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第一話 若人たちが騒いでる

『  拝啓

   この手紙を読んでいる貴女はお元気でしょうか?

   私は…僕は元気です。

   あれから、すぐに王子には、ばれてしまいました。

   王子は笑って許してくれました。

   貴女が、元気でいらっしゃる事を祈っています。

  P.S. 

   もうすぐ貴女を、迎えにいけます。           

                      ユト   』


「まぁ」

 ペットの鷹が運んで来た手紙を見て、女性は小さく吐息を漏らす。

 つっ。

 頬が一筋光った。

「やっと…会えるのね。…良かった」

 女性は椅子に座り、静かに目を閉じた。

 思考が過去をさかのぼってゆく。


―二年前――

「姫様、リム姫様」

「婆や、こっちよ」

 少女は逃げながらくすくす笑う。

「…見つけました」

 その後ろに、一人の少年が当然現れた。

「ユト…お願い。見逃して」

「駄目です」

 少女のお願いも、少年には通じない。

 数分後……。

 リムはユトと共に王の前に居た。

「ユト……ありがとう」

 王の言葉に、ユトは黙って目礼をする。

「そして…リム」

 王はリムに向き直った。

「はい、父様」

 リムは下を向いたまま、返事をする。

「そんなに嫌なのか?あの話」

 王の言葉にリムは伏せていた面をあげた。

「嫌に決まってるわ。……でも」

 リムの潤んだ瞳から、一筋光が落ちる。

「でも、国のためだもの。この国の王族は、父様と母様と兄様、そして私だけ。……仕方ないわ」

 リムの目が力無く伏せられた。

 光はただ静かに床の上へと落ちてゆく。

「姫様…」「リム、すまない」

 ユトと王の言葉が、重なった。

「部屋に戻ります」

 リムは静かに室をでてゆく。


「王様……」

 静かになった室内にユトの言葉が響く。

「良い、叔父と呼んでくれ」

 王の声も、響いた。

「叔父上…本当に、良いのですか?」

「何がだ…?」

 冷静に聞こえるようでも、王の声は僅かに震えている。

「叔父上と隣国の王ーー父上が結んだ契約は、王族同士の結婚。

 私は、どちらの王族にも属しています」

「だから、こちらの王族として嫁ぐというのか?」

「ええ」

「自分の家族に、嫁ぐことになってもか?」

「…ええ」

 ユトの声がどこまでも静かな反面、王の声は震えている。

「ならば…そなたは国へ戻れ」

 やがて、王は優しく言った。

「何故?」

 リムが訳が分からないといった風に訊く。

「リムをそなたに…留学中のカリスト国第一王子に嫁がせる」

「え?」

 ユトの声が跳ね上がった。

 対して、王の声は淡々と続ける。

「今すぐ国へ戻り、リムが欲しいと言ってみよ。

 そして、一月過ごし、こちらへ戻って来い。

 後の事は任せよ。

 とりあえず、そなたはリムの護衛を頼む」

「……分かりました」

 王の顔を見て、ユトは渋々承知した。

 

 そして、翌日…。

 ユトは、夜が完全に空ける前に、サクリシス王城を出立した。


 ー数日後ーー

 カリスト国城内は騒がしかった。

 突然戻ってきた王子が、急に「従妹のリム姫を嫁に貰う」と言い出したのだ。 

 我が儘の代償とでもいう様に、帰って来てからの王子は、生活の大部分を仕事に費やしている。

 皆はその様子を見て、そんなにもリム姫が欲しいのかと納得した。

 そのまま、大した事件も無く、一月が過ぎた。

 そして、出立を翌日に控えた日の夜の事だった

 ユトの元に一人、来客があった。

 客の名はユリア、伯爵令嬢である。

「ユト様……。もう留学先にお行きになるのですか?」

「ええ、まぁ」

「何故…」

「え?」

「なぜ、(わたくし)にはそんなに冷たいのですか?

 他の方達には、あんなに優しくされるのに」

「それは、あの…」

(気持ちが迷惑だから…とは、はっきり言えないよなぁ)

 はぁー。という微かな溜息を聞きとがめたのか、

「もう、いいです。お手間を取らしてしまい、申し訳ございませんでした」

 ユリアは涙目で去って行った。

「ふう」

 静かになった部屋でユトは一人、溜息をつく。

「いつまで、リムに隠せるかな…」

 ユトはそう言うと、また、溜息をつき、長髪を短髪に見せるため、細かく編みこみ始めた。


―翌朝――

「誰も居ないよ、ね…?」

 城壁の上で辺りを見回す不審な影。

「誰だ!」

 そこに鋭い誰何の声がした。

「え…まずい、かも」

 影、もといユトは慌てる。

「曲者、待て!」

 誰かが背後で叫んだ。

「完璧に、まずい!」

 肩すれすれに銃弾が飛んでゆく。

 ユトは慌てて城壁から飛び降りた。

 暫く走って馬の隠してある場所まで辿り着くと、ユトはぼそりと呟く。

「あの人達…自国の王子に向かって撃ったって知ったら、どうするんだろう…?」

 まあいいか、と伸びをすると、左手がうまく上がらない。

「あれ?」

 ふと、左手を見ると、二の腕から血が垂れている。

 どうやら、撃たれた時に当たったらしい。

 今まで気が付かなかったのは、集中していたからみたいだ。

「痛た…」

 傷に気づくと同時に、痛み出してきた。

「弾は…どうなってるんだ?」

 体の中に留まっているのか、それとも、貫通しているのか。

 よく見ると、どうやら、腕の中に留まっているらしい。

 その場で、にわか手術が始まった。


「ふぅー」

 ユトは、額に軽く浮いた汗を拭う。…緊張した。

 その時、鳥の鳴き声が聞こえた。

 空を見上げると、太陽は既に高く上っている。

「急がなきゃ」

 ユトは馬に乗って走り出した。


 同じ頃…。

「冗っ談じゃないわ!」

 リムは女官の手から逃げ惑う。

「そんなドレス着たくない」

「でもこれが一番、姫様の髪に似合ってらっしゃいますし…」

 頑なに拒否するリムに、女官は困ったように瞳を揺らす。

「嫌ったら、嫌!」

 リムはそのまま女官を追い出し、部屋に閉じこもった。

「「ああ、こんな時 ユト  が   いた   ら

          ユト様   いらっしゃった  」」

 奇しくも、リムと女官は天井を見上げ、ドアを挟んで同時に呟いた。


 数時間後、ユトはサクリシス王城に着いた途端、沢山の女官達に囲まれ戸惑う。

「ど…どうしたの?」

 ユトが訊いても

「「「待ってました」」」

 としか、女官達は言わない。

 訳の分からないまま、ユトは王に挨拶しに行った。


「只今、戻りました」

 ユトの声に

「戻ったか…」

 王はホッとした様に笑い、続ける。

「出立は明朝九時だ。リムを…よろしく頼む」

 王の言葉に込められた二重の意味を、ユトは理解する。そして、

「承りました」

 そう遠くない未来、養父上と呼びかける事になるであろう男に、深く、深く、頭を下げた。

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