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長く続いたネクロニカ  作者: 神坂将人
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第三章 外伝

これは封じられた記憶に刻まれたかつての記録。それがこの先に明かされることのない、されど朽ちる事もない幸福の中に訪れた愚かな人類が引き起こした事で滅んだ世界の一端、それが誰かの口によって語られることは永久にないだろう。その出来事を語れる最後の1人は自分の愛する人によって安らがな眠りを与えられたのだ。彼女は何百年と眠り目を覚ました後に遂に安息を得たのだ。最後まで彼女の目に映った世界はどのように見えたのか、それも語られる事はない。


責めてこれが彼女の弔いになるというのなら、脳の復元情報から彼女の過去をデータとして残そうと思う。それが私の…我が一族が残せる葬送歌として記す。 W・■■■■■



私が覚えている一番古い記憶は、両親の記憶仲睦まじい姿の間で愛される私はそれだけで幸福に満たされていた。だけど、その時の記憶はとても曖昧で、それまで何をしていたのかは覚えていない。ただ2人の手で抱えられた事だけが、一番印象に残っている。


なぜそれを覚えているのかはその時が一番幸せな時としての印象が強く残ったからだろう。だけど、その時の私はこれ以上に覚えられるような幸せはないと思った。今までの色のない日常を上塗りするような虹色の人と出会ってそれからはいつまでも広がっていく記憶。


虹色の人は私を愛して、私もそれに応えてそれからの出来事は毎日のように覚えている。彼の事はいつまでも愛していたかった、一緒にいて二人共しわくちゃのおじいちゃんとおばあちゃんになっても、死んで生まれ変わっても一緒にいて欲しいと強く願った。


思い返すと同じ事を私の娘も願っていた。愛おしい人との間に生まれた私のたからもの替えがない立った1つのたからもの、私がこんなに幸せな生活を送れていいのかと思うくらい明日も明後日も…でも、分かっている、幸せがずっと続かないことなんて、分かっている。でも、それは間違っていた。本当に幸せが無くなった時に幸せが永遠に無くなる事にようやく気付く事が出来た。


私たちが住んでいるのは自然に浸食されつつある森の中の一軒家、辺鄙な場所ではあるが徒歩数分でもすれば街に着くことからそこまで不便でもなかった。人が住んでいるかも分からないくらい、周りには木が多く、自然を独り占め出来るような風景と木漏れ日に透き通るような風が心地よい気持ちにさせる。


それが、幸せが壊れる事を知るには遅すぎたなんて知らずに


ある日、夫と娘たちで家で過ごしていた時、嵐でもないのにうるさいくらいの音が外から聞こえた。それが街の方角でその音が風の音でもない事に気付くのに、すぐに気付いた夫は様子を見てくると、街へ向かった。それからすぐに家に戻ってくると動く死体、アンデッドが無差別に人を襲っていると言ってすぐにここから逃げるように提案した。


私たちは必要最低限の荷物、非常食や連絡手段の携帯機を手早く持って子供達の手を取って家から飛び出した。街の反対方向でこの森がどこまで続くのか、どこまで今いる場所が安全なのか知らずに、ただただ走った。


疲れて足が痺れても、遠くから聞こえる悲鳴と物音に怯えながら音と声の反対方向に逃げる。


逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて……


時間も分からずどれくらい走り続けてたどり着いたのは知らない街、その門には手招きをする人後ろにはいつの間にか迫っているアンデッド集団、最後まで逃げる事でこの悪夢のような出来事から抜け出せる。そう思って門まで力を振り絞って、走る。


草木で服や肌をボロボロにしながらも街まで逃げた私達をそこに避難した人々は歓迎してくれた。話を聞くとしばらくしたら地下の巨大シェルターにこの街の生存者を全員避難するために救助者が来るのだと言う。それまでにあの門を死守しなければならないと、あの門は既に閉まられていてその先からはアンデッドの声だろうか、うめき声が聞こえて街の人々は近くの家から机や椅子、ベッドや手当たり次第に頑丈な物を積み上げてバリケードを作りあげていく。


それもいつまでそれが続くかも分からない。もし、このバリケードが突破されたらと、悪寒を覚えるとその恐ろしさはすぐに味わうことになった。門にヒビが入ってそれにいち早く気付いた人が皆に伝えて逃げるように声掛ける。


一気にその場から悲鳴と混乱する人の声が耳を刺激する。バリケードはいとも簡単に壊されてアンデッドの大群が街へ入っていく、ここから救助を待つなんてことは出来ないここから走りシェルターに逃げ込むしかない。途中で救助車が拾ってくれることを願い反対側の門へ走る。


