早乙女さんは引けない
「村崎が?」
耳にまだシャッター音が残る月曜日の夜、俺は土屋から電話を受けた。
どうやら、村崎に何かあったらしい。
『ああ、なんか様子がおかしいっちゃん』
それは……。
「いつもじゃないか?」
『いやまあ、そうなんやけども。また別路線というか』
「具体的には?」
『昼休み中、じーっと虚空ば見つめて溜息ついとったり』
「ふむ」
『スマホを出したと思ったら、なんか迷ってからしまったり』
「うーん」
『メロンパンに塩昆布ば挟んで食ったり』
「それは俺のせいだわ。すまん」
どうやら本当に試したらしい。その心意気は買う。
今度会ったら感想を聞いておこう。
「最後のはともかく、たしかにちょっと普段とは違うな」
『そうなんよ。日曜にマッツーと早乙女さんに会ったっちゃろ? なんか知らんかなって』
「特におかしなところはなかったが……。夜までぬいぐるみの写真撮って、飯食って、また写真撮って終わったし」
『何時間撮っとん』
「それな」
たぶん八時間くらい。
『うーん、まあ気にしすぎっちゃろか』
「あ、そういえばぬいぐるみ買ったな。通販で」
『ぬいぐるみかー、関係なさそうやなー。ちなみにどんなん?』
「カモタウロスとコマルドダックとアヒルドダック」
『……なんて?』
「カモとカモとカモだ」
『カモとアヒルとアヒルやなくて?』
「あ、カモとカモとアヒルかも」
『待て、カモが増えとる』
「え? ああいや、カモとカモとアヒル『かも』のかもは『かもしれない』のかもだ」
『なんて!?』
カモがゲシュタルト崩壊してきた。やめよう。
「まあ詳しくはググってくれ。カモタウロスだ」
『カモタウロスなー……。うわ、たっか! ぬいぐるみってこげん高いとか!』
「高いよなー。俺もビビった」
『村崎、クーラーが壊れたりで金欠って言っとったんに』
「そうなのか? あいつ五個も六個も買い占めてたぞ」
『原因はそれか! 下手すると飯もろくに食っとらんぞあいつ!』
「そういうことか」
『ちょっと明日にでもつついてみるわ』
「そうしてやれ」
金の心配があったにしても、真面目な村崎がそんなにボーッとするのも珍しい。俺が面倒をみていた頃は、休憩しろって言っても「大丈夫です」とか言ってたくらい仕事一辺倒だったのに。
休憩は労基法で決まってるから、休まなければ犯罪だ。そう言ったら真顔でメロンパンを買いに行ったのはよく覚えている。あの頃に比べたらだいぶ丸くなったんじゃないだろうか。
『そういや、今日は早乙女さんおらんの?』
「ああ、ひとりにしてほしいって言われてな。早めに引き上げた」
『なんか、オレがかけた時いつもおらんな……。ひとりで何ばしよん?』
「実家シミュレーション」
『実家シミュレーション』
「なんかの用事でどうしても実家に帰らないといけないらしい。いろいろ聞かれることに備えて回答を用意してるんだと」
『おおう』
ミオさんはここ五年近く実家に帰っていないと言っていた。
前回帰省した時は「いい人いないのか」の大攻勢に遭ったというし、今度もいろいろと面倒が待っていることは想像に難くない。
それでも、俺の実家を見て、ちょっとがんばってみようと思ったのだという。
「ミオさんにとっては退けない戦いなんだろうさ」
『なるほどなー。てか、会話の練習なら付き合っちゃればええやん』
「松友さんがこれ以上厳しいことを言うのを見たくない、って言われた」
『これ以上?』
「言葉のアヤだ。気にするな」
ミオさんがダイエット中なのは、乙女の秘密にしておいてあげよう。
『まあええわ。じゃ、そろそろ寝るわ』
「おう、おやすみ」
翌朝、ミオさんに村崎のことを話したところ、
「恋じゃない?」
と食い気味で言われた。
言われてみれば村崎も二十二歳の健康な女、絶対に無いとは言い切れない。
慌てて土屋に連絡してみたら、向こうも同じだったらしく絶句していた。
『……あの後、大山さんにも相談したら同じこと言われたと。やけん、村崎に聞いてみたっちゃん』
「え、直で? 恋してるかって?」
『村崎なら直でええかなって』
「なるほど。それで?」
土屋の仕事は早く、その日のうちに結果報告が返ってきた。
『「正気で言ってるんですか?」って顔で「正気で言ってるんですか?」って言われた』
「違ったか」
『違ったらしい』
「じゃあ原因は?」
『分からんが、メロンパン買ってやったらちょっと元に戻ったけん大丈夫と思う』
「そうか」
気にはなるが、ここは近くにいる土屋に任せたほうがいいだろう。
俺の方はアカイさんを直してくれた礼も兼ねて、弁当でも差し入れてやるのがいいかもしれない。
冷蔵庫の厚揚げの数を思い出しながら、俺は土屋との通話を切った。
沖田さんも引けない
「続きが楽しみ」「村崎、元気になるといいな」「沖田さん引けるといいね」「土屋がんばれ」「沖田さん来い」「沖田さん」「沖田さん」「沖田さん」「確率など覆せ」「沖田さん」「沖田さん」という方は沖田さささささ





