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早乙女さんと、ただいま

「……って感じで、相変わらず落ち着きのない家だよ。元気が一番ってんならそうなのかもな」


「松友さん、お水くんできたよー」


「ありがとうございます。父さん、母さん、この人が俺がお世話になってる人。お隣さんで雇い主の、早乙女ミオさんだよ」


 糸島市の一角にひっそりと造られた霊園の、その一角。


 俺の両親はそこに眠っている。


「始めまして、松友さんのお父様、お母様。早乙女と申します。いつも息子さんにお世話になっています」


 クマゼミが鳴く中、松友家と刻まれた墓にミオさんが手を合わせた。グレーのワンピースと下ろした黒髪が、そよ風に吹かれてひらりと揺れた。


「父さんたちがいなくなってから苦労しっぱなしで、就職してもブラック企業でな。じいちゃんやばあちゃんも歳だし、仕事も将来のことも考えないといけないのに余裕なんてなくて……。行き詰まってたところを、このミオさんに助けられたんだ。おかげで今は毎日が充実してる」


「息子さんを……裕二さんと会っていなければ。私はずっとひとりのまま、何も行動できずに過ごしていたと思います。新しい友だちも、にぎやかな実家も、みんな裕二さんが教えてくれました。とても感謝しています」


「……ミオさん」


「……うん」


「これ、お互いの聞いてるとこで言ったらダメなやつですね」


「どうしよう、すごい顔があつい」


 家族には、ミオさんを両親に紹介したいからと言って墓参りの時間をずらしてもらった。ここに裕夏がいたら何を言われることやら、だ。





 唐津三百人衆を巻き込んでの大騒動から二日。台風は完全に過ぎ去り、福岡の空を見上げれば台風一過の盛夏が青々と広がっている。


 福岡を去るこの日、俺たちは最後のやり残しとして両親の墓参りに来ていた。時期としてはやや出遅れたこともあり、霊園に人影は少ない。


「今年はちゃんと来られてよかったですよ。去年は夏休みが一日しかなかったので」


「……ああ、つちやさんたちも言ってたね。大変だよね」


 台風で貼りついた木の葉や草を掃除して、手を合わせる。


 心の中で、短く祈る。


 行為として見れば、それだけのこと。ただそれだけのために、人は何万円も何時間もかけて故郷へ帰る。コスパや効率で語るなら、無駄の多いことだろう。


 でもそれが地元と自分、そして家族と自分のつながりを保っていると考えると、なんだか不思議な気分だ。


「なんだか、あっという間だったね」


「かなり濃い一週間だったのに、終わってみれば一瞬でしたね。濃いからこそ、なのかな?」


「かなー?」


 新幹線の時間まで、あと三時間足らず。それで、この福岡の地ともお別れだ。


 名残は惜しくとも、父さんと母さんはいつでもここにいる。来年また来ようと思いながら、俺は立ち上がった。


「さて、そろそろ行きましょう」


「うん!」


 借りた桶とひしゃくを返却し、霊園を後にする。


 照りつける日差しを浴びながら、隣を歩くミオさんの足取りはどこか軽い。たぶん、俺も同じだろう。


「ミオさん、何かやり残したこと、ありますか?」


 まだ少しだが時間はある。大したことはできないまでも、俺はミオさんにこの町を楽しんでもらいたかった。


「どうだろー。いろいろやったような、何にもできなかったような……」


「まあ、たしかに激流に押し流されるような毎日でしたからね……。何か他に食べたいものとか」


「あと気になるのはモツ鍋だけど、ちょっと暑いし時間もないし、うーん」


「それなりに時間はありますから、ゆっくり考えてもらっていいですよ」


「実は、なんだけど」


「はい」


「イカのお刺身がおいしすぎて、あれを食べたのでだいぶ満足した感じがあってね?」


「なるほど。まあ俺は食べてないんですけどね。その時は焼酎の海に沈んでいたので」


「ち、地上でまた会えてうれしいな!」


「沈みながらアイル・ビー・バックと言った甲斐がありました」


「飲ーみ寝ーたー?」


