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松友さんは諦めさせない

「体育館ぽいなんて、なして言ったっちゃろ……」


 今、何時なのだろう。


 スマホの電源ボタンを押してみても、やっぱり画面は暗いままだ。雷に驚いて水たまりに落としたっきり、うんともすんとも言ってくれない。


 安物スマホをステッカーで飾ってみても、防水性だけはどうしようもない。そんな当たり前のことを思い知らされている。


「どげんしよ……。どげんすればいいっちゃろ……」


 最後の電話で『体育館ぽいのが見える』と言ってしまった。


 そこでスマホが壊れてしまい、他に雨宿りできる場所もなかったので近づいてみたら。それは体育館とはかけ離れた施設だった。


「約束の時間まであとどんくらいやろ……。もう、間に合わんよね」


 もしかしたら家のみんなが探してくれてるかもしれない。


 だとしても、きっとあちこちの体育館を探し回っているはずだ。


 いくつもある体育館をひと通り探し終わって、ようやくここに来るかどうか。そんなの、うちの車一台じゃ何時間かかるか分からない。


「寒い……」


 暗いことを考えるたび、雨に濡れた体が震える。


 とりあえず建物の軒先を借りているけど、もっと風が強くなれば雨が吹き込んでくるかもしれない。


 そうなれば、もうどうしようもない。


 道もだんだん水があふれて川みたいになって、とてもじゃないけど歩いてどこかへは行けない。


「ほんとに、もっと早くおまわりさんば呼べばよかったっちゃろか」


 台風がすぎるまでここで過ごす。


 雨に濡れながら一晩をひとりで過ごす。


 それに比べれば、お兄ちゃんの言う通り大声で泣いておまわりさんを呼んだほうがずっとよかった。


 一万円も入った白い封筒を握りしめて、後悔ばかりが胸につのる。


「……にーちゃん」


 封筒をくれた相手の名前を呼んでみる。意味なんてない。


 でも友達に貸してもらったマンガだと、こうして呼んだら主人公が来てくれた。


 汗だくになって、たったひとりで探し回ってあちこち擦りむいて、それでも笑って手を差しのべてくれた。


 現実はそんなに甘くない。いくら子供っぽいと学校でも家でも言われても、私だってそれくらいは分かっている。


 でも。それでも。


 ほんの少し期待するくらいは、許してほしかった。


「にーちゃん、来てくれんの……?」


“ズバババ……”


「うん?」


 なんか聞こえる。


 水が巻き上がるような、押し寄せるような音が遠くから聞こえてくる。


“ズババババババ!”


 いや、近い。近づいてくる。


 すごい早さで近づいてくる。なんだろう、少なくとも主人公が走ってくる音じゃない。


「えっ、何? 鉄砲水!? 鉄砲水って町中でも起きるんっけ!?」


“ズバババババババババババ!!!”


 そうこうしている間に、音はもうすぐそこだ。水が壁のように吹き上がり、周りに降り注いでいるのが塀越しに見えてきた。


「え、え、どうしよ、鉄砲水のときは必死にもがいて口の回りに空気を……」


 違う、それは雪崩の時だ。


 なんにもできないまま音はどんどん近づいて、そして。


 白いライトバンが、目の前で急停止した。


「裕夏!!」


「全員へ伝達! お嬢さんを発見!!」


「にーちゃん!? ……と、誰!?」


 お兄ちゃんと、なぜか坊主頭の人たちがライトバンからワラワラと降りてきた。


「怪我してないか、裕夏!」


「う、うん」


「そうか……。まったく手間かけさせやがって」


「でも、なしてここににーちゃんと、えっと……?」


「はじめまして、唐津三百人衆とお呼びください!」


「からつさんびゃくにんしゅー? さんがおると?」


 私は体育館ぽいものが見えると言ってしまった。それから市内の体育館を探しはじめたにしては早すぎる。


「この人らに手伝ってもらって、西区や早良区の体育館をしらみ潰しに探したんだ」


「マジで全部回ったん!? やけど、それやと……」


「ああ、見つからなかった。じゃあ似たところで公民館とか倉庫とかを探してもらってたんだが、俺は子供の頃の記憶に思い当たってな」


「子供のころ?」


 お兄ちゃんと私は七歳も離れている。


 だから私はお兄ちゃんの小さい頃のことをあまり知らない。その中のひとつ、なんだろうか。


「俺が思い出したのは、見てくれの豪華さはなく、それでいて床面積はしっかり稼ぎつつ、ある程度はアクセスのいい場所にある建物。体育館と似てるだろ?」


「あ……!」


 そうだ。だから私も見間違えた。


 そこまで説明して、お兄ちゃんは扉の上を見上げた。古ぼけた壁に取り付けられた、それは木でできた十字のシンボル。


「教会、だ」


 教会といわれてイメージするのは、トンガリ屋根に十字架の刺さった真っ白な建物だ。確かにそういう教会もたくさんある。


 でもそれに負けないくらい、飾り気のない教会もあるのだ。どういう違いがあるのか分からないけど、そういうものとして町中に点在している。


「子供の時、教会学校に行ってたことがあってな。そこもこんな感じだったからピンときた」


「そうやったん……。けど、よくそんなん思い出したね?」


「つい最近、思い出す機会があったんだ。ミオさんが風邪を引いた時にちょっとな」


「え、元気になるようにお祈りしたん?」


「ま、まあうん。そんなところだ、うん」


 そう言って、なぜかお兄ちゃんは目をそらした。


「裕二さん、そろそろ!」


「ああ、そうだなケンさん。裕夏、行くぞ」


「え、どこに?」


「決まってんだろ。待ち合わせ場所だよ」


「……もう無理よ」


 待ち合わせは博多駅。時間は分からないが、今から向かっても間に合わないことは分かる。


 それに服も髪もずぶ濡れ。早乙女さんに教わって選んだコロンも落ちてしまった。


「裕夏、お前が知らないことが三つある」


 やれやれ、という顔で、お兄ちゃんは指を三本立ててみせた。


「は?」


「ひとつ、暗くなってて分かりにくいが、実はお前が思うほど時間は経ってない」


「で、でもさすがに間に合わんって」


「ふたつ、新幹線は悪天候で遅延中。相手は少なくともあと二時間は博多駅にいる」


「えっ……?」


「みっつ。ルックアット車内」


「なして英語」


 とりあえず言われた通りにライトバンの助手席に目をやると、そこには化粧ポーチを構えた見慣れた顔が。


「ねーちゃんも?」


「こうなってることを見越して、タオルと着替えは姉ちゃんが準備済みだ。もちろん、アレもな」


「あ……!」


 窓ガラスの向こうでお姉ちゃんが振っているのは、ピンク色の小瓶。


 早乙女さんと選んだ、私の初めての大人な化粧品。


「とはいえ余裕はないぞ。二時間あるっつっても道路状況は最悪なんだからな」


「ここに来る時もス○ラッシュマ○ンテンみたいやったもんね……」


 実物、乗ったことも見たこともないけど。


「さあどうする? 行くのか? 行くぞ!」


「……うん!」


 思ってたのと少し違うけど。マンガみたいに爽やかではないけれど。それでも。


 私に、お兄ちゃんがいてよかった。

松友さんが教会学校のことを思い出した出来事は12話『早乙女さんを休ませたい』参照。


評価、ブクマ、感想ありがとうございます! 感想返しが結局全てとはいかない状況ですが、全てしっかりと読ませていただいております。

(だいぶ長引いてる)福岡編の締めに向けて、いっそうがんばります!


最後にコミケを終えた戦友たちへ。四日間お疲れ様でした。

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