早乙女さんは遊びにいきたい
前回の反省:あんまり幼児化させすぎると「あばばば」って言ってくれなくて寂しい
今日は土曜日。休日だ。
なんとなく仕事とプライベートの境目があいまいな職だが、『ミオさんに「おかえりなさい」を言う仕事』も雇用契約のあるれっきとした仕事である。
よって法律に従って休日が設けられている。しかも完全週休二日制。
前の職場に就職した時に『週休二日』のマジックに引っかかる憂き目にあったことを思い出して身構えていたのも、今となってはすっかり笑い話だ。
完全とそうでない方の違いについては、法律まで関わってくるのであまり詳しくは述べないし述べられない。具体的な数字で言うなら、二〇一九年六月の休日数は完全が「一〇日」でそうでない方は「六日(以上)」になる。その差の大きさが分かるだろう。
一ヶ月に二日休みの日が一週だけでもあればいい。それが完全でない方の週休二日なのだ。
「さて、そろそろ『祭り』の時間だな」
そうやって、休日は想定の半分ちょっとしかなかったことにドン引きしたのも今は昔。
完全週休二日制となった俺には、いつも以上に時間が有り余っている。ミオさんの会社に合わせて土日を休日にしてもらったおかげで、こうして土曜朝から五歳児に叱られる人たちの実況を見て内容を推測する遊びができるわけだ。
どうやら今週は、なぜ音ゲーでミスった大人は首をかしげてしまうのかを問い詰めているようだ。
すごいな、実況が音ゲーマニアの弁解で埋め尽くされて番組の中身がさっぱり分からん。これだから内容予想はやめられない。
「ふう、充実した土曜の幕開けを味わってしまった」
平日も家で過ごす時間が長いといっても、やっぱり休日というのは特別感があるものだ。
それにいくら寂しがりのミオさんでも、出会って一週間やそこらの男が毎日家にいるっていうのはストレスだろう。
たまには静かに、一人の時間を過ごしたい日もある。
“ピンポーン”
「松友さん、いるかしら?」
そうでない日もある。
「ミオさん? どうしましたこんな朝から」
「お休みのところごめんなさい。ちょっと言いたいことがあって」
玄関前にいたのは、スウェットではなくTシャツにショートパンツの部屋着に身を包んだミオさんだった。太ももが朝日に眩しい。
「何でしょう? 気になることでもありましたか」
「えぇ、ちょっとね。……つい昨日の夜にね」
「……昨夜はちょっとゴタつきましたからね」
いや、ミオさん。
頷いてますけどミオさん。
そこ、触れてしまうんですかミオさん。
俺とミオさんの間には、ある暗黙の了解がある。
たいていの大人なら、自分が幼児退行しているところなど人に見られたくはないだろう。けどこの仕事はそれが前提みたいなところがある。
そこは俺もミオさんも一応は大人で社会人だ。
夜にあったことは朝には口に出さない。そんな不文律が、いつのまにか俺とミオさんの間にできていた。
なのにミオさんはそれを破りに来た。この仕事始まって以来の一大事にちがいない。
さすがに下着姿で抱きかかえたのは無視できなかったか。
「それで、昨日の話の続きになるんだけど」
「は、はい」
ミオさんはショートパンツのポケットから何か取り出した。
赤地に黄色いロゴの箱に収まったそれは。
「ウノやらない?」
ウノだった。
「そっちですか。昨日の話ってそっちですか。そんなにドロツー重ね禁止ルールやりたかったんですか」
「……冗談よ」
絶対本気だったやつでしょ。眉毛がハの字じゃないですか。
朝モードでもなんだかんだミオさんはミオさんだ。
「まあ、ウノは一度始めたら三時間は止まりませんからね。後でゆっくりやるとして」
「あらそう、付き合いがいいのね」
朝モードの口調だけどしゅげぇ嬉しそうな顔してる。
「冗談じゃないほうのご用件は?」
「ええ、それなんだけど」
ウノとは逆のポケットから、何か取り出した。
あ、すごい。紙幣とカードしか入らない財布だ。使ってる人を初めて見た。
そんなエリートにしか許されなさそうな財布から諭吉さんを一枚取り出したミオさんは、美しい立ち姿でそれを俺に差し出した。
「一万円払うから、私とぬいぐるみを買いに行ってくれないかしら」
「言っていることは分かるけど何を言っているのか分かりません」
「?」
あ、これ俺が想像力を働かせないといけないやつだ。
後半はまあ分かる。大人でもぬいぐるみが好きな女性はいるだろう。ミオさんも部屋に白いキツネの『ふーちゃん』を置いているし、増やしたくなったとしても不思議はない。
それを買いに行くのに、隣人で面識のある俺を誘うのも、まあ分からなくはない。
問題は前半だ。
なんだ一万円って。
いや待て、今日は何の日だ。休日の土曜日だ。
「もしかして、一万円って休日出勤手当てですか?」
「え? それ以外にあるかしら?」
当たってた。土曜に遊びに行くのに労使契約を適用しようとしてるこの人。
「なんでですか。買い物くらい普通に付き合いますよ俺だって」
「無理」
即答された。
「無理とは」
「とは?」
「知らない仲じゃないんですし、買い物くらい普通に誘ってくれればいいじゃないですか」
「私と松友さんは観点が違うみたいね。想像してみて。私と一時間いっしょに買い物をしている様子を」
黒髪セミロングEカップな年上の女性とぬいぐるみショッピング。
うん。
「まあまあ楽しそうですけど」
「きっと嫌気がさすわ」
全否定してきた。
「少なくとも私は『あ、この人退屈してるな』って思うわ」
「はあ」
「松友さんなら、きっと最後まで一緒に買い物を続けてくれるでしょう?」
「そりゃ、まあ」
「気を遣ってもらう申し訳なさに私が耐えられなくなるわ」
忘れてた。
この人、仕事でないと俺が家で待ってることすら信じられないタイプだった。
「休日出勤は労使間の合意が必要だけど、労も使もひとりだからこの場で可能。便利よね」
「ソウデスネ」
「さて、返事を聞こうかしら」
デートが決まりました。
あまりにあまりなので、そう表現することにします。
ジャンル1位、総合5位でした。表紙入りですありがとうございます。
読者として追っていた先生に囲まれて胃がやばい。
ランキングも上位に入り、戦略的な更新が求められる段階になってきました。
なろうの古参で書籍化もしている友人に助言を求めたところ、
「仙狐さんがあと二話で終わるなんて信じない」
という返事をもらえました。
今後も頑張っていこうと思います。