願ったのは、二人の為に仕事の合間合間に、大人達に相手をして貰うのが申し訳ないと思ったからだった。
まあ、ヴィヴィアンナに関しては効果が薄かったが。
三人の負担をなくす為とはいえ、人を雇うにはミハエルに負担を強いる事になるのだ。図々しいだろうか?断られるかも知れないと、お願いする時に二人共に緊張していた。
人を呼ぶとあっさり言った後、ミハエルは歯を見せて笑った。『これくらいお願いとは言わん。出直せ』と。
バイオリンの演奏でも願おうか?とミシェールは最近思っている。
ミハエルにはお試し期間の切り上げの件で勘違いさせられて、勇気を出して言った願いは願いじゃないと言われ、何とかビックリさせたいと思っているのだ。
とはいえ、相手はあのミハエル。
バイオリンも二人が望めば弾くような気がする。
午後の一限目はドルファンの歴史だ。
ミハエルの補佐をしていたなら弱点は知っているだろうか?と、授業に関係のない事だと思いながら、ミシェールは隣りの居間へと向かった。
「難しいですね」
授業に関係のない相談を、快く聞いてくれたドルファンはあっさりそう言った。
期待していなかったので、ミシェールは『やっぱり』としか思わなかった。
欲しい物は取り立ててなくて、会いたい人と言えば修道院の面々、食べ物は美味しいし、教育も受けさせて貰えていて、これ以上を願う物などミシェールには、思い浮かばなかったのだ。
不満のない生活で、周りの大人達は惜しげもなく愛情を示してくる。
これ以上何かを望むのは、贅沢だとミシェールは思うのだ。
むしろ与えられすぎていると。




