村崎さんはいっぱい伝えたい
「お冷のおかわりいかがですかー?」
「冷や汗のおかわり……」
「はい?」
「なんでんなかです」
ちょうど食べ終わったタイミングで水差しを持った店員さんが顔を出した。相変わらずいい営業スマイルをしている。私もあれくらいできれば、子供に泣かれたり初対面で威嚇と勘違いされたりしなくて済むんだろうか。
大山係長から「レッサーパンダの威嚇よりは怖かったよ」と言われた時はちょっと反省した。
「カレーメロンパンいかがでしたー? 前回お褒めいただいたので改良したんですよー」
「そうですね……」
感想を訊かれた。いろいろと言いたいことはあるが、簡潔に絞るとすれば。
「皮とパンのバランスが整ってメロンパンらしさがより強くなった点がまず良いのと中のカレーもスパイスの配合を変えたと思うんですけど香りが高いものの割合を増やしたおかげでメロンパンでありながらカレーを食べた満足感が得られるなどカレー屋さんとしてのアイデンティティを失わない姿勢が素晴らしいと思います加えてカレーを入れる空間の周りにバター多めの生地で膜を作ってある工夫に気づいた時はこれが二百円以下はコストパフォーマンスとしてあまりにも」
「村崎」
「はい」
「うまかったか?」
「おいしかったです」
「ありがとうございます!」
「続きはお客様アンケートに書いちゃり」
「分かりました」
たしかにアンケートなら省略することもない。
いっぱい書こう。
「ありがたいですねー。どうもこのスタイルになってからお客さんの反応がかんばしくなくて」
「いやまあ、かんばしい反応をくれる人は人生の袋小路におらんでしょう」
「……たしかに!」
前にも見たから私にも分かる。あれは「その発想はなかった」という顔だ。
「そもそも店長さんはなぜお店をこんな風に?」
「こげんするくらいやし、相当なんかあったんやろな……」
フリーのホラーゲームにでもありそうな店内を見回して、土屋先輩がぼそっと呟く。
自分が人生の袋小路にはまったから、とはさっき聞いたけれど。実際のところ何があったのだろう。
「それがですねー」
営業苦笑いを浮かべて、眉毛をハの字にしながら店員さんは右手を頬に当てている。
「悩める人のためのカレー屋にしたところ、悩める人がたくさん来てくださいまして」
「コンセプトとしては当たっとったんですね、アレ」
「みたいですねー」
「それでいったい何が?」
「はい、それで皆さん、思い思いの悩みを打ち明けていかれまして」
「誰にですか?」
「私に」
「店員さんに」
「あー、熊本の町工場から出張してきた社長さん! あの人のお話なんかカッ飛んでましたねー。なんでも工場が倒産しかけたらしいんですけどね? それを知った娘さんが、大富豪の遺産を相続して隠遁中の青年に夜這いをかけたそうで」
「大富豪の遺産」
「夜這い」
「この青年がなかなかに紳士で、心意気にめんじてメイドとして雇ってくれたらしいですよー? けど遺産を狙う親戚に居場所がばれてしまって」
「おお……?」
「そ、それで?」
「町を去る青年に、なぜか娘さんまでついていってしまったそうです。今もふたりで楽しく逃避行しているとか」
「楽しく」
「逃避行」
「こんなに早く娘が家を出ていくなんて、とさめざめ泣いていました」
「え、実話なん?」
「作り話であの量の涙は出ないんじゃないですかねー」
事実は小説より奇なりとはいうけれど。確かにそうはいうけれど。
本当にあるんだろうか、そんなこと。
「いやぁー、何を食べても塩の味がするっていうからカレーの調味も大変で大変で!」
「そらカレーにすれば大抵の味はごまかせますけども」
「涙の味もカレーに煮込んだら分からなくなるんですね。勉強になります」
某カレーはどう作ってもうまいのだと、どこかのお医者さんも言っていた。
「それで何の話でしたっけ?」
「ご主人とメイドさんの楽しい逃避行のお話です」
「ちゃうて。なしてこの店がこげんなったかやろ」
「逃避行のお話の続きが気になります」
「オレも気になるけども。とりあえず順序立てて行こうな」
「順序は大事です」
「せやろ」
隣で店員さんも「そうですねー」と頷いている。
