吶喊
ゴヘノヘは、獣人達の普段の生活圏にはいないのですが、このようにして十数年から数十年の間隔で出没する、彼らにとっては<天災>のような存在でした。
バンゴの父親は言います。
「ゴヘノヘ、セカイノムコウカラ、クル」
と。
<世界の向こう>というのは、彼らが<世界の果て>と称している、おそらく標高三千メートル級の山脈の向こうを指していると思われます。
直線距離にすれば目測で五十キロほどでしょうか。基本的にはそこで多くの動物の生活圏は区切られている可能性が高く、なるほど彼らにしてみれば世界の果てのようにも見えるでしょうね。
そこから来る巨大な獣。
それを迎え撃つべく、戦いを得意とする猪人達は武器を手に取り、戦士達は互いに向き合って、泥と、バンゴの父親が様々な果実の汁や動物の血を素に<まじない>で呪を込めて作った<墨>を用いて、まるで<鬼>を彷彿とさせる戦化粧を施します。
獣人達の間での戦はなるべく避けようとしている彼らですが、ゴヘノヘのような脅威がいる限り、それへの備えは怠りません。
そこに届く、
「ゴオオアアアアアアアーッッ!!」
という、雷鳴のような咆哮。
ゴヘノヘでした。木々の枝を押しのけ、山をざわめかせてこちらに迫ってくる姿が、この辺りでは最も高い木に登って監視していた梟人によって確認され、
「ロロロロロロロロォォーッ!!」
警戒を促す声が響きます。
「ゴフッ! ゴフッ!! ゴォッフッッ!!」
戦いの準備を整えた猪人達が自らを鼓舞するべく雄叫びを上げました。その中には、相堂伍長の姿も。
彼も立派な戦士の一人として加わっていたのです。
石の槍や棍棒を携え、戦士達はゴヘノヘに向かって走りました。
猪人の戦士に男女の区別はありません。男でも女でも、力があり戦う覚悟がある者なら誰でも戦士になれます。
バンゴの母親であり、相堂伍長にとっても母親のような存在であるベルカも、若い頃は勇猛な戦士の一人だったそうです。
戦いそのものを生き甲斐とする猪人達はこうしてゴヘノヘに戦いを挑みますが、戦う力を持たない兎人や山羊人達はとにかくゴヘノヘが過ぎ去るまで森の中をひたすら逃げるのだとか。
これはそれぞれの資質の問題なので、猪人達は自分達だけが戦うことを不満に思うこともありません。
そんな彼らのメンタリティは、伍長にとってはとても心地好かったのでしょうね。
ただ、その伍長でさえ、ゴヘノヘを目の当たりにした時には、足が止まったそうです。
すると、猪人達のリーダーで、ブオゴの父親のボルゴが、
「サキニイク! ユキ!」
と、石槍を手に吶喊したのでした。




