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侯爵令嬢なんかやめてやる!

作者: 加上汐

婚約破棄モノとして恋愛ジャンルに登録していましたが、ご指摘がありましたのでジャンル変更しています。

 エセルが我が家にやってきたのは私が七歳の時だった。


 父が急に「お前の妹だ」とか言ってきたので驚いたが、母はもっと驚いていた。どうやら父の不貞にショックを受けたらしい。そこのところちゃんと話通しておけよと思ったが、母は当然怒ったしエセルにもつらく当たり始めた。

 その上父がろくにエセルに構わなかったので、エセルは母についた使用人からいじめられる始末。みすぼらしい姿になっているのを見て流石に放っては置けなかった。


「エセル、その恰好はどうしたの」


 使用人にも劣るようなしみったれたワンピースを着たエセルに声をかけると、エセルはおびえたようにこちらを見た。私は侍女を呼びつけて命令する。


「どうして侯爵家の娘がこんな格好をしているの?エセルの服は準備していないのかしら」

「ですが、アンリエッタお嬢様。旦那様は何もご準備されておりません」

「何を言っているの?私の服があるじゃない。早く着替えさせなさい。風呂にも入れるのよ。服が汚れるもの」


 幸い、エセルと私は似たような髪の色――エセルのほうが明るく見えるが――なので、私の服が致命的に似合わないということはないだろう。侍女は母に何か言われているのか渋ったが、「命令です」と言うとエセルを身ぎれいにしてドレスを着せてくれた。私には小さくなってしまったドレスなんて山のようにあるのだから、当分困らないだろう。


「……ありがとうございます、アンリエッタ様」


 エセルは私のことを姉とは呼ばなかったが、彼女にとっては私は知らない家の人間も同然だろう。絶対に呼んでほしいわけではなかったので、特に指摘はしなかった。


「エセル、あなたはもう侯爵家の人間なのです。何か困ったことがあればきちんと言いなさい」

「……はい」


 流石に父に直接言うのは無理でも、私にちょっと声をかけるくらいならエセルにもできるだろう。

 そう思ったが、甘かった。


 そうして表面上は令嬢らしくなったエセルだったが、だんだんと痩せていっていることに気がついて私は侍女を問い詰めた。しかししらを切られてしまい、その上エセルは母の意向で自室で食事をとらされていた。食事時にエセルの部屋に突撃することでようやく突き詰めたのは、彼女が冷たくて具がほとんど入っていないスープと固いパン程度しか与えられていなかったということだ。

 私は侍女頭を呼んでエセルの粗末な食事を指さした。


「どうして侯爵家の娘がこんなものを食べているの?明日からは私と同じ食事を用意しなさい」

「ですが、エセルお嬢様は小食で」


 当然と言わんばかりの顔でくだらない言い訳をするのに腹が立つ。何を考えているのか。侯爵家の娘が飢えて死ぬなどあってはならないし、こんな痩せてみすぼらしいなりをしているのだってあり得ない。


「ふざけないでちょうだい。本気で言っているの?」


 ぎろりと睨むと侍女頭は渋い顔でこちらを見た。


「奥様はこれで構わないとおっしゃっておりました」

「明日からあなたの食事をこれにしてもいいのよ。まともに仕事もできない人間を雇い続けるほど侯爵家は無能に甘くないの」


 解雇を仄めかすとさすがに侍女頭は顔を青くした。妾の子と言えど、わざわざ連れてきた子供を餓死させるなんて父が許すとも思えないから、実際に彼女の首を飛ばすことは可能だろう。父は母を疎ましがって家に寄りつかない、親としても夫としてもクズ野郎だが。

