村崎さんは悩みがないけど悩ましい
「あらためまして、『人生の袋小路に陥った人のカレー屋』へようこそ!」
「改めてえらい店やな……」
「語呂はいいですよね。三回言えそうです」
「人生の袋小路に陥った人のカレー屋、人生の袋小路に陥った人のカレー屋、人生の袋小路に陥った人のカレー屋。
言えたわ」
「言えましたね」
「店員も誰も噛んだことがないのが自慢ですー」
「……噛むか噛まんかよりも大事なことば、いろいろと見落としとる気がするっちゃけど」
いつも通りに私と先輩は話しているけれど。明るい口調で店員さんも言うけれど。その背後に見えている店内とのギャップがすごい。
前回と違い、今度は内装も少し変わっていた。小物も照明も暗くじめっとして、なんだろう、『アラジンと魔法のランプ』の舞台でもあるインドの古都・アーグラの裏路地を抜けた先、二千年に渡って積み上げられた建築群がひしめくその奥の、風も光も香辛料の匂いすら届かない場所にありそうな、そんな雰囲気を醸し出している。
インド、行ったことないけど。
「内装もあちこち手が入ってるんですよー」
「ああ、あちこちに梵字やらなんやらが」
「あれ? 壁のメニューは日本語のままなんですね?」
土屋先輩に倣って店内を見回して、壁に貼り出されたメニューに気づいた。『悩める人のためのカレー屋』だった頃とほとんど変わらず、日本語で料理の名前とキャッチが書き込まれている。
「あれも最初は梵字だったんですけどねー」
「元に戻したとですか」
「ええ、一日で」
「なぜですか?」
「店員にも読めませんでした」
「なるほど」
それもそうだ。丸暗記するにも限度があるだろうし。
むしろ梵字を読み書きできる店長さんって何者なんだろう。
「今回もテーブルでよかですか?」
「悩める方たちの相談事ですね?」
「いや、悩むってほど悩んどることはなかですが」
「この苦しみは悩みなんて生ぬるいものではない、と?」
「最近はわりかし楽しく生きとります。なあ?」
「ここ数日はそうですね」
乾先輩との件も丸く収まって、今週はご飯がおいしかった。ここのカレーもおいしいだろう。
「え……?」
そう正直に答えたら、店員のお姉さんが首を傾げている。何かおかしいことを言っただろうか。
「村崎」
「はい」
「これはな、『なら、なんで来たんだろう』って顔や」
「なるほど」
「い、いえいえそんなことはー。テーブルにご案内しますねー」
テーブルは前回と同じ奥まったテーブルだった。照明はアーグラにふさわしく油燈、と見せかけて裸電球になっているのがどん詰まり感を演出している。インドというよりどこかの世紀末国家にいる気分だ。
まあテーブルがどうであれ、料理の味は同じだろう。私の注文はすでに決まっているし問題ない。
「先輩、何にされますか?」
「ちょい待って」
先輩はメニューをじっと見つめている。前回とそんなに変わっていないはずなのに。
「ずいぶん熱心に読まれるんですね」
「村崎、これ読めるか?」
「……? メニューは日本語とのことでしたが」
先輩が指差した部分はやっぱり日本語、それもひらがなだった。
「これ、『じんにくカレー』か『にんにくカレー』、どっちと思う?」
「……………………『にんにくカレー』だと思います」
正直、お店の雰囲気に飲まれてちょっと悩んだ。
「その下には『ナゾじんにくカレー』もあるっちゃけど」
「『ナン・にんにくカレー』だと思います。ナンとニンニク入りカレーのセットです。きっとそうです」
「ああ、うん、やろな。さすがに人肉のカレーとかな。あるわけなかよな」
「そういえばミオさんから聞いたんですが」
「おん?」
「死霊が親友をカレーに煮込む映画を見たことがあると」
「親友カレー」
「カレーに入れると、見た目は普通のお肉と変わらないんだそうです」
「村崎」
「はい」
「それ、今言う必要あると?」
「ありません」
「なして言ったん」
