奴らは我々の庭に飛び込んだヒヨコだ
さて、前回は茶々丸をお風呂に同行させなかったために災厄に見舞われたお話をしたが、今回はその続きである。
つまり翌日の入浴時の話である。
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茶々丸の腹いせを阻止した私は、入浴準備に着替えを用意した。
いつもの事だが、茶々丸はまるで次に何をするのか分かってでもいるように部屋の戸の前にスタンバっていた。
「おっふろ~」と言いながら戸を開けると茶々丸は浴室の前へひた走る。
速い。『止まるな。止まったら助かるものも助からんぞ、走れ!』と言っているようにいつもより3倍くらい速かった。
――これちょっと疑問なのだが「お風呂」というと浴室前に行き「ご飯」と言うと台所のカウンターテーブルの下に陣取る。言葉を聞き分けてるのか、持ち物などの様子を見ているのか、もっと別の何かなのか毎度謎に思う。
着替えタオルなど入浴の準備を終え、浴室の扉を開ける。
茶々丸は意気揚々と自分の定位置、浴槽のフチ、角の少し広くなったところへ飛び乗った。
『!!!!!』
ゲームだったらここで敵とエンカウントした音楽が鳴り響いたに違いない。
そこにいたのは来客のお子様用に召集されたアヒル隊長(ツムラの大冒険セット)であった。
――船の上にアヒル隊長が乗っており、船の中に発泡性の入浴剤を入れると泡の力で進むというもの。
通常ならアヒル隊長は高い出窓の所に置いておくのだが、乾燥のため湯船の奥、頭側の隅に立てかけていた。
茶々丸がアヒル隊長を警戒してるのは感じていたのだが、まぁ、直ぐにただのおもちゃだと分かるだろうと私は高を括っていた。
――まさかあんな大惨事になろうとは――
湯船にお湯を溜めつつ私が体を洗っている間、茶々丸はじっとアヒル隊長を見つめていた。時折、ちょっかいをかける様子も見られたが、結局出さずに『あせるな。奴らは我々の庭に飛び込んだヒヨコだ。まだチャンスはある』とでも言いたげにアヒル隊長の監視を続けていた。
私が体を洗い終えた時、お湯はまだ半分くらいしか溜まっておらず、お湯を出しながら私は湯船に入った。
直後、茶々丸は私が湯船に入った事をトリガーとしてアヒル隊長に猛然と猫パンチを繰り出した!!
あえなく湯船に落ちるアヒル隊長!
着水音にビビる茶々丸! 浴槽の隅で仰け反った余り、洗い場に落ちそうになる。
蛇口から注がれるお湯の流れに身を任せるしかないアヒル隊長。
『こいつ…動くぞ!?』揺れるアヒル隊長に都度ビクッビクッと反応する茶々丸!
高まる緊張!! 最終決戦の時は近し!!
――そして悲劇は訪れる――
アヒル隊長は蛇口方向へとゆらゆらと引き込まれて行く。
蛇口の下にアヒル隊長が到達すればどうなるか自明の理であった。
バシャバシャバシャバシャシュバババババ!!
飛び散る水しぶき!
跳び上がる茶々丸!
――上がった物は堕ちるのだ――
バッシャーン よりにもよって湯船の私の隣に着水!!
「アオアオ! ンギャギャギャーー!!」
バシャバシャバシャバシャ! 手足をバタつかせ、普通に登れる高さの浴槽のフチなのにパニクってるせいで登れない。
ついに私に助けを求めた。爪、出しっぱなしで……。
「イタタタタタタタ! 痛い! 痛いって」
私の腕を登ろうとしたが、私の悲鳴で驚いて再び落水。
湯船の中から暴れる茶々丸を背後に回って拾い上げ、バスタオルでぐるぐる巻きにして落ち着かせた。
阿鼻叫喚とはこういう事なんだろうなと思った。
認めたくないものだな……。自分自身のバカさ故の過ちというものを。
私の二の腕にはかなり深いひっかき傷ができてた。
二日間にわたり、深夜に大騒動を起こしてくれた茶々丸であったが、後で冷静になって考えれば茶々丸はアヒル隊長から私を守ろうとしてくれていたのだと分かって、なんとも切なくなった。
濡れるのが嫌いなのに浴室に入り、私が湯船に座ってしまうと下にいたのでは見えないからといつも浴槽のフチに乗って見ていてくれた。
私が洗顔をして顔が濡れていると水分を丁寧に舐め取ってくれた。
『ニンゲンー どうした? こんなに濡れて』ペロペロ。
なのに私は「舐められちゃった」などと言ってまた顔を洗った。なんてひどい奴だ。
私が浴槽のフチに置いた手を湯船に入れた時も
『ニンゲン! 手が、手が溺れているぞ!?』必死に両手を伸ばして引き上げようとしてくれた。
なのに「おもしろ~ もっかいやったろ」本当に私はダメなやつだ。
この日も得体の知れないアヒル隊長に私が近付くのを見て自分が怖いのも顧みず、意を決して猫パンチをお見舞いしたに違いないのだ。
まっこと武士よのう。
それなのに私ときたら……。実に救い難し。
うちの猫、最高に可愛いくて素晴らしい。
この翌日からも茶々丸はちゃんと私の左手が溺れないように見守ってくれている。
猫に噛まれたり引っ掻かれた時にかなり腫れたら直ぐに病院に行ってください。
夜中でも救急外来に連絡するレベルの事があります。
今回はファーストガンダムのセリフを一部引用させていただきました。
作品に感謝と敬意を。