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閑話:そっくりさんを見てみたい・前編

「ふと思い出したんですけど」


「何かしら?」


 日曜のミオさんは割と元気だ。土曜で回復するせいか精神年齢がちょっと上がり、夜になって明日が月曜と思い出すまでは朝モードでいることもしばしばである。


「俺を雇ったばっかりの頃は、土曜の朝もなんというかその、その感じでしたよね?」


「その感じ?」


「朝モードと申しますか……。いっしょに出かけたことなんかもありましたし」


「その感じね」


 伝わったらしい。


「どうして今は日曜だけなのかなと」


「あら、それは簡単よ」


「と、いいますと」


「気を張ってたの」


「気を」


「もうバリバリのビンビンに」


「バリバリのビンビンに」


「すごい疲れた」


「お疲れ様です」


 今はそれをしなくなったのは、俺に対する信頼の証と思うことにする。


 日曜の夜にそんなとりとめもない話をしながら見るドラマというのも、なかなか乙なものだ。


「それにしても……」


「どうしたの?」


「似てますね、高瀬(タカセ)能子(ヨシコ)さん」


「私と?」


「ミオさんとです」


「そうかしらね……?」


 妹の裕夏がミオさんを見た時、「女優の高瀬能子に似てる」と言っていた。ミオさんも過去に何度か言われたことがあると答えていた気がする。


 俺は高瀬能子を写真でしか知らなかったのでそこまで似ているとは思わなかったのだが。今テレビの中で主演女優として動いているナース姿の高瀬能子はたしかにミオさんに瓜二つだった。


 女優とかって、どっちが良いとかでなく写真と動画で顔が違いすぎると思うのは俺だけだろうか。


「仕事中のミオさんもこんな感じなんですか?」


「そこは自分じゃ分からないわね」


「それもそうですね」


「自分の内臓の形を知らないようにね!」


「お上手で」


 そんな高瀬能子が主演しているドラマは『あなたのガンです』。


 CTスキャンの結果を見て「この患者はもう助からないな……」と悲痛な顔で言う医者に、高瀬能子演じる新人看護師が「それ、あなたの内臓ですよ」と伝えようと四苦八苦するブラックコメディだ。


 会心のアイデアで靴箱に手紙を入れたら、ラブレターと思われて愛妻家の医師には読んでもらえなかった高瀬能子。絶望する顔が、夏の旅行後に体重計に乗ったときのミオさんそのまんまである。


「それにほら、こうして画面越しでは似ていても実際にはそうでもないかもだし」


「たしかに。いつか並んでもらって見比べたいですね」


「テレビ関係の方とのお仕事もなくはないけど、裏方さんばっかりだし……。さすがにそんな機会はなさそうかしら」


「ははは、冗談ですよ」





 そして翌日、月曜日。朝はミオさんにコーヒーを淹れて送り出し、昼は掃除や洗濯に精を出し、迎えた夜。


「高瀬能子と並ぶことになったわ」


 ただいますらも言わず、仕事から帰ったミオさんはそう言った。


「ミオさん」


「うん」


「エイプリルフールは半年後ですよ」


 いくらなんでも昨日の今日でそんなことは起こるまい。ミオさんには珍しいけど、迫真の冗談だろう。


「芸能人のそっくりさんを探す番組を作ってるディレクターが、前にお仕事した裏方さんと同期入社で、私のことを紹介されて……」


「あ、これ本当のやつだすみません」


「いいの。私も三回言われるまで信じられなかったから」


「なんという……」


 偶然というのは恐ろしい。


 気が動転していたためだろうか、朝モードでそこまで説明したミオさんは、俺がバッグを預かった瞬間にくにゃっと崩れ落ちた。


「どうしようどうしよう松友さん! テレビ! テレビ!」


「お、落ち着いてくださいミオさん」


 どうしようどうしようと連呼しつつ腰にすがりついてきた。当たってる。どこがとは言わないけど当たってる。


 ミオさんの肩を掴んで柔らかい圧力を押し返し、ひとまず靴を脱いでもらう。そういう日常的な作業が人を冷静にさせる……かもしれない。それがダメでも必殺の深呼吸がある。


「マイクとか向けられてもむり……しゃべれない……」


「そこはほら、番組ですから。きっと台本とかありますって」


「それに顔が似ててもあっちは芸能人だもん……。並んだらお肌とか絶対負けてるもん……」


「ミオさんの肌も二十歳で通るレベルですよ」


「あとテレビの現場ってウェーイでチョリーッスな人が多そうでこわい……」


「偏見な気もしますが否定はしがたい」


 なんとなくそういうイメージがあるのは分かる。俺も実際のところは知らないけど。


「銀座でお寿司はいいけどザギンでシースーはむりなの……」


「分かるような分からないような。というか、それって俺に話しちゃっていいやつなんですか? 今までお仕事の内容は守秘義務で伏せてたのに」


「これはね、会社じゃなくて私個人へのお話で、まだNDA(秘密保持契約)も締結してないからいいの。契約日の遡りも原則認めないから大丈夫なんだよ」


 幼い口調と大人な内容が面白いくらい合っていない。


「抵抗があるなら断っては? 会社も通してないなら仕事にも差し支えないでしょうし」


「でも……」


「何か問題が?」


 表向きは個人へのオファーでも、今後の取引に影響するような裏事情があるんだろうか。だとしたら何か考えないといけない。


「テレビ局のスタジオって一回入ってみたくて……」


「……とりあえずご飯にします?」


「うん」


 意外とミーハーなミオさんと数秒見つめ合ったあと、俺は味噌汁を温めることを選んだ。今日は豆腐と冬瓜だ。

後編は明後日に載せます。


芸能人とは縁のない私ですが、吹石一恵さんを間近で見たことがあります。画面で見るより遥かに美人で、なんか周りの空気が透明度高めに見えました。

見られる仕事の人ってマジでオーラを纏うんだってそのときに知りました。

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