 しかし侍女頭のことも信用ならなかったので、私は次の日からエセルの食事に付き合うことにした。彼女にテーブルマナーを教えるいい機会でもあった。


 流石にここまでくると私個人の手には負えないと感じて父に話をしてみた。しかしなんと、答えは「そうか」だけだった。


「お父様、エセルは放っておいて勝手に育つものではありません」

「……お前が面倒を見ているのだろう」

「なにをおっしゃっているのです。娘の面倒すら見られないのにエセルをこの家に連れてきたのですか?」

「しかし、アンナマリーもいる」


 アンナマリーとは母の名前である。私は大きなため息をついた。


「エセルにあのような仕打ちをしているのはお母様です。あなたが浮気をして設けた子供をお母様が可愛がるとでも思っているのですか?おめでたい頭ですね」


 自分が蒔いた種なのだ、エセルに罪はない。つい辛辣に言うと父はうっとおしげにこちらを見た。父は一応優秀な宰相らしいが、そうは全く思えない。少なくとも家庭内事情に無頓着すぎて呆れてしまう。


「アンナマリーがなぜエセルを虐げるのだ?アレは私には無関心だ」

「あなたには無関心だとしても外聞は気にするものですし、お母様はプライドが無駄に高いです。浮気をされた上に子供までこさえられたらあなたのことがどうでも良くても恥をかかされたと思うでしょう」


 なんで私が父にこんな説教をしなくてはならないんだ。父は相変わらず理解不能といった顔をしていたので、私は匙を投げかけた。


「とにかく、お母様の暴走を許すような侍女しか雇っていないのも問題です。エセルを守れるマトモな人間を寄こしてください。あと侍女頭は教育しなおしてください」

「……仕方ない」


 仕方ないのはあなたの頭だと言いたかったが我慢する。マジでこんなポンコツのバカが宰相なのか、この国。よっぽど優秀な部下がいるんだろうなと思った。



 それからも私はたびたびエセルを気遣った。父に何度言っても重い腰を上げないし、母は相変わらずエセルを毛嫌いしているし、私がやるしかなかったのだ。途中で気がついたが父は私の養育を母に丸投げしているので、エセルにどんな教育を受けさせるか、どんなドレスを誂えるか、遊び相手に誰をあてがうのか、等々何一つ気が回っていないらしかった。

 私は家庭教師のいっこうにつかないエセルに自分のお下がりの教科書で勉強させ、私の家庭教師の授業に同席させ、古いドレスをエセルに合うように手直しさせ、友人にエセルを紹介した。

 母はエセルを見ると罵声を浴びせ手を上げようとするためコソコソやるしかなかったのもストレスだったし、エセルは相変わらずおどおどとして自分から何かを言い出すことはほぼなかった。


 けれど学園に入学する年には侯爵家の令嬢として何も問題なくふるまえるくらいになっていたので私は心配していなかった。外でつながりを作るのはエセル自身の努力が必要だ。私に干渉され続けるのもうざったいだろうとあまり学園では関わらないようにしていた。


 まあ、私自身もう義務は果たしただろうと思っていた。自分の社交もあるし。私は高位貴族の令嬢としてそれなりの振る舞いが求められたし、何よりも第二王子の婚約者候補の筆頭として名前が挙がっていたので注目もされていた。当の第二王子とはそんなに馬が合わなくて、どちらかというと第一王子と親しくさせていただいていたけれども。とはいえ私も貴族の娘だ。家の利となる政略結婚をする必要があれば役割はきちんとこなす。そう思っていた。


 そうこうしているうちに、その第二王子とエセルの仲が噂されるようになった。最初は驚いたが、我がスコールズ侯爵家と王家の結びつきとなれば相手は私でなくエセルであっても何ら問題はない。母がうるさいかもしれないけれど、母の実家は大した家でもないから屋敷の中で騒ぐ程度で害はないだろう。

 エセルが外に出るとなると、私が婿を取る必要がある。その方向性で適当な人を見繕うか――そう思っていた矢先だった。



「アンリエッタ・スコールズ!お前との婚約は破棄する!」


 第二王子が訳の分からないことを言い放ってきたのだ。

 ちなみに場所は、期末パーティーを催していたホールのド真ん中。私は咄嗟に反応できず、そして暴言を吐いてきた男とその隣にいる異母妹を見つめた。


 第二王子ことエイルマー殿下は金髪碧眼のきらきらしい外見をした、まさに王子様然とした王子様だ。第一王子殿下が成績優秀で知に優れた方だとすると、エイルマー殿下は武に優れている――というのがもっぱらの評判である。が、第一王子殿下は文武両道の方なので、エイルマー殿下が特別武に優れているというわけでもなく、単純にそこしか褒めるところのないようなちょっとお(つむ)が弱めの男だった。まあ素直で兄を慕っているので火種にはあんまりならなさそうなところも一応は評価ポイントだ。


