1-7. 温かい指先
「うわぁ……、広い……」
ユリアは広間を見回し、壁際のリアルな彫刻群や立派な円柱を眺める。
「龍の姿だとこれでも狭い」
ジェイドはそう言って肩をすくめた。
「全然生活の匂いが……しないわ。家具もないの?」
「奥に倉庫と……、人用の小部屋がある。おいで……」
ジェイドは奥の重厚な扉を開いて廊下を進み、突き当りの部屋へユリアを案内した。
そこにはベッドやテーブルなどが配してある。
「ユリアはここを使うといい」
部屋のランプに魔法の明かりをつけ、ニッコリと笑うジェイド。
「あ、ありがとう……」
ユリアは窓に駆け寄り、外の景色を眺めた。見渡す限りの森が満月に照らされて静かに佇んでいる。オンテークは魔の火山として人々に恐れられており、近づく者など誰もいない。確かに安全な棲み処ではあったが、昨日まで王宮で暮らしていたユリアには少し心細く感じた。
「どうした? 不満か?」
いつの間にか隣に立っていたジェイドに聞かれ、ユリアは焦って返す。
「ふ、不満なんて無いわ。ただ……ちょっと寂しいかなって……」
そっと目を閉じるユリア。
「我ではダメか?」
ジェイドは少し寂しそうにユリアを見る。
「そ、そんなこと……ないわ……」
ユリアはほほを赤くしてうつむいた。
「ん? ちょっと見せてみろ」
ジェイドはいきなりユリアが羽織っていたジャケットのボタンを外した。
破かれたブラウスのすき間から胸元が露わになる。
「えっ!? 何するの?」
焦って腕で胸を隠し、後ずさるユリア。
「いいから、見せてみろ」
ジェイドはユリアに迫る。
「えっ!? えっ!?」
ユリアは身をかわそうとして、不覚にもスツールにつまずき、ベッドに転がってしまった。
「逃げなくていい」
ジェイドはそう言うとベッドの上でユリアの腕を押さえた。
美しい切れ長の目に真紅の炎が揺れる。
「ちょ、ちょっと待って、こういうのは順序が……」
ユリアは抵抗しようとしたが、ドラゴンの力は圧倒的で身動きができない。
ジェイドの細く長い指がスッとユリアの胸に伸びた。
ひっ!
ユリアは目をギュッとつぶる。
ジェイドの温かい指づかいが優しく胸のあたりをスーッと這う。
「あっ……」
ユリアの漏らした声が部屋に響いた。
ペリペリペリ……。
ジェイドはユリアの心臓の辺りに貼られていた、ごく薄いフィルム状のものをはがした。
直後、ユリアは光に包まれる。
「えっ!?」
ユリアは驚いた。失っていた神聖力が復活したのだ。
身体を起こし、両手を向かい合わせにして気を込めると、以前のように激しい輝きが両手の間に戻ってきた。
「うわぁ……」
ユリアは満面に笑みを浮かべ、その神聖な輝きに見入る。
「封印の魔法陣が貼られていた」
ジェイドはそう言って、剥がした封印のシールに火を吹きかけた。シールは一気に燃やし尽くされ、紅く輝く火の粉がパラパラと舞う。
「これでもう安心だな」
ジェイドは微笑んだ。
しかし、ユリアはジェイドをジト目でにらむ。
「どうしたんだ? 嬉しくないのか?」
ジェイドは不思議そうに聞く。
「嬉しいわよ! でも……、やり方ってものがあるわよ!」
口をとがらせて言う。
「何がマズかった?」
「乙女の身体に勝手に触っちゃダメなの!」
「そうか……」
「そうよ!」
ユリアは腕組みをして、キッとジェイドをにらんだ。
「……。分かった。二度と……触らないと……誓うよ」
しょんぼりしてうつむくジェイド。
そのしょげっぷりを見てユリアは言い過ぎたと思った。やり方はともあれ、純粋に善意で神聖力を取り戻してくれたのにお礼も言っていない。
それにあの指先の温かさは、不思議に不快ではなかったのだ。むしろ……。
「あ、いや……絶対に触るなって……言ってる訳じゃ……ないのよ?」
ユリアは真っ赤になって言う。
「触ってもいいのか?」
ジェイドはキョトンとする。
「じゅ、順序っていうものを守ってってだけなの!」
「順序?」
「あー、何でもない!」
ユリアは大きな枕に抱き着くと、真っ赤な顔を隠して転がった。
自分は何を言っているのだろう? 男に体を触らせるなど絶対の絶対にダメなはず。それを順序だなんて……。
ユリアはしばらく動けなかった。