「思い出したので」
「思い出したならしゃーない」
「言わない方がよかった場面でしょうか」
土屋先輩が「しゃーない」と言った時は、だいたい裏で私の代わりに頭を下げている。それはなんとなく知っているので確認しておくことにする。
「カレー食う前には言わんどこうな」
「分かりました」
以後、気をつけよう。
「あかん、なんか怖くなってきたわ……。店の地下に人間の加工場とかないやろな」
「ありませんよたぶん」
「たぶんて」
「物事に絶対はありませんので」
「せやな」
なんだろう、本当に大丈夫なんだろうか。ちょっと不安になってきたところで、スマホが震えて肩がビクッとなった。チャットの受信通知が画面に表示されている。
「……先輩」
「どげんした」
「噂をすれば影、って言いますよね」
「おう」
「ミオさんからチャットが来まして」
「お、早乙女さんからか? なんて?」
身を乗り出した先輩に、私はスマホの画面を見せた。ミオさんから送られてきた写真には、これから観るという映画のパッケージ。端には引きつった笑顔の松友先輩が見切れている。
「血塗れの地下室が見つかる映画だそうです」
「……………………おう」
「すみません」
これは分かっていて先輩を巻き込んだので謝った。ひとりで受け止めるにはちょっと怖すぎる。
「なんやろ、寒気ばしてきたっちゃけど」
「私もなんだかまた体調が」
土屋先輩が腕をさすっている。これは戦略的撤退も視野に入れるべきでは。そう思いかけたところで、通路からぬっと顔が出た。
「ご注文はお決まりでしょうかー?」
「あ、はい!」
タイミングのよすぎる店員さんの登場に、私は覚悟を決めるしかないと悟った。
「お待たせ致しましたー。ご注文の品はおそろいでしょうかー?」
「あーはい、そろっとります」
「ごゆっくりどうぞー」
店員さんが置いていった料理を、土屋先輩とおでこを突き合わせるようにじっと見つめる。金属のお皿に盛られたカレーとナンからは、いい匂いと湯気が立ち上っている。
「……これがにんにくカレーか」
店員さんの登場に驚いた勢いそのままに注文したそうだ。明日はお客さんと会う予定もないし、匂いとかは大丈夫らしい。匂いとかは。
「おいしそう、ですね……?」
「おう。……んじゃ、いただくわ」
インドカレーやタイカレーは家で作るカレーよりもいくらかサラッとしている。先輩はスプーンでスープ状のそれをすくうと、ゆっくりと持ち上げ、口に運んだ。
「…………」
「先輩?」
無言だ。
「…………」
「あの、先輩?」
「…………」
やっぱり無言だ。
「何か言ってください先輩」
「…………」
「まさか本当に海亀スープの味が……?」
「いや人の味とか知らんし」
「しゃべった」
「しゃべるわ」
「あの、それでカレーには何が?」
「ニンニク」
「ニンニク」
「ニンニクの味」
にんにくカレーからニンニクの味がする?
本当に?
「そっちのカレーメロンパンはどうやった?」
「あ、はい」
促されて、メロンパンを手に取る。表面はサクサク、中のパンはしっとりフワフワに焼き上がっているのがそれだけで分かった。
ひと口かじると、中に入った辛めのカレーがパン生地にじゅわっと染み出す。前回よりも洗練されたバランスでバターとコリアンダー、クミンの香りが鼻腔を抜けていった。
「……どげん?」
「……メロンパンです」
「メロンパンか」
「メロンパンです」
メロンパンだった。
それはまさに、メロンパンだった。
更新遅れましてすみません。
大事なお財布を落とし、各種手続き等で小説を書けずにおりました。なるべく早く立ち直りますのでまたお付き合いいただけると幸いです。
憧れの人とお揃いブランドだったんだけどな、あのお財布……。
そうなる前にお財布に紛失防止タグをつけてください。日本では落としたお財布の6割が帰ってくるそうですが、つまり4割は消えるんです。どうぞよろしくお願いします。