 エセルはエイルマー殿下の隣に佇んでおり、そのドレスはどう見てもいつも着ているような私のお下がりではなかった。私の今着ているドレスにも劣らない洗練された、流行のデザインのドレスだ。我が家に仕立て屋を呼んでエセルのドレスを作ることは不可能なので、誰かからの贈り物なのだろう。ついでに身に着けている装飾品の類もかなり高価な宝石が使われていると思われる。この状況を鑑みるに、ドレスもアクセサリーもエイルマー殿下からの贈り物だろう。


 親の仇とばかりに見てくる二人を観察し、ようやく平常心を取り戻した私はとりあえず尋ねてみた。


「確認させていただきますが、わたくしアンリエッタ・スコールズとエイルマー第二王子殿下の婚約を破棄するとおっしゃったのですか?」

「そうだ。理解したか!」

「はい。それは不可能です」

「なんだと!?貴様、家の権力を笠に着るとは何て女だ!エセルの言っていたことは間違いではなかったな!」


 なんだか元気よく喋り始めてしまったエイルマー殿下に口を挟もうとしたが、そんな隙はなかった。


「聞いたぞ、エセルの受けた仕打ち!侯爵令嬢にふさわしくないと毎日エセルを虐げ、新しいドレスを作ることも許さず自分の着古した衣服だけを与え、少しでも作法がなっていなければ激しく叱責し、己の取り巻きを自慢し寄ってたかって些細な事柄を責め立てていたというではないか!そんな女を王家に迎えるわけにはいかない!貴様のその悪辣さ、修道院にでも行くがよい!」


 つらつらはきはきと人を罵倒する言葉を並び立てるエイルマー殿下の横のエセルは「つらかったですわ……」とさめざめと泣き始めた。ホール中の視線がこちらに集まっている。私はまだ幾分か固まっていた思考を動かしてこう言った。


「は?」


 何言ってんだ、コイツ。


「何をおっしゃっているのですか?」


 なんとか品性を保った言葉に変換した私は、自分の腹の底からふつふつと湧き上がってくる感情に気がついた。そう、怒りだ。しかし侯爵家の娘たるもの、感情のままに怒鳴り散らしてはならない。

 微笑んでやろうかと思ったが、めんどくさくなって表情を消してエイルマー殿下に向かい合った。


「何をおっしゃっているのですか?残念なお頭だと思っていましたが、ここまでひどいとは思いませんでした」


 つい二度言ってしまったが、まあいいだろう。エイルマー殿下が「貴様、不敬だぞ!」と叫んだが手にした扇をぴしゃんと閉じて黙らせた。


「不敬?あなた様のような何の証拠もない罵詈雑言をこんな衆目のある場所で不躾にぶつけてくるような人間にどうやって敬意を抱けばよいのでしょう?寝言は寝てからおっしゃってください」

