アポリア・セシリア
アポリア・セシリア
僕は困らない。
困るのは、いけないことだから?
多分、そうなんだろうと思う。
よくわからないけど、自分のことでも。
でもそれが、普通なんだと思う。
なにが?
……一体なにが?
外道に捨てられた僕の人生も、
そろそろ心理的終盤に陥るのだろうか。
正直、そんなものどうでもいいが。
どうせ落ちに落ちた人生希望だ、偶像もなにも残っちゃいない。
「サニー、サニー。ねえサニー、今日のご飯はなにがいい?」
膝枕をしてあげている時点で、もう十分に満足してほしいものだが、彼は案の定そんな訳にもいかず、僕に抱きついてきた。
まあ、そんなことは日常だからどうでもいいとして、ご飯はどうするべきか?
最近、ままごとに付き合わされることが多いが、正直言って悩む。
僕は拒食病だ、勿論食べることが叶わない。
我慢して一時的には食えるとしても、そのあと吐いてしまう。
兄のやることを一つ一つ受け入れることは大事だが、その前に自分のモチベーションというものも大事だと思うのは、僕だけだろうか?
「ねえねえサニー?なにがいい?個人的にはスイーツがいいな、少し大人の味がするワイン入りとかさ、ね、ね?なにがいい?」
なんでもいい、というか、何にもするな。
言うのもめんどくさいが、少しくらいわかってくれよ。
なんだ、メンヘラか?
自分が満足であればそれでいいのか?
自己中心的に愛を求めるなら、まあ答えてはあげるよ。
でも、僕からの愛を望まないでくれ。
「ねえサニー?撫でて、ほらねえ」
髪がふさふさなのは相変わらず大したものだ。
トイプードルの子犬みたいな見事なふさふさだ。
一塊の女の子からすれば、兄は可愛いと思われそうな程に。
それにしても、なぜ兄はこれほどにもハイスペック、まあつまりはスパダリだというのに、
僕に固執するのだろうか?
医者の話によると、一種の依存症らしいが、兄が僕に依存とはなぜだ。
確かにうつ病とPTSDにより、彼の心身に影響を少なくとももたらしているとはいえ、それがなぜ僕への依存につながるのだろう?
僕が彼を受け入れるのも、医師に言われたのと同情があってこそであって、兄が好きだからなわけもない。
ただ、可哀想なだけだ。
「サニー?サニー?どうしたの?顔色が悪いよ?ほらよく見せて」
純粋なのに光のない目をしている。
まっすぐとこちらを見つめる仕草が妙に気持ちが悪い。
慣れたもののはずなのに。
「大丈夫、僕は元気だよ。レイニーこそ、無理しないで、僕は洗濯物を干してくるよ、横になって寝ていて?」
慣れたものだ、そう、慣れたものだ。
兄の扱いは慣れたのものなのだ。
残年ずっと兄と一緒なら、慣れなければいけなかった。
この甘えたな幼少をどうにかしてでも僕は慣れなければならなかった。
「サニー?今日は学校でなにをしたの?お話ししたの?」
兄がひょこっと顔をのぞかせて聞いてくる。
兄は昔から、片時も僕から離れようとしない。
「勉強だよ、人とは駄弁ってない」
にんまりとほくそ笑むのが、なんとも似合う兄だ。
羨ましいくらいに。
「良かった、サニーが他の人と一緒にいることなんて考えただけでヤキモチ妬いちゃう」
のそのそと近づいてくる、頬に手を伸ばしながら。
指先が冷えている兄の手は、少しゴツゴツとしていた。
「レイニー、寂しいの?」
兄は少し図星をつかれたように、苦笑いを浮かべた。
「えっと、ちょっとだけ……?ごめんね迷惑かけて、ワガママいって」
今にも泣きそうな顔で謝ってくるものだから、少し心が痛む。
そう思う自分に対しても、見苦しさで心が痛む。
「大丈夫だよ、もし申し訳ないと思うなら、家事を手伝って欲しいな」
さっきの顔とは一変、明るく微笑んだ兄は、やる気満々で洗濯物に手を出した。
実は、兄は家事に関して不器用で、料理も何もできない人なのだ。
