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閑話:早乙女さんはイモータル・後編

松友視点:


 大学芋。


 サツマイモを乱切りにして揚げ、蜜を絡めた料理だ。作り方は芋けんぴと似ているが、細く切らないことと飴に醤油を加えて煮詰めすぎないことで、ホクホクと柔らかいイモが黄金色の飴に包まれた仕上がりになる。最後に黒ごまを散らすと目にも楽しい。


 だがそんなことはどうでもいい。


 いや、どうでもよくはないがもっと考えるべきことがある。


「……今なら大丈夫か?」


 マンガでイモを食べたら必ず出るものではあるが。まさか現実でもなるとは思わなかった。


 今、俺は台所で大学芋を皿に盛り付けている。甘い香りが漂い、換気扇も動いている今、テーブルにいるミオさんまで音も匂いも届く可能性は低い。


 かといって油断は禁物だ。鍋をコンロに戻す音に合わせてやれば確実に……。


「すごーい、金色だー!」


「おおおおうそうですねそうでしょうおいしそうですよね?」


「おいしそう!」


 ミオさんが台所まで様子を見に来てしまった。距離にして俺からわずか五十センチというインファイト状態だ。


 ミオさんが生理現象で他人を蔑むような人じゃないのは分かっているが。いや、

『最低』とか、

『不潔』とか、

 そういうことを言うミオさんも見てみたい気もしなくもないのだが。


 それはそれとして悟られるわけにはいかない。年上の綺麗なお姉さんに聞かれたくない音としては三本指に入るトップランカーだ。


 どうにか距離を、距離をとるんだ。そのための最善手は……。


「そうだミオさん、大学芋の名前の由来をご存知ですか?」


 これだ。ミオさんが「知らない」と言い、俺が「ど忘れしました」と返し、ミオさんに調べてもらう。ミオさんのスマホはテーブルにあるから少なくとも台所からは出てくれるはずだ。


「東大生が作って売ってたからって説と、東大赤門前にあった三河屋で売られていたからって説と、早稲田大学の近くで学生さんに人気だったからって説があるよね」


「そうですね」


 いかん、詳しい。


 そういえばお菓子は手土産の定番で、手土産はビジネストークの定番だ。商談のネタに知っていてもおかしくなかった。


「あ……」


「ミオさん、どうしました?」


「な、なんでもない」


 ミオさんが何かに気づいたような顔をして背筋が冷えた。まさか、俺が何を考えているかバレたのか。


「さ、さっそく食べましょうか!」


「そ、そうだね!」


「できたてが一番ですからね!」


「ねー!」


 どうする。どうすればいい。俺に何ができる。


 どうする……!






ミオ視点:


 大学芋。


 お芋に金色の蜜がかかった、見た目にも綺麗なお菓子。たまに手土産で持ってきてくれるお客さんがいて食べることはあるけど、手作りの作りたては初めてだ。どんな味がするんだろう。


「そうだミオさん、大学芋の名前の由来をご存知ですか?」


「東大生が作って売ってたからって説と、東大赤門前にあった三河屋で売られていたからって説と、早稲田大学の近くで学生さんに人気だったからって説があるよね」


「そうですね」


 大学芋をくれるお客さんが前に教えてくれたので知っている。どうだー、私だって教えられてばっかりじゃないのだ。


 ちょっと得意になって胸を張ったら、圧迫されたせいだろうか。おなかに違和感が……。


「あ……」


「ミオさん、どうしました?」


「な、なんでもない」


 小説なんかでおイモを食べたら必ず出るものだけど。まさか現実でも出そうになるなんて思わなかった。


 私のバカ。台所なんかに来ないでおとなしく座ってれば、物音とおイモの香りでごまかせたかもしれないのに。


「さ、さっそく食べましょうか!」


「そ、そうだね!」


 分かってる、松友さんはそんなことを笑うような人じゃない。というか私、もっと恥ずかしいところをいっぱい見られてきた気もするけど。思い出したらリビングに座ってるあーちゃんをかっさらってベッドに籠もりたくなってきたけど。


 だとしても絶対にバレたくない。松友さんの中に一パーセントくらい、耳かき一杯ぶんくらいは残っているかもしれない、年上の綺麗なお姉さんなイメージがガス爆発で消し飛んでしまう。


「できたてが一番ですからね!」


「ねー!」


 これ以上食べたらタイムリミットはさらに縮まる。でも食べないと怪しまれるっていうかすごいおいしそう食べたい。


 どうしよう……。






松友視点:


「あ、ミオさん麦茶のおかわりいります?」


「あ、うん、ありがとう!」


 大学芋を食べれば暴発までのリミットは近づいてしまう。少しでも時間を稼ぐためにお茶をついでみたりするも、なぜかミオさんも手をつけない。


 俺といっしょに食べようと待ってくれているのだろう。その気遣いが今はブービートラップのごとく俺を絡めとっている。


「はい、じゃあ、いただきましょうか!」


「えっと、いただきまーす!」


「いただきます!」


「あ、すごい。まわりの金色がとろっとしてる!」


「サツマイモの熱が伝わって、表面をほどよく溶かすんですよー」


「おいしいよーこれ!」


「それはよかったハハハ」


 まずい。なまじお茶をつごうと立ち座りしたせいでさらに際どくなった。うかつに立ち上がると暴発するかもしれない。


 かくなる上は。


「そういえばミオさん」


「なにかな!?」


「勢いがすごい」


 驚いてちょっと際どかった。


「あ、うん、おいしくて思わず」


「それはそれは」


「それで、どうしたの?」


「ああ、昨日掃除をしていたら、寝室の壁に妙なシミを見つけまして」


「シミ?」


「なんのシミか気になるので、ちょっと確認してもらってもいいですか?」


 俺が立てないなら、ミオさんにどこかへ行ってもらうしかない。ミオさんはこの手の頼みごとはすぐにやってくれるはずだ。


「あ、うん。あとで確認しておくね」


「あ、はい」


 ダメだった。


 何か、何か手はないか……!