「アンリエッタ様!なんてことを……!」

「黙りなさい、エセル。あなたがこんなに愚かだとは思っていなかったわ」


 本当にどうしてくれようか、この娘。十年も一緒に暮らしてきたのに、隠していた本性がコレとは。私も母と一緒に虐げてやればよかったかとちょっと思ってしまった。


「侯爵令嬢としてふさわしくないと虐げた?それはいつのことかしら」

「私が家にやってきたばかりのときです!侯爵令嬢にふさわしくないと、着ていた服がみすぼらしいと!」

「ええ、そう侍女に言ったわ。どうして侯爵家の娘にそんな恰好をさせているの?と。わたくしのドレスを着させたわよね」

「……っ、それに、食べているものだって!私がろくな食事をとらせてもらえていなかったときに、侯爵令嬢の食べるものではないとおっしゃったではありませんか!」

「そうね。あなたがあんまりに痩せていったものだから侍女頭に伝えたわ。侯爵令嬢としてふさわしい食事をとらせるようにと」

「そ、それから、食事の時にはマナーにうるさく口出しして……!」

「あなたにきちんと食事を与えられているか確認するために食事の席にはいたわね。そしてマナーを知らなかったあなたに教えてあげたわ」

「う、ドレスだって、アンリエッタ様はいつも流行のものを作ってもらっていたのに、私は一度も……!」

「それ、わたくしの責任なのかしら?わたくしはお父様に伝えたわよ。お父様がお母様を御しきれなかっただけだわ」

「だ、だったら!家に取り巻きを呼ぶたびに私を呼びつけて笑いものにしたではないですか!」

「わたくしには取り巻きなんていませんわ。お友達を家に呼んであなたに紹介したことはあったけれど。その時に笑いものになんてしていないわ。だってあなた、いつも挨拶をしたらすぐ部屋に戻ってしまったじゃない」


 私は呆れかえってため息をついた。周りでひそひそと小声で交わされる言葉が耳に入る。


「アンリエッタ様がいじめていたとは思えませんわ。被害妄想ではありませんこと?」

「むしろアンリエッタ様はエセル様を気にかけておられたのでは?」

「エイルマー殿下は何をお考えなのか……」


 その囁きたちがエイルマー殿下にも聞こえたのだろう。「黙れ!」と顔を真っ赤にして叫んだ。


「己の都合のいいようにばかり言いおって!この悪女め!」


「事実です。身内の恥を晒すようですが、母は父が浮気してできたエセルのことを嫌っておりましたわ。食事も服も教育もろくに与えられなかったエセルにわたくしがすべて用立てしただけの話です。何も間違ったことはしていないと断言いたします」

「だが、エセルの傷は深いのだぞ!」

「それが何か」


 心底どうでもいい。そう思えるくらい私は完全に異母妹を見限っていた。


「エセル。あなた、昔から何にも自分から行動しなかったものね。服がなくても、食事がなくっても、誰にも何も言わずに一人で泣いて、ただそれだけ。与えられるのを待っているだけ。困ったことがあれば言うように伝えてもだんまりだったものね。だから素敵な王子様が迎えにきて、あなたの言い分を全部肯定して、気に入らないわたくしのことを悪く言ってくれて嬉しかったのかしら?よかったわね」

「アンリエッタ様、そんな言い方、ひどいです!」


 いや、言いがかりをつけて王族に人前で罵倒させるほうがはるかにひどいですけど。普通に考えて。


「……でもね、くだらないことにわたくしを巻き込まないでくれる?」


 冷たくエセルを睨む。エセルが実際にどう思っていたかは分からないが、少なくとも私に感謝なんてちっともせずに嫉妬だけは一人前にしていたらしい。知るか、そんなもの。王子様に見初められたなら勝手に幸せになっていればいい。まあ、流石にここまでされると私もエセルに幸せになってほしいとか微塵も思えないけれど。


「大体わたくし、エイルマー殿下と婚約なんかした覚えないのですけれど。していない婚約をどうやって破棄すればいいのか教えてくださる?」

「な、なんだと!お前が婚約者だと、周りはいつもいっていたぞ!」

「あくまで候補ですわ。エイルマー殿下、ご自分の婚約式が行われていないことすら覚えていらっしゃらないのですか?」

「そ、ッ、くそ、無礼な女め!とにかくお前は侯爵令嬢なんてふさわしくない!エセルに詫びろ!」

「……」


 侯爵令嬢なんてふさわしくない、か。なるほど。

 もうこの話の通じないバカの相手も、悲劇のヒロイン気取りの異母妹も、ろくに家庭を顧みないポンコツ宰相も、プライドだけは一人前のヒステリックな侯爵夫人も嫌になった。

 もう嫌だ。なんで私だけこんなバカみたいな目に遭わなくてはならないんだ。ここまでやってきたことは全部無意味だったのか。


 私は懐から護身用の短剣を抜いた。「何をするつもりだ!」バカが叫ぶが無視してまとめていた髪を解いた。腰まである長髪が背中に流れる。

 流石に刃物を抜くとホールに緊張感が走った。警備がこっちに駆けつけてくるのを横目に、背中の髪をむんずと掴んで刃を当てる。


「こうするんだ」


 ジャッ、と音がする。首から下の髪の毛が切り落とされる。誰かの悲鳴が上がったが、当然だ。この国では髪の短い貴族令嬢なんてありえない。高貴な身分の女性は使用人に手入れさせるために長く保つのが常識だ。