少し心配にもなるが、流石に壊すまでには及ばない。
「ああそうだ。今度講習に行ってくるから、2日家空けるね」
「え?なんで?講習って?誰の?」
兄が今にも泣き出しそうな顔をして見つめてくる。
「知ってるでしょ?僕ファッションデザイナーになりたいんだ。だから凄い人に教えてもらいに行くんだよ。だからお留守番」
「嫌だよ!なんで?なんで?離れるの?ね?いやだよ、ねえ」
「お願い、二日間だけだから。すぐに帰ってくるよ」
「いやだいやだ!なんで?!」
「仕事のためだよ、お願いレイニー」
「ダメいやだ!イヤダイヤダ!!」
ああ、これはやばい。
こうなってくると手がつけられなくなる。
鎮静剤はもうない。
あったとしても飲んでくれない。
兄は不安になると、パニックになる。
僕が長い間いなかったり、いなくなることがわかったりすると尚更だ。
治るまで永遠と泣き喚き、髪を掻き毟る。
過度なストレスにより発狂や嘔吐、過呼吸に過食の繰り返し、遂には自傷行為も始めてしまう。
副作用があるものの鎮静剤を打った方がまだマシだと思う、あんなにカオスな状態なんて二度と起こってほしくない。
まあ、今起こっているわけだが。
さて、どうしようか。
「レイニー落ち着いて、ほらね?」
「アアアアアアイヤダイヤダ!!裏切り者!!嘘つき!ホラ吹き野郎!」
「僕だよ、サニーだよ。レイニーが大好きなサニーだよ。今から一緒にさっき言ったチェリーボンボンでも食べようよ、美味しいよ」
「ああああいやだ!近づくな!あああああああ!」
ああ、面倒臭いな。
「レイニー、病院に行くことになっちゃうよ?」
「……」
…………………………
病院と言うと気持ちが悪くなる程静かになる。
兄はまるで人形のようにピタリと動きが止まった。
それ程までに病院がいやなのか。
「レイニー、僕だよ、サニーだよ。どう?思い出した?」
「サニー?サニー?サニー?ああ、サニー。病院って?なんで?病院?なんで、なんで?僕はおかしくないよ、おかしくない、ないよ。サニー、サニー?」
「そうだね、おかしくない。だけどあまりに過呼吸だから、心配になって」
「そっかそっか、心配したんだ、心配。そっか。そっかそう。なるほど心配したんだ。ありがとうサニー、サニーありがとう」
今回も、講習は行けそうにない。
突然だが、
人は誰しも死にたいと思うものだと僕は思う。
実際、僕は毎日の頻度でそう思う。
これはもう衝動といっても過言でもないかもしれない。
毎日、兄を横にして寝ていると、死にたくなってくる。
兄のせいで普通の人生というのを歩めていないのだから。
兄を憎むわけではないが、ただ、嫌気がさす。
こんな人生なら生きていても死んでいても、結局は同じなのではと。
そして、毎度のことながらうつ病診断やら自殺する人の特徴やらを調べては一人で思う。
"僕はそんなに弱くない、柔くない。僕がうつ病?そんなわけない。イカれてるのはレイニーの方だ"
とね。
自殺衝動と固執した理性の衝突は、さながら本能と理性のような関係で、本当にいやになる。
毎日葛藤し続けて、疲れてくる。
だが思う、これ程までに懸命で理性的な自殺衝動を持つ人は自分以外いないのではないかと。
まあ、過言だが。
死は裏切らないのなら、生はどうだろうか。
待ち時間に死は遅れない。
もちろん生物も遅れない。
生はいつか去って行く。
生物を見放し消えて行く。
だから、死にたいのかもしれない。
生は理性で、死は本能。
普通に考えれば逆の発想だが、
それこそ真実なのかもしれない。
神は遠くはなかった。
ただ、四次元のようにそばにあった。
それでも見えないのは、僕たち人間が本能を持たないから。
人間以外の動物には、神が見えるのだろうか。
次は兄にどんないたずらが降り注ぐのやら。