閑話:カレー屋さんは続けたい
「村崎、その服かわええな」
「ありがとうございます」
「かわいすぎるな」
「ありがとうございます」
「かわいらしすぎて中学生と間違われたん、面白すぎるっちゃけど」
今日は会社で約束した通り、村崎とカレー屋に来ている、のだが。
村崎が子供だと思われたおかげで、カップル限定の看板に阻まれるところだった。年齢の分かる身分証を持ち歩いている辺り、村崎にとっては日常茶飯事らしいのがまた哀愁を誘う。
「それについて土屋先輩、ひとつお尋ねしたいんですが」
「なんよ」
「名誉毀損の裁判って民事でしたっけ、刑事でしたっけ」
「やめて」
そんな村崎は不機嫌そうにお冷を飲みながら、壁に貼られたメニュー表をじっと見ている。やはり一番下の『カレーメロンパン』が、もっと言えばそこに書き添えられたコピーが気になっているのだろう。
「ほー、『お子様にも大人気』か」
「先輩、この流れでわざわざ読み上げた理由をお聞かせ願えますか」
「村崎には似合うやろなって」
「先輩、オブラートって知ってます?」
「アルファ化したデンプンを乾燥させた薄い紙やな。ヨーロッパで発明され、明治三十五年に日本人が寒天を使って今に近い形に……」
「先輩」
「ごめんて」
すごい目で睨まれた。マッツーが早乙女さんに同じこと聞かれたときは、これで切り抜けたって聞いたのに。
「まあ、村崎が苦労しとるんは分かったわ」
「それはどうも」
村崎の身長は百四十五センチ。以前にググったところ、たしか十一歳の平均身長と同じくらいだったと記憶している。
顔つきは大人びているから、小学生と間違われることはさすがにない。が、それ故に小ささがいっそう際立ち、高校生以上には見てもらえないというジレンマに陥っている。
「この社会は理不尽です。理不尽なんですよ」
「なんがよ」
「好きで小さいわけじゃないのに。ちゃんと教育だって受けたし仕事もしてるのに。社会は私たちに子供服を着せようと不当な圧力をかけてくるんです」
私たち。
おそらく、全国数千人か数万人かの童顔系百四十センチ台たちの代弁をしているのだろう。つぶやき系SNSでバズりそうだ。
「んー、でも大人な服もまったく無いわけではないっちゃろ?」
「ええ、やや少ないですがちゃんとありますよ」
「やったら……」
それを着ればいいじゃないか。
そう言う前に、諦めたような目の村崎が食い気味で返してきた。
「着ると、周りから『大人っぽくていいね』って言われます」
「大人なのに」
「大人なのにです」
「そら……うん。大変やな」
「先輩」
「おう」
「笑いたいなら堂々と笑ってくださった方が、気分的に楽です」
「あっはっはっは! なんそれ、くっそウケる。完全に子供に対する反応やんけ!」
「先輩」
「おう」
「今この胸にわいた怒りと憎しみ、絶対に忘れません」
「理不尽すぎる」
こうして理不尽が理不尽を、憎しみが憎しみを生むのか。世界から戦争がなくならないわけだ。
「いらっしゃいませお客様、ご注文はお決まりでしょうかー?」
タイミングを見計らったのか店員さんがきてくれて一命をとりとめた。赤いチェックのエプロンが似合う、茶髪パーマのお姉さんだ。
「先輩、お先にどうぞ」
「おう、じゃあチキンカレー中辛の大盛りと、ラッシーと……」
ちらっとテーブルの向かいを見ると、村崎がまたじっとメニューの下の方を見つめている。
そんなにか。お子様に大人気のメニューを頼むだけのことがそんなに辛いか。さすがに気にしすぎな気もする。
……いや、その辛さを決めるのはオレじゃない、か。
きっとこれまでに何度も何度も、村崎はそうやって辛い思いをしてきたんだろう。他人には分からない痛みというのは誰にでもある。村崎にとって「子供っぽい」を受け入れるのは、オレには想像できない痛みを伴うのかもしれない。
だったら、少しくらい気を利かせてやるのも先輩の務めだ。
「……カレーメロンパンってのも面白そうやな。それ、ふたつください」
「先輩……?」
「気にすんな」
本気で驚いた顔で見ないで欲しい。あんな顔されたら、誰だって無視できないだろうに。
「はい、かしこまりました。ではそちらのお客様のご注文は?」
「あ、カレーメロンパンみっつで」
おいィ?