「あ、アンリエッタ様!?」


 信じられないというふうにエセルが名前を呼んでくるが、不快だった。


「その名前ももう要らん。アンリと呼べ。エイルマー殿下、私が侯爵令嬢としてふさわしくないと言ったな?ではお望み通りそんな肩書捨ててやろう。これと一緒にな」

「ヒッ」


 切った毛束を床に投げ捨てるとエイルマー殿下は引きつった顔で小さく悲鳴を上げた。掃除が大変かもしれないがいつまでも髪の毛を握りしめているのもアレだし。うーん、頭がすっきりした。

 葬式のように静まり返ったホールの中で、誰かの笑い声だけが響いてきた。聞き覚えのある声に振り向く。


「いやあ、アンリエッタ嬢。いや、アンリと呼べばいいかな?随分と思い切ったことをするね」

「ヒューバート殿下」


 私の奇行を見てその程度の感想で済むのはこの人くらいだろう。ヒューバート第一王子殿下についている顔なじみの側近たちも顔色を悪くしていた。


「どうしてここに?」

「愚弟がバカをやらかしたと聞いて駆けつけてきたんだ。おかげで面白いものが見られたよ」

「殿下が楽しまれたようならなによりです」


 見世物ではないのだが。まあ、殿下みたいに面白がってくれた方がまだいいのかもしれない。

 ヒューバート殿下はエイルマー殿下ほど派手な見た目を持ってはいないが、落ち着いた色の金髪と緑がかった瞳を持つ好青年といった印象を受けるお方だ。穏やかで人畜無害そうな外見とは裏腹に頭は切れるし剣の腕も立つし、何よりこんなふうになんでも面白がる悪癖をお持ちである。


「さて。エイルマー、お前は謹慎だ。とっとと城に帰りなさい」

「ですが、兄上!」

「事実だろうがそうでなかろうが、公の場でスコールズ侯爵家の者を中傷したんだ。タダでは済まさない。早く行け。命令だ」


 エイルマー殿下は抵抗したが、ヒューバート殿下の護衛に拘束されてホールを出て行った。次にヒューバート殿下は所在なさげに佇んでいたエセルに視線を遣った。


「エセル・スコールズ嬢。あなたも帰宅しなさい。沙汰は追って伝える。家で大人しくしているように」

「……はい」


 エセルは元来大人しいので、ヒューバート殿下の気迫には逆らえなかったらしい。素直に頷いた。帰って話を聞いた母に何か仕打ちを受けるかもしれないが、私は庇わないし庇ってやるつもりもない。というか家に帰るつもりがない。

 最後にヒューバート殿下は私に向き直って微笑んだ。


「アンリ。君、男として生きるということでいいかい?」

「その理解で結構です」

「学園の単位は?」

「卒業に必要なぶんは取得済です」

「よろしい。では、今から僕の側近に加えるから、よく働いてくれ」


 ……はい?


「三日休暇をやるから服をそろえて文官の宿舎に越しておいで。今日は城に泊まればいい」

「で、殿下。冗談ですか?」

「冗談ではないよ。前から君が男ならよかったのにと思っていたんだ。丁度良かったよ」


 丁度良かったのかあ。兄弟そろってデリカシーないなとは思ったが、私にとってもヒューバート殿下の誘いは丁度良い。乗らない手はなかった。


「殿下のお心のままに」


 そしてすっかり生まれ変わったような気分で私は意気揚々とホールを出て行ったのであった。

ちなみに第一王子は既婚者です。

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