「それでですねー、ナヤミストの皆さんが五十人を越えた頃だったと思うんですけどー」
「待って、また知らん単語出てきた。ナヤミスト?」
「あ、悩める人、が言いにくいので自然とナヤミストに変わりました」
「なるほど」
「それでナヤミストの悩みを聞いているうちにですねー。私、ちょっとした疑問を抱いたんです」
「疑問、ですか?」
人の悩みを聞く中で、人生について考えたということだろうか。それなら人生の袋小路に陥った人のカレー屋に至るのも分かる気がする。
店員さんは「そうなんです」とまた頷いて、話を続けた。
「小さな小さな疑問で、店長も店員も気づかなかったくらいのことなんですけど」
「ほう」
「それは?」
「悩みを聞くのって、カレー屋と関係なくないですかー?」
「たしかに」
「……おーーう、ここにきて気づいたかーー!」
言われてみればそのとおりだ。カレー屋さんはカウンセラーじゃない。土屋先輩も大きなリアクションで納得しているから間違いないだろう。
「その疑問を店長にぶつけたところですね」
「店長さんはなんと?」
「膝から崩れ落ちました」
「そこまでか……」
「『ならばカレー屋とはいったいなんなのだ』と叫んでお店を飛び出して、未だに帰ってきません」
「……うん? 帰ってこない?」
「出奔中というやつですね」
「未だに?」
「はい」
「え、じゃあ店がこげんなっとるんは誰が?」
「店長が出ていって一週間後でしたっけ?『人生の袋小路に陥った人のカレー屋』の看板が届いたので、それに合わせて私がアレンジしました!」
「ハンドメイドだったんですね」
「工作は得意なんです!」
工作が得意だと内装ができるらしい。
「というか、店長がおらんなら経営とかは誰が?」
「僭越ながら、それも私がやってます!」
営業ドヤ顔で店員さんは胸を張る。エプロンで分かりにくかったけど私より大きい。土屋先輩の目がちらっと下向きになったのは、仕方ないんだろうけどちょっともにょっとした。
「いや、それもう店員さんが独立した方がいいっちゃなかですか?」
「カレー作りも経営もできるんですよね」
美人店長がおいしいカレーを出すお店になるだろう。普通に繁盛してくれそうだ。
「いえいえそんな。私なんて店長がいないとなんにもできないんですからー」
「そうやろか……?」
「それにほら」
「はい?」
「こう、あれですよ」
「どれです?」
「どこまでも迷走していく店長、かわいくないですか?」
「………………お冷のおかわり、もらってよかですか?」
「はーい」
かなりの間を空けて、土屋先輩はお冷のおかわりをお願いした。
「ちょっと失礼します」
先輩と私のコップにお冷をつぎおわった店員さんが離れたところで、私は席を立った。
お客様アンケート用紙を探しに行くためだ。いっぱい書くには時間もいっぱいいる。早く取りに行ったほうがいい。
「村崎、オレにも一枚持ってきちゃらんや」
「先輩も感想を?」
「いや、店長に伝言をしようかと」
いつ帰ってくるか知らんけど、と付け加えて、土屋先輩はお冷を一気にあおった。
「伝言ですか」
「次の看板についてな」
「『華麗なるカレー屋』ですか? 華麗とカレーをかけた」
「それはもうよか」
そんな風に予想していたはずだけど、もういいらしい。なぜだろう。
「ではなんと?」
私が尋ねると、先輩はちょっと遠い目で答えてくれた。
「『カレーを出すカレー屋』でどげんですか、って書くわ」
免許をもらう場所なのに車がないと行けない。それが茨城免許センター。どうも黄波戸井ショウリです。
落としたのを再発行してきたんですけど、私の前に再発行5回めの猛者がいました。2回なくして3回盗まれたそうです。いい教会を紹介すればよかったかもしれない。
ようやく届出とか再発行とか会社への説明(会社のカードが財布に入ってた)とか終わったので、まともな時間に執筆できるようになりそうです。ちなみに現在時刻は午前3時08分。深夜テンションなのが自分でも分かります。
第3章も残り少し。面白いと思ってもらえたなら、下のボタンから何点かを教えていただけると嬉しいです。