「えっ? お連れ様と合わせて五個ということですか?」
「はい、それでお願いします」
「わ、分かりました。出来上がるまで少々お待ちくださいませ」
「村崎ィー?」
堂々と言いよった。微塵も伝わってなかったオレの思いやり。
さっきまでの思いつめた顔はなんだったのか。
「なんでしょう」
「お前、子供に人気ってメニューを頼むのに抵抗とかそういうんは」
「……慣れましたよ、もう」
「そ、そうか。悪かこと聞いたな」
遠い目だ。遠い目をしている。超えてきた修羅場を振り返る、歴戦の漫画家みたいな目をしている。
二十二年の人生で、同じ辛さを乗り越えすぎたのだろう。すでに痛みを感じていないのか、感じていないと思いこんでいるのか。
どっちにしろ、やっぱり他人の痛みは理解できないものらしい。
「でも、先輩も気になってたんですね。ふたつも頼むなんて」
「お、おう。まあな」
言えない。普通にお前と一個ずつのつもりだったとは言えない。
「おかげで少しだけ頼みやすくなりました。助かりました」
「……そうか」
まあ、まったくの無駄ではなかったようだからよしとしよう。村崎も、なんだかんだ溜め込むタイプだし発散するのは大事だ。
でもカレーに追加でメロンパン二個かー。
大盛りカレーに追加でチャレンジングなメロンパン二個かー。
どうしよ。
「お会計、二千百三十円になりまーす」
乱暴な言い方をすれば、人間の舌は『油』を美味いと感じるようにできている。
カレーもその一例で、カレールーはカレー粉と小麦粉を油で練ったものだ。カレーパンに至ってはそれをさらに油で揚げるのだから美味くて当然である。その辺はマッツーが詳しそうだから、機会があれば聞いてみようと思う。
とにかく何が言いたいかと言うと。
「予想以上のおいしさでしたね、先輩」
「おう」
カレーメロンパン、美味かった。
パン生地にカレーを詰め、クッキー生地を被せて焼いたという悪魔合体じみたパン。どんなものかと思っていたが、これが意外に理にかなっていた。
クッキーという菓子は、小麦粉と砂糖をバターで練って焼いて作る。それくらいはオレも知っている。
そしてカレーは前述の通り、小麦粉とカレー粉を油で練って作る。
そう、カレールーとクッキーはまったく別の食べ物なようで、実は近しい存在なのだ。奇跡の出会いを果たした両者は、カレーメロンパンという新たな女神へと転生を遂げたのである。
「揚げないかわりにバターを多めにして、カレーと喧嘩しないように甘さを調整したメロンパン。実に見事でした」
「ありがとうございます!」
「このお店の方がご考案を?」
「はい、『未来・オブ・カレーはフロンティア』が店長の口癖でして。いろんな料理や食材との組み合わせを模索してるんです」
「なるほど?」
「実験厨房にはガネーシャ神の絵が飾られています」
「なるほど!」
どんな口癖だ。どんな厨房だ。
というかガネーシャってどんな神だっけか。確かゾウの頭が人間に乗っかったような……。
「そうか……カレーメロンパンはガネーシャか……」
「先輩、どうかしましたか?」
「いや、なんでんなか……ちょっと話すのはあとでな……」
まあ、いくら美味いと言ったところで油オン油なわけで。何事も適量というものがあるわけで。
さすがに大盛りカレーに追加で二個はしんどかった。食ったけど。
「無理してぜんぶ食べるからですよ。どんなメロンパンも人を苦しめるためには存在していないんですよ?」
何か壮大なことを言っている村崎の手には、カレーメロンパンが入ったビニール袋がぷらぷらと揺れている。
いくら村崎がメロンパン好きといっても、その小さな身体に三個も入るのだろうか。
ギリギリの戦いをしながら不安を抱いたオレをよそに、村崎は二個食べたところで店員に持ち帰り袋をもらうという行動に出た。イートインのあるパン屋では割と普通のことらしい。
