村崎さんは前向き
「正しい程度って、そんな横暴な! それが通るなら法律はいらないわよ!」
「正しければ何しても横暴やないとか?」
「そんな、だって……」
「村崎はな、少々アホやが性根は曲がっとらん。それを泣かした奴が正しかなら、オレは悪人で大いに結構! 悪人らしいやり方ばしちゃろうか?」
「ひっ」
「ちょ、ちょっと先輩!?」
即売会の会場は屋内だ。必然、声は響くし目立つ。女性相手に男性が怒鳴りつけているとなれば尚更だ。
もともと衆目を集めていたのが、今はもう会場中の注意がこちらに向いているのを感じる。スタッフが駆けつけるのも時間の問題だろう。
「帰るぞ」
それを察して、いや、元からそのつもりだったのか。土屋先輩は踵を返して出口へ歩きだした。
「え、え?」
「これ以上は他のお客さんに迷惑になる」
「……分かりました」
土屋先輩の言いたいことは分かる。これ以上は無駄、だ。
乾先輩と話してみてはっきり分かった。
彼女に反省する気は少しもない。絶対に自分の非を認めない。仮に言い負かして謝らせたとしても、きっと口先だけの薄っぺらいものだろう。
そんなものなら、いらない。
目を白黒させている乾先輩を一瞥して、私もスペースを離れて出口へと向かった。
会場外まで出て、スタッフが追ってきていないことを確かめる。どうやら警察を呼ばれることもなかったようで、そこでようやく息をつけた。
それにしてもいきなり怒鳴るなんて。せめて予告しておいてほしかったと、そう言おうとしたところで思いがけない声がした。
「きらんちゃん!」
「……ミオさん?」
ミオさんが、息を切らして駆けてきていた。その後ろから松友先輩もこちらに向かっているのが見える。
「大丈夫? 泣いてない? ケガしてない?」
「ミオさん、今日からご実家では」
「いいのよ、実家なんて。どうせ子供の頃のものしか残ってないもの。それよりきらんちゃんがショックを受けるかもって聞いて心配で……」
なぜか私の頭をなで続けるミオさんの横では、松友先輩が土屋先輩にいろいろと尋ねている。
「で、ことは済んだのか?」
「まあな。楽な仕事やし」
そんな松友先輩に、土屋先輩は何のこともないといった様子で頷いた。
「村崎を引き取りに来いって言うから何かと思ったら、中から怒鳴り声が聞こえて驚いたぞ。大丈夫なのか?」
「とりあえず通報はされんやったらしい。やー助かった助かった」
「通報ってお前な……」
「それより村崎のことば見ちゃり。身近な人間の怒鳴り声ってのはショックなもんやから」
帰りはオレ以外と一緒がいいやろ。
それだけ言って、土屋先輩はさっさとひとりで帰ってしまった。残されたのはやれやれといった様子の松友先輩と、私の頭をなで続けるミオさんだけ。
「村崎、昔の知り合いと会ってきたんだろ?」
「はい、会えました」
「どうだったの?」
「もめ事の解決に来たとは聞いてる。うまくいったのか?」
ミオさんと松友先輩の質問に、一連の流れを思い返す。
「……完璧でスマートな対応だったとは、とても言えないと思います」
中身のない言い争いをして、怒鳴りつけてきただけだから。
でも。それでも。
「なんだか、すっとしました」
「そっか」
「まあ、詳しい話はお茶でもしながら聞かせてくれよ」
松友先輩に言われて、急にお腹が空いてきた。そういえば昨日は緊張と金欠でほとんど食べていない。財布は今も薄いけど給料日はすぐそこだし、もうお金の心配はしなくていいだろう。
「あの高いビルのそば、徒歩四分の場所にザラメ糖を使ったメロンパンのお店があります。あ、安くておいしい路線なら少し歩きますが駅の反対側に創業四十年のパン屋さんが……」
「……村崎って、この近くに住んでたこととかあるのか?」
「いえ、初めて来ましたが」
「そうか、うん。さすがだな」
よく分からないけれど、褒められたならいいことなのだろう。
帰ってしまった土屋先輩には、また改めてお礼を言っておこう。
さっそく週明けに土屋先輩を捕まえて、ありがとうございましたと言ったところ。少し疲れた顔で「まだいい」と言われてしまった。
その意味は分からないものの、とにかく半年以上悩まされた乾先輩との因縁にも決着がついた。せっかくだしどうにか時間を作って、ミオさんのためのぬいぐるみを作ろうか。そう思っていた。
乾先輩からの電話を受けるまでは。
『ぱあぷ……村崎さん。あの、私が悪かったわ。ごめんなさい。謝るから。ごめんなさい』
「……はい?」
いきなりの電話で、いきなりの謝罪。あれだけ非を認めようとしなかったというのに。
意味が分からず反応できない私に、乾先輩はただただ「ごめんなさい」と繰り返している。声からも憔悴しきっているのが分かる。
『お願い、助けて。もう無理。特定される。怖い』
特定。
出てきたワードにピンときて、私は放置していたSNSアカウントにログインした。同人活動時代、ぬいぐるみ作者として作品の写真をアップしていたものだ。たまーにだけど。
検索窓に乾先輩のハンドルネーム『ぬっころ』を打ち込んでみる。AIが表示してくれる検索候補で、私は状況を察した。
「……これは」
燃えていた。
すべては追いきれないけど、タイムラインをひと目見れば分かる。乾先輩のアカウントが炎上している。
むしろリアルタイムで燃え広がり続けている。
『村崎さんが払ったお金も返すから。他の売上も渡すから。ひとことでいいの、「解決しました」って投稿して。そうじゃないと私もう眠れない』
