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獣人のよろずやさん  作者: 京衛武百十
第一部
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せっかくこの世界に

そんなことを考えている間も、ノーラは懸命に赤ん坊を生もうとしていました。


私達三人が元々いた世界では無痛分娩が一般的で、出産の負担も危険性も随分と減っていたのですが、ここでは、正直、約二十人に一人の割合で産婦が亡くなります。


それは、このノーラも変わりません。もう三年ばかり一緒に暮らし、家族同然の彼女ですが、そういう存在であっても亡くなる時は本当に呆気なく亡くなってしまうのがこの世界なのです。


私達の世界にあった様々な医療器具や医療体制があればと思わずにはいられないところですが、無いものをねだっても事態は好転しません。私達は今の時点でできうる最善を尽くすだけです。


破水を経て、いよいよ赤ん坊が出てきます。


しかし初産であることも影響してか、時間がかかっているようです。


最善を尽くすつもりはあっても、今は何もできないのがもどかしい。


いきるタイミングなどを指示したいところですが、残念ながらノーラは言語能力が未熟らしく、三年一緒に暮らしてきても複雑な言葉は理解できていないようでした。


これは、種族ごとの特徴というよりは個体差が大きいと私達は推測しています。


そして、ノーラはその能力が非常に低いと。


元より、ノーラは、他の山羊人(やぎじん)と比べても、明らかに知能の発達に遅れが見られました。それが原因で山羊人(やぎじん)の集落にいられなくなったというのも実はあります。


と、その時、


「あーっっ!!」


ひときわ大きな声を上げたノーラがぐーっと体に力を入れたのが分かりました。


瞬間、赤ん坊の頭が覗きます。私はそれを受け止めるために手を差し出しました。そこに、ずるりと赤ん坊が落ちてきます。


私は血塗れの粘液に包まれた赤ん坊をしっかりと受け止め、まず、呼吸と心拍を確認しました。


でも、呼吸が確認できません。心拍も、私が触れた限りでは確認できませんでした。危険な状態です。


こうして命を落とす新生児も珍しくはありません。ですが、簡単に諦めることもできない。


私はぬめる赤ん坊の体を落とさないように気を付けながら上を向かせ、気道を確保し、私自身の口を大きく開けて赤ん坊の口と鼻を覆い、吸いました。


口内や気道などに残っているであろう羊水等の異物を吸い出すためです。


口の中に入ってきたぬめりと異物感のある液体を床に吐き出し、その上で再び赤ん坊の鼻と口を覆って息を吹き込みます。


赤ん坊の胸が膨らむのを確認し、左手で支えて右手の指を胸の中心に添え、押しました。


心臓マッサージです。


「戻ってきてください…! あなたはせっかくこの世界に来たんです。それを楽しむ前に逝くのは早すぎます……!」


思わず漏れた私の言葉は、赤ん坊に語りかけているというよりは私自身の<祈り>だったでしょう。


すると……


「…み…ぃいい、みぃぃ……」


文字通り蚊の鳴くような声でしたが、赤ん坊は確かに自分で泣き声を上げたのでした。



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