カレー屋ではあまり見ないが、難しいことを要求したわけでもなし。店員も快諾し、村崎はご満悦の表情で自分のぶんの会計を済ませている。
「ところで、ここってカップル限定のカレー屋なんですよね?」
「はい、そのようにさせていただいております」
「その前は普通のカレー屋で、そのさらに前はグリーンカレー屋だったと聞きましたけど。なんでそんなに変えてるんですか?」
「あー、そこですか」
それはオレも気になっていた。前回来た時は聞き逃したが、ここまで頻繁に専門を変える理由は聞いておきたい。
「それがですね、店長がガネーシャ神に敬意を表するあまりにですね」
「あまりに?」
「店の顔、つまり看板をすげ替えることにハマったんだそうです」
「なるほど!」
「いや、それむしろ不敬やろ! ……あかん、大きい声出すと気分が」
だいぶ予想外の理由だったが、そういうことならこれからもどんどんジャンルが変わっていくのだろう。それもカレー縛りで。
「事情は分かりました。でもカレーメロンパンはインダス文明に誇っていい出来だと思います。また食べに来ますから続けてください」
「そうしたいところですが……。どうも、カップル限定にしてから売れ行きがガクッと落ちちゃって。なんでですかね……」
「それは不思議ですね……?」
考え込む女二人。打開策を見つけようというのか小さく唸っている。
いや、少なくとも理由のひとつは明らかだと思うが……。オレはもう声を出したくないので黙っておく。出さない。出さんぞ。
「お客様のおっしゃるとおり、味は悪くないと思うんです」
「そうですね」
「名前のゲテモノ感は否定しきれませんが、カップル限定にしてから下がる理由はないし」
「ええ、なんといってもメロンパンですし。メロンパンなら売れて然るべきです」
突っ込まんぞ。
「売り文句もしっかりメニューに書いてアピールしましたし……」
「個人的にはいただけませんが、子供を取り込むのは大事ですよね」
「タピオカでも詰めてみるべきでしょうか……」
「お盆ですしもち米を詰めておはぎ風に…… 」
「うーん」
「うーーーん」
「……いや、カップル限定の店になして子供に大人気のメニューがあるん。胡散臭すぎるやろそげんなん」
「はっ!」
「言われてみれば……!!」
いかん、声を出してしまった。気持ち悪い。
「い、いや、ははは。さすがに私どももそこまで間抜けなミスはしませんってー。わざとですよ、わざと!」
「だそうですよ先輩」
「……そか」
これ以上ここにいたら決壊して社会的に死ぬ。『死因:ボケの過剰摂取』で社会的に死ぬ。早いとこ退散したほうがいい。
「じゃ、行こうや村崎……」
「はい先輩。店員さんも、売上アップするといいですね」
「あ、ありがとうございます。またのお越しを~。……店長、大変です! 私たちは大きな誤算を……」
ガラス戸を出ると同時、背後からうっすら声が聞こえた。まあ、美味いカレー屋なのは確かだしこれで売上が改善してくれるならよしとしよう。
「また来ましょうね、先輩」
「おう」
照りつける太陽に、アスファルトからの熱気。シャツに一瞬で汗が滲むほどの暑さでセミすら死んでいる中、オレたちは駅へと歩き出した。
前を歩く村崎は、時々袋の中のメロンパンを確かめては幸せそうにしている。表情が薄くて分かりにくいが、たぶん幸せそうにしている。楽しめたようで何よりだ。
……今夜は、そうめんとかにしよう。そうしよう。
ミオさんと村崎、内面にはそれぞれ良いところがあるので甲乙つけがたいのですが。
外見だけで言えば、私の好みは村崎きらんの方だったり。
子供がいいんじゃありません。大人が子供っぽいかわいい服着てるのがいいんです。いいよね? 分かる。 ありがとう。
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