ミオ視点:

 

 やらかした。


「そういえばミオさん」


「なにかな!?」


 声をかけられた時に大きい声で返事をして、それに乗じて処理する。


 名付けてマルチタスク作戦。失敗しちゃった。


「勢いがすごい」


「あ、うん、おいしくて思わず」


 自分の勢いに驚いて、ただリミットを縮めただけになった。なんてこと。


 もうギリギリだ。うっかり立ち上がりでもしたら危ない。きっと危ない。


「昨日掃除をしていたら、寝室の壁に妙なシミを見つけまして」


「シミ?」


「なんのシミか気になるので、ちょっと確認してもらってもいいですか?」


 ごめん松友さん。細かい気遣いとっても嬉しい。


 でも今は無理なの。×(ブー)なの。


「あ、うん。あとで確認しておくね」


「あ、はい」


 何かしないと。このまま大学芋おいしいしてたらすぐに限界が来てしまう。


 次の手を考えるんだ早乙女ミオ。あなたはできる。あなたならできる。二億円のプロジェクトが頓挫しかけた時だって、とっさの判断で解決したじゃないか。


 なんでもいい、何かきっかけがあれば……。


“ピンポーン”


『宅配便でーす』


 きた。宅配便きた。きっかけが、きた。


 これは最後のチャンス。松友さんに行ってもらって、その隙を狙うしかない。さあ、ここが正念場だ。





配達のお兄さん視点:


「宅配便でーす」


 俺はしがない大学三年生。学部は経済、専攻はマクロ経済論。学費の足しにするため、配達のバイトに精を出す日々を送っている。


「ここのお姉さん、綺麗なんだよなー」


 ついでに巨乳だし。


 荷物が水だったり芋だったり、重くてしんどいことも多い仕事だけど、こういう小さな楽しみがあるから続けられている。


「でも遅いな……? オートロックが開いたんだからいるはずなのに」


 ドアの前で待つこと一分。不思議に思った頃、中からドタドタと足音がした。ひとりぶんじゃない。


 あわただしくドアが開くと、いつものお姉さんといっしょに男が出てきた。


「お待たせしました!」


「お勤めご苦労さま!」


「え!? あ、はい! サインお願いします!」


「早乙女、っと」


「はい確かに。では!」


「いつもどうもー!」


 彼氏、いたんだ。


 そりゃあ、あんな綺麗なお姉さんだもんな。いない方がおかしいよな。それにしては普通な男だったけど。初めて見た気はしないし、俺の担当区内に住んでるのかもしれない。


「次、行くか……」


 秋風が、やけに肌寒く感じた。






松友さん視点:


 譲り合ってたらなぜかいっしょに出てしまった……。






ミオさん視点:


 なんでいっしょに出ちゃったの私たち……。







「ミオさん!」


「松友さん!」


 こうなったら最後の手段だ。


 こうなったら最後の手段だ。


「モッツァレラゲームをしませんか!?」


「モッツァレラゲームやらない!?」


 モッツァレラゲーム。


『モッツァレラチーズ』と交互に言っていくだけの単純なゲーム。ただし、かならず前よりハイテンションで言わなくてはならない。


「ミオさんからどうぞ!」


「わかった! モッツァレラチーーーズ!!」


「初手から上げますねミオさん!」


「うっかりしちゃった!」


「うっかりなら仕方ないですね!」


「松友さんの番だよ!」


「モッツァレラチイイイイイズ!!」


「モッッッッツァレラチーー……ッズ!!!」


「レラモッツァレエエエエエラチーーーーズ!!!!」


「モッツァレラレラレラチーズウウウウウ!!!!!」




 その日、ふたりはモッツァレラゲームを体力の限界まで楽しんだ。


 モッツァレラな叫びに混ざって途中に二度ほど異音がしたが、気づいたものはいなかったという。

前回『投入』を『豆乳』と誤字って指摘されました。大豆が足りない黄波戸井ショウリです。


最近ちょっとスランプ気味で、なかなか書けないしポイントも増えないし、気分転換に新作(https://ncode.syosetu.com/n3058fu/)を始めたりしたけどあんまり改善しないですし。

ここで真面目な話をやったらきっと大ヤケドする。そう思ってしょうもない話にしたら自分史上3番目くらいにしょうもない話になりました。反省はしている。後悔はしていない。


うん、まあ、アレです。


ごめんな!!!!!!!(ミオさん松友さん読者さんその他本作に関わる全ての人への謝罪)

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― 新着の感想 ―
[一言] 某「○○が足りない」ストレイトさんの口調で「大豆が足りない」と口にされる連想ががが・・・。
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