 ダジャレなのに、事実を的確かつ見事に表している回答がきた。こういうところでミオさんの頭の良さというか、回転の早さを実感させられるのもどうかと思うけども。


「……帰ったら座布団あげますね」


「やったー」


 ミオさんがうれしそうで何よりだが、これは特に福岡関係ない。


 これは、こちらで何か案内した方がよさそうだ。


「じゃあ、迷った時はアレってことで」


「ばりうまかーする?」


「ばりうまかーしましょう」


 俺たちの足は、JR筑肥線の駅へ。


 一時間ほど電車に揺られ、向かうは福岡(天神)駅。


 そこから徒歩数分、たどり着いたは俺イチオシの、福岡で最初に入ったあのお店。


「大将!」


「ラーメンふたつ、どっちもカタで!」






 これがこの夏、俺と、ミオさんと、俺の家族に起こった出来事の全て。


 俺とミオさんの長くて短い福岡旅行は、こうして幕を閉じた。






「……やっと着きましたね」


「一週間があっという間だったねって福岡で話して、その後の五時間の新幹線で遠いねって話して」


「さらにその後の、一時間ちょっとの電車移動がとてつもなく長く感じる。人間って不思議ですね……」


 一週間ぶりの東京。一週間ぶりの我が家。


 俺たちが自分たちのマンションへと帰り着いたのは、夜の七時を回ろうかという時刻だった。福岡に比べると短い陽はすっかり沈み、空には半月が輝いている。


「じゃあ、まずはミオさんの荷物を入れちゃいましょうか。そしたら、早速やりましょう」


「うん。まさか帰ってその日のうちとは思わなかった」


「あ、後日の方がよかったですかね? お腹すいてませんか?」


「ううん、余裕。むしろ食べたい」


「では、やりましょう。未知への挑戦、新境地の開拓。


 白菜入りすき焼きを」


 右手には旅行の荷物。


 そして左手には、近所のスーパーで買った肉に野菜に豆腐に糸コン、もといしらたき。どっちだっけ。


 福岡で約束したことを早速実行すべく、買い揃えた材料が提げられている。


「鍵、鍵っと」


「ちゃんとありますか? 五時間かかる帰省先に忘れてきたとか……」


 三時間かかる出張先に鍵を忘れてきた人だけに、ないとは思いつつ心配になってきた。


「ある、あるから! えっと、あるよね? あった! うん、あったよ!」


「よかった。家の鍵が開かないっていうのは……心細いですからね」


「ほんとほんと」


 ミオさんは、自分のこととして聞いているのだろう。


 でも、それは俺のことでもある。


 あの日。両親が交通事故で死んだ日。帰ってこない両親を、開かないドアの前で待ち続けた、俺のことでもある。


 ミオさんと出会った時、ドアの前で立ち尽くす彼女を放っておけなかった理由のひとつがそれだとすれば……。ある意味で、両親が俺とミオさんを引き合わせてくれたと言える、のだろうか。


「松友さん? どうかした?」


「ああいえ、ちょっと昔のことを思い出してしまって」


「帰省してきたばっかりだもんねー」


 ミオさんがドアに鍵を差し込み、ひねる。


 ガチャリと聞き慣れた音がして、ドアが開いた。家の中に残った昼の熱気が、むっと流れ出してくる。早いところ冷房をつけてしまおう。


「じゃあ、ひとまず荷物を入れちゃいますね。お邪魔しま……」

 

「松友さん、今はまだ休暇中。うちには、お仕事に来たんじゃありません」


「……ああ、そうでした」


 改めて、ミオさんといっしょに息を吸い込む。


 言うべきは、いつも言われる側のあの言葉。福岡で初めてミオさんに言った、あの言葉。


「せーの」




「「ただいま!」」




 ふたりぶんの声が、使いなれた玄関に重なった。

これにて福岡編は完結となります。

もともと6話くらいで終わらせるつもりだったんですが。いろいろと書くのが面白くてこんなボリュームになってしまいました。

タイトル詐欺みたいになってしまい申し訳有りません。でも超楽しかった。


閑話を挟んで通常業務へと戻る予定です。

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