こうなった理由は、少し調べたらすぐに出てきた。ことの概要をまとめた投稿や記事がいくつもあり、内容はどれもおおよそ一致している。
『即売会で怒鳴りあいの喧嘩が発生』
『人気サークル「紫工房」解散の理由。メンバーのひとりが転売屋と結託し、サークルの頒布物を持ち逃げしたためだった。代表のぱあぷるはストレスで倒れて通院中』
『ことの経緯を聞いたぱあぷるの彼氏が激怒。犯人のいる即売会に乗り込んで全てが明るみに』
同人の世界は、ジャンルを移れば過去の悪事がバレにくい。それは事実だ。
だがやったことがなくなるわけじゃない。ひと度炎上でもすれば、元のジャンルから情報という名の燃料がいくらでも流れ込んでくる。燃えている本人に止めることは決してできない。
火は、消せない。
『インターホンが鳴ってるの。宅配便って言ってるけどきっと嘘。誰か来てるの。そこまで来てるの。お願い、許して、お願い』
「なるほど」
たぶん本当に宅配便だろうけど、彼女にはそうは思えないらしい。
『「解決しました」とか「許します」とか、「元気です」だけでもいいの。助けて。助けて!』
ここまで追い詰めるつもりはさすがになかった。とはいえ、燃えてしまったものは仕方があるまい。
とにかく、今は言うべきことを言うことにする。私はすぐに投稿フォームを開き、約半年ぶりの発言を投稿した。
たちまちに『いいね』が集まり、発言が拡散されてゆく。これでいい。きっと明日には必要な範囲まで広がってくれるにちがいない。
ぱあぷる@Duck_Purple_Duck:
あの人は彼氏ではありません
「これでよし、と」
電話の向こうから乾先輩の悲鳴が聞こえたので、あとで彼女の欲しがっていたことも投稿しておいた。
「そもそも、論破とか都市伝説なんよ」
次の週末は都合が合わず、次の次の週末。詳しい話を聞きたいという松友先輩たちの希望もあって、私と土屋先輩はミオさんのお宅にお邪魔していた。
松友先輩の淹れてくれたミルクティーが甘い香りを漂わせ、リビングの端にはぬいぐるみたちがお行儀よく座っている。やっぱり素敵な部屋だ。
「屁理屈ってのはこねようと思えばいくらでもこねられるけんな。自分の間違いを認めん奴を言い負かすのは、まあまず無理やね」
「それは俺にも分かるが」
「やったら法律に頼ろうか、ってのも難しか。民事やと少額訴訟ってのでちょこっと金もらって終わりやから、勝ててもつまらん。刑事やと何年もかかったりするしな」
「言い負かせることはできず、裁判も旨味がない、か」
「じゃあ、どうしたの?」
「そこで逆転の発想ですよ早乙女さん!」
ろくろを回すような手付きで、土屋先輩は自分の作戦を得意げに語りだした。
「あの手の輩は、『自分は正しいから何してもいい』とか思っとるんです」
「そうなの」
「やけん、まずは『そうだそうだ、お前の言う通り! お前がすべて正しい!』っておだてて相手が調子に乗ったとこで」
「ふむ」
「『で、正しいからなに?』って切り返す。正しい、までで思考が止まっとるからその先を聞けばイチコロ!」
「うっわ」
「さらに大声でビビらせれば、もう相手の脳みそなんぞトコロテンも同然!」
「えげつねえ」
えげつない。私でも分かる。小説で読んだ極道の手口に近いものを感じる。
「先輩、質問よろしいでしょうか」
「なんや村崎」
「即売会での行動の理由は分かりましたが、乾先輩のアカウントが炎上したのは?」
「……あー、あれな。いや、うん、狙ったは狙ったっちゃけどな?」
先輩によると。
ああして公の場で騒ぎを起こせば、興味を持った野次馬が事実を発掘して炎上させてくれるだろう。そう思い、こそっとSNSや掲示板にことの次第を書いておいたらしい。
「狙ったんだけど、なんだ?」
「あそこまで燃えるとは思わんやった。同人の世界こわいなー」
結局、私が何を書いても火は一週間近く燃え続けた。乾先輩からの電話は途中で来なくなったから、最後のほうのことはよく知らない。
「乾さんも、これで反省してくれたらいいんだけど……」
「そのことですが」
失ったものは多いけれど、得たものもあった。
例のサークルにいたドール職人の女の子が連絡をくれたのだ。誤解してごめんなさい、と真摯に謝ってくれた。いい子だ。
ジャンルは違えどお互いに人形作りの同志。裁縫を教える約束をしたりしているうち、乾先輩のその後について少しだけ知ることができた。
「乾先輩はあのサークルを辞められたそうです」
「そりゃ、そうだろうな」
「はい。あの炎上で、転売屋がいかに敵視されているか、それと手を組むのがいかに危険か、身を持って学ばれたようで」
「おお、そうなんか」
「転売屋と手を組むふりをして近づき、悪事の証拠や弱みを握ってゆする商売に鞍替えしたそうです」
「…………うん?」
「世のため人のためになる方へ進んでくださってよかったです」
それだけで転売が根絶されることは無いだろう。けど、きっと少しだけ減ってくれるに違いない。
紫工房と同じ末路をたどるサークルがひとつでも減るのなら、それはいいことだ。
「えっと、きらんちゃんが納得してるならそれでいい、のかな?」
「心臓に雑草でも生えとるんか、あの女!!」
穏やかな午後、立派なマンションの六階に、頭を抱えた土屋先輩の叫びがこだました。
ミオさんが『あーちゃん編』なら今回は『カモタウロス編』かな?
そんな事件もこれにてひと段落です。正しさで歩んでいる松友さんとミオさんとは、ちょっと違った進み方をしている土屋さんと村崎さん、みたいなお話でした。





