因果 9 デューの歩み
ミハエルとは、そこで一度別れる事になった。
新たな同行者はこれから先、ミハエルの元までデューに同行すると紹介された。
そして下男見習いの格好へと着換えさせられ、古い布団を本当の下男見習いと一緒に持ち、同行者と共に布屋へと入り、今度は普通の町民の格好へとなった。同行者もそれと服装を合わせ、親子として、幾つもの街を渡った。
同行者は薬の行商人に成り済ましていて、実際に薬を売ったり買ったりとしていた事から、薬の知識はあったのであろう。
母親は亡くなった設定で、行く先々の宿で可愛がられるのが、少し照れ臭かった。
何分、デュクリスの母親は厳しい人だったし、従僕とメイドは世話をしてくれたが、甘やかす事はしなかった。恐らく、デュクリスの祖母の目を恐れて。
普通の母親ではなかったのだろう。とその頃には思っていた。ただ、筆頭公爵の重圧も理解していたので、それも仕方ないと納得は出来た。気持ちは少し追い付かなかったが。
父親は、優しかったとデュクリスは記憶している。撫でられたのは、11歳の夜が初めてだが、頑張っている事を認めて誉めてくれたのは父親だったのだ。
「薬の事を勉強したい」
国境近くの小さな町の食堂で、デューは緊張してそう言った。それは、ただの軽い思いつきだった。薬の事を覚えれば、さらに親子として自然に見えるだろうと。
その言葉に、同行者は驚きの表情を見せてから微笑んだ。
「嬉しい事を言ってくれる。勿論だとも」
「あれまぁ、親孝行な息子さんだこと。ウチの放蕩娘に見せてやりたいわ」
ケラケラと笑い、近くのご婦人が口を開き、その隣の夫らしき人の肩をバンバンと叩く。
聞き耳を立てていたらしいその人に、デューはゾッとした。これがもし、自分の追手と繋がっている人だったら?と想像して。
そう想像してしまうと、もう身体が震えるのを我慢するだけで精一杯だった。
食事を無言でしていると、ご婦人の夫らしき人が『茶化すからだろ』とご婦人に注意した。
なんとか、食事を終えると、同行者が食事の代金を払い、デューに立つように促す。
「さあ、薬を見せてあげよう。おいで」
それになんとか頷き、同行者について歩き、宿の部屋へと戻った所で、デュクリスは大きく息を吐いた。
「すみません」
「いや。今まで注意しなかったこちらの落ち度だ。周囲を警戒しすぎると不自然になる。こちらが気をつければ良いと、君を侮っていたのだ」
ベッドが2つあるだけの部屋だったので、互いにベッドに座り、向かい合った。
「気付いてしまったのなら、気を付けて欲しい。誰もが君の敵になりうると。子供も、老人も、そして私も、全てが。そして、警戒している事を悟らせてはいけない」
「はい。ですが、貴男を警戒するのは難しいです。お父さん」
真剣な顔で告げられた警告を胸に刻み、デューは微笑んでみせたのだった。
同行者と国を越え、生国エクレナールの東にあるシージアという国の街まで辿り着いていた。
まさか国を越えるとは思ってなかったが、連れられた先にミハエルが待っていて納得した。
元から決まっていた外交で、視察の為に先週に着いていたという事だった。
同行者とデューは、回り道や薬の売り買いなどで、追手を警戒しながらの道中で、その分遅れたのだろう。
同行者とは部屋の前で別れ、一人中へと通され、ミハエルの机を挟んだ向かいの椅子へと促された。
「お待たせして申し訳ございません」
デューが頭を下げると、ミハエルはカラカラと陽気に笑った。
「ついでだ気にするな」
どちらが?とは聞かず、デューは頭を上げてミハエルの後ろに立つ、見覚えのある顔を見る。モジャ髭はないが、ミハエルと娼館で会った時の、旅の同行者だ。
その視線に気付き、ミハエルが言う。
「これがデューの上司。一応騎士団長だ」
「お世話になります」
まさかの肩書に、デューは頭を再び下げた。
短い期間とはいえ、騎士団長と同行していたとは、夢にも思っていなかったのだ。
騎士団長がデューの右横に立ち、口を開く。
「慣れぬ平民として色々苦労するだろうが、堪えてれ。声をかけてやれる事は少ないが、這い上がってくるのを待っている」
「ありがとうございます。ご期待に添えるように努めます」
「馬鹿丁寧な言葉は止めた方が良い。平民には不釣り合いだ。まだ抜けてないのか」
デューが頷くと、騎士団長は呆れたように言った。
それは逃亡生活の初日に、モントルア侯爵から止めるようにと注意をされていて、同行者達にも何回か注意されていた。が、長年の癖があるし、何より、目の前の存在は、デューの上司だ。丁寧な言葉使いは当然なのではないだろうか?と不満に思ったが、口から出るのは違う。
「以後気を付けます」
「うわ、信用ない言葉だな」
「騎士団長殿は上司ですから」
不服そうな騎士団長に、デューは澄まし顔で返した。
それに、ミハエルが爆笑する。
「良い表情だ。デュー、精一杯生きろ。それが親父さんへの親孝行になる」
「生きますよ。俺は」
「それで良い」
力強くデューが返すと、ミハエルは優しく微笑み、騎士団長は少し涙目になった。
「デューの事だが、薬の行商人の息子として、騎士見習いに入れさせる。まぁ、見習い連中には元貴族だと気付かれるだろうがな。没落したとでも言え。副団長がその父親から薬を求めた縁で、引き取った事になっている」
ミハエルの説明に、デューは小さく頷く。国を越えた時の身元をそのまま使えば、怪しまれずに国に戻る事が出来るので、納得の事であった。父親役はシージアからエクレナールに薬の行商人として渡っていたので、国の出入りで引っかかる心配はないとの事だった。
「モントルア侯爵は今どちらに?」
着いてから疑問だった事に、デューは片手を上げて質問をした。
この屋敷に入ってから、デューはまだ彼の姿を見て居ない。モントルア侯爵はミハエルの補佐だ。疑問に思うのは当然だった。
「今回は連れてきて居ない。娘の婚約披露パーティがあるからな。外国へと連れ回すのは気が引けるだろ」
肩をすくめたミハエルの言葉は、確かに本当なのだろう。とデューは思った。
そしてもう一つ理由が考えられた。
失踪初日、調べればモントルア侯爵がデュクリスが消えた町の近くに居た事は分かる筈だ。紋章のない馬車という、人目を気にした行動も怪しまれる。少しでもデューとデュクリスを関連付けさせない為なのではないか、と。
「他に質問は?」
「ありません」
デューが背筋を伸ばして答えると、ミハエルは『そういう所が貴族臭い』と駄目出しをし、カラカラと笑った。
デューがそれにむくれてみせれば、涙まで浮かべて笑われ、デューはつられて声をあげて笑った。声をあげて笑ったのは、随分久しぶりに感じた。