そして、すぐに気がつく、ここに来るまで先導してくれた。夫が私達の後をつくように走っていたが、突如、その足を止めた。


ラナ:「何をしているの!?逃げなくちゃ!!」


ラナ夫:「いや、このままだとすぐに追いつかれる。俺が囮になって1秒でも時間を稼ごう」


ラナ:「そんな…無茶よ!それにあれだけの数、1人で抑えられる訳がないじゃない!」


ラナ夫:「そんなの分かっている!1秒も時間を稼げるかも知らないしすぐに殺されるかもしれない、でもその1秒でもコンマ1秒で君たちが助かるなら、少しでも生き残れる希望があるのならこんな俺の命だって惜しくない!…それに俺はもう走り続ける体力はない、助からないんだよ。だから、ここからは先はお前たちで行くんだ。いいな」


ラナ:「い、嫌…だよ。今までずっと一緒だったのにずっと幸せだったのにそんなの絶対に…」


ラナ夫:「バカ言ってるんじゃない!!見ろ!今もアンデッドは迫ってきてるどの道も同じだろう!!めそめそ泣いている暇があったら足を動かして死なないように足掻いて早く行けぇ!!」


ラナ:「嫌ッ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ああああああああ!!!!」


力をいっぱい泣け叫ぶ、声が枯れる程に、今も迫っているアンデッドのことなんて気にしないように泣く。


だけど…


ラナ:(えっ…?)


自分の足は夫から離れていく。自分の手は子供達の手を繋いでいる。そんな事したくないのに、夫がここに残って囮になるならその隣で一緒に最後までいる事が出来たのに、娘たちの手を放してそうしようと取る行動は決まっていたのに、足は手は身体は夫から離れていく。


夫は近くにあるスコップを持ってアンデッドの大群を迎え撃つ。それが振り返る前に見た夫の姿だった。あの時、何で身体が勝手に動いたのか、分からなかった。でもあの時冷静だったらその答えはとても単純な答えだった。


恐怖が勇気に勝ってしまったのだ。その恐怖心はそれ以上罪悪感として心に強く刻まれた。それでも心のないアンデッドは手当たり次第に街を蹂躙していく、建物の中に隠れていただろう人々が恐怖に耐えきれずに外に出てた所でアンデッドと鉢合わせしてしまいそのかぎ爪が腹部に突き刺さり貫通する。


その光景はすぐに視界から外れただ走る。疲れなんて感じる暇は一切なく、ただ何も考えられなかった。それは生き残る希望が微かにでもあればという火事場の力なのか或いは愛した人の元を離れた後悔からその気持ちが見えない支えとなって突き動かしているのか、先程まで血の痕跡がなかった。この街が鮮血に染められていく。


 走りながらしばらくすると、門が開いたままになっている。近くにはまだ生き残りがその門の先に我先にとがむしゃらに走りその先の道へと去っていく。


 そこに全力で走り、そこを抜けた後の事なんか考えられないほど頭の中が真っ白になりながらもそこに向かう。


しかし、後十数mの所で自分の足に力が入らず、倒れ込んでしまう。足には小さな穴が開いていた。遠くにはこちらに狙撃銃を向けているアンデッドが一瞬視界に入った。子供達は足を撃ち抜かれた自分に目を向けずに自分の足で門の方へ入っていく。その姿に多少の安堵を感じて後ろから来た死者の波に飲み込まれる。


あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか、気がついたら周りにいたアンデッドはおらず、自分が生きているのが不思議に思えるほどのズタズタに踏みつけられ、ボロ雑巾のような姿になりつつも人間の姿を保っていられるのは奇跡と言えるだろう。しかし、この状態ではどんな手を尽くしても後は徐々に近づいてくる。死の運命に身を投じるしかない。


視界も段々とぼやけて、耳も段々と聞こえなくなってきた。その時に仰向けになった自分の視界に人の顔のような輪郭がぼんやりと映った。それが人なのかアンデッドなのか理解できなかったが、自分の望みを伝えようと口を必死に動かす。なぜそのような行動を取ったのか自分でもよく分からなかった。もしかしたら少しの期待を誰かに求めたのかもしれない。自分の発する声も聞こえず相手に伝わったのかも分からない。そのまま私は意識を失った。


次に目を覚ました時に目の前には私の子供達が私の視界に映り込んだ。自分の身体がどうなっているのか知る術はないが、子供達の顔は今にも泣きそうで、私は子供達の頬を撫でる。子供達…ルルナとララはこれを夢だと言った。そんなことはない、この頬の感触と自分の子供の事は忘れるはずもない。でも、それでも子供達の言葉を噓だとは言わず、そのまま目を閉じて、ゆっくり息をする。夫の姿が見えないのはさみしいけれど、何故か自分の近くにいるように感じられた。

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