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村崎さんは上を向いて歩こう

村崎きらん視点です

「今度はどうなってますかね」


「オレも最近行っとらんしなー」


 目的地に向かう道すがら、土屋先輩との話題は決まっていた。目指すは、月に数回ペースで屋号が変わる例のカレー屋さん。あのお店が、果たして今はどんな看板を掲げているか、だ。


 前回、『悩める人のためのカレー屋』の時に行ってから約二週間になる。常識で考えれば店名が変わるはずもない期間だけど、あのお店ならむしろ変わっている方が自然だろう。


「『悩める人のため』の次ですから、その関係でしょうか」


「どうやろ。グリーンカレー→普通のカレー→カップル限定カレー→悩める人のためのカレーやったし、あんま流れとかは無いような」


「カップルの次が悩める人になるのは妥当ではありませんか?」


「夢のないこと言わんどき」


「分かりました」


 今日の目的は前回の精算だ。カレーメロンパン三個ぶん、税込みで約五百円。現金で返すよりはと、乾先輩の件のお礼もあわせてごちそうすることになった。


 幸いにして懐は温かい。お金を気にする必要はないだろう。


「なあ、やっぱ女の後輩に奢られるってしっくり来んのやけど」


「時代は変わったんですよ。年齢も性別も関係ないのが現代です」


「適応できん奴は淘汰されるのみか……」


「そうです。今日は乾先輩から届いたお金もありますし、思い切って五人前でも十人前でも召し上がってください」


 売上を渡すと言った乾先輩の言葉は嘘ではなく。先日、ぬいぐるみの売上を明細つきで送ってきた。


 もとを辿ればほとんど私が払ったお金というのは置いておいて、おかげで久々にお財布が分厚い。土屋先輩が人間の限界に挑んでも問題ないはずだ。


「食えんて。特盛カレーの店とかになっとったら分からんけども」


 特盛カレー。食べきったらタダで残したら五千円とかのやつ。その額になってくると、それは少し痛いかもしれない。


 そう言われて、ふと不穏な単語が頭をよぎった。


「石油王……」


「石油王?」


「石油王のためのお店とかになっていないですよね?」


 あのお店なら絶対に無いとは言い切れない。黄金のカレーが十万円とか言われたらさすがに生活に困窮する。


「その時こそ支払いは任せるわ」


「先輩」


「おう?」


「私、女で後輩です」


「今は年齢も性別も関係なか自由(フリーダム)の時代や。オレは時代に適応できる男やけんな」


「昔ながらの考え方も大切です。ないがしろにするのはよくないと思います」


「さっきと言っとることが違うっちゃけど」


「過去は忘れましょう」


「過去を大事にするんやないんか」


「大事なのは今です」


「ならやっぱ平等……」


「なので過去を今に、あれ?」


「村崎」


「はい」


「この話、やめん?」


「やめます」


「マジに石油王カレーになっとったら、あっちのラーメン屋行こうな」


「行きます」


 自分でもだんだん何を言っているか分からなくなってきたけれど、幸いお店はもうすぐそこ。あの角を曲がったところだったはずだ。三度目の訪問は何が待っているのだろう。


「私は『心も晴れやかな人のためのカレー屋さん』だと思います」


「いーや、あの店は一筋縄じゃいかん。あえてネタに走って『華麗なるカレー屋』とかやろ」


「先輩」


「おう」


「今のは『華麗』と『カレー』をかけたということでよろしいですか?」


「解説はやめて」


「分かりました」


 そんな先輩の隣を歩きながら、ふと空を見上げる。自然と顔が上を向いた時の空は、いつもより青くて綺麗に見えるのはなぜだろう。


 どっちかといえばインドア派な私だけど。部屋の天井をぼーっと眺めているよりも、こっちの方がずっといい。こうして上を向いて歩いていられることに、青い空をくれた人に、感謝を忘れないようにしよう。きっと、私にとってかけがえのないものだから。


「ほら、ついた……ぞ……?」


「うぇぷっ」


 上を向いていたせいで先輩の背中にアゴからぶつかった。そして身長差三十二センチともなれば私が一方的に弾き返されるわけで。


 やっぱり、感謝よりも安全を大事にしよう。二歩後退しながら考えを改めた私も、そこで足が止まった。


「……これ、開いているんでしょうか?」


 それは営業中というにはあまりにも暗すぎた。


 寒々しく。


 湿っぽく。


 重く。


 そして閑古鳥だった。


「村崎、看板読めるか?」


「看板ですか?」


「ほれ、あれ。達筆すぎて読めん」


「……読めませんね」


 入口の上、いつもは普通のフォントが並んでいた看板も、黒い墨でうねうねと書かれた何かになっている。いったい何があったのだろう。いったい何のカレー屋さんなのだろう。あれが読めれば分かるのだろうか。


 外国語をカメラで翻訳できる今の時代、達筆を解読するアプリもないものか。そう思いつき、スマホを取り出したところで背後から声がした。


「あれは梵字(ぼんじ)なんですよ~」


「きゃあ!?」


「村崎がいつも聞かん声ば出しとる」


「私も十年ぶりくらいに出しました。まだ在庫があったんですね、あんな声」


「今ので完売か?」


「おそらくは」


「驚かせて申し訳ありません……」


 後ろにいたのは、前回来た時にも会った店員のお姉さんだった。パーマのかかった明るいブラウンの髪はそのままに、エプロンが赤のチェックからおとなしめな柄に変わっている。


「それで、梵字って言いました? インド語やったっけ?」


「今のインドの言葉、ヒンディー語の前に使われていたサンスクリット語の文字ですね!」


「サンスクリット語……。あの看板はサンスクリット語でなんと書かれているんですか」




「はい! 『人生の袋小路に陥った人のカレー屋』です!」




「なぜ……?」


「なぜ……?」


 接客では、爽やかな声ではきはきと言うのは大事なことだ。


 でも内容は爽やかじゃない。私の感性は変わっていると言われたことがあるけど、たぶん客観的に見ても爽やかじゃない。土屋先輩とハモったし間違いない、と思う。


「あの、前の『悩める人のためのカレー屋』はどうされたんですか?」


「この苦悩はそんな生温いものじゃない、と店長が」


「袋小路にハマっとるんは店長か……」


「袋小路……」


 私の都合でしかないのは承知の上で。


 悩んでいる時に来て、解決してまた来たのだから『晴れやかな人のためのカレー屋さん』とかになっているだろうと予想していた。


 まさか、さらに深みへ沈んでいるとは。


「……とりあえず入ろか」


「分かりました」


「二名様ですね! ご案内しまーす!」


 店員さんの明るさとのギャップを感じながら、土屋先輩と私は暗い店内へと足を踏み入れる。


 それはまさに未知への挑戦(ランチタイム)だった。

意外に思われるかもしれませんが、次回はまったくシリアスな話ではありません。


そんでもって上期の報告会が終わったぞーーーーー!! 部長からちょっと渋い顔されたけど知ったことかーーーーー!! 自由だーーーーーー!!!

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