早乙女さんから教わった
「おやイヨさん。縁を切ったはずの貴方が家のことに口を出すだなんて。いつお許しがいただけたのかしらおめでとう」
「あら、いけない私ったら。でもご覧なさいな。大きなケンちゃんがあんなにちぢこまっちゃって。気の毒で見ちゃいられないもの」
「なら見なければいいじゃない。勝手に見に来たのはそちらでしょう」
とりつく島もない、という感じだ。視線をこちらを向けること自体が稀なようではコミュニケーションのとりようもない。
ばあちゃんは小さく苦笑いすると、改めて出ていこうとしたケンさんに声をかけた。
「ああケンちゃん、義姉様が暑そうだから、あれ、ほら、除湿器を持ってきてあげて頂戴な」
「あ、はい! ……はい?」
「イヨさん、その男は今しがた解雇したところで」
「もう義姉様ってば。昔からそうやってお家の人を追い出しては、後でどう謝ろうか悩むんだから。懐かしいわねぇ、ふたりでおでこを付き合わせて、ああでもない、こうでもないって」
……なんだって?
「……昔の話です」
間を開けてからそれだけ言って、また目を逸らした。
「それでね、聞いてくださいな」
「聞きません」
「そんなこと言わないでくださいよ義姉様」
「まったく、相変わらず何を考えているのか分からない人だこと。年賀状もろくに寄越さないくせに、困った時には何度も何度も」
「何度もは大げさよー。まだ二回目じゃない」
「似たようなものよ」
「それでねぇ、末の孫が大変なのに人手が足りなくって。ケンちゃん達にお手伝いしてもらえたら助かるのだけど」
「勝手に話しても無駄です。お断りします」
即答。
「どうしても?」
「どうしても、です。助ける理由がないもの。あの時のことを忘れたとは言わせませんよ?」
あの時、と言った。
じいちゃんが『あの日』と呼ぶ、近所のミチさんが聞くだけで戦慄する、過去にあった何かのことか。
「おばあちゃん、あの時って……?」
それを聞かないことには話についていけないと見てか。
黙っていた千裕姉が口を挟んだ。
「孫にも話していないのね。後ろ暗いのかしら?」
「だってどう話しても大げさになっちゃうんだもの」
「『大げさ』? 漁師の救助のために、当家から三百人も動員したことを『どう話しても大げさ』?」
「……ばあちゃん、三百人って」
ミチさんが言っていた『唐津三百人衆』。
その出どころはやはりここだったらしい。それを頼んだのがばあちゃんだったと、そういうことか。
「もう五十年くらいは前になるかしら。ちょうどこんな台風の日だったわ。おじいちゃんの乗った漁船が転覆しちゃったの」
「なんでそんな日に海に出たのよ……」
「ちょうどあなたたちのお父さんが生まれようか、って頃だったの。少しでも稼ごうと無理したら、新聞やラジオの予報よりずっと早く海が荒れだしたんですって」
「なんて無茶な……」
たしかに、今日の状況とよく似ている。じいちゃんが「あの日と同じ匂い」と言ったのはそういうことか。
「でもすごかったわよー? 台風でも走れる大船が沖にいくつも並んで、海岸には揃いの法被をきた男衆が篝火を焚き続けて……」
「ついでに助けた密入国者が海岸に並べられたところは壮観だったわね。もう見たくないわ」
「密入国者」
それは確かにどう話しても大げさになる。というか普通に大ごとすぎる。
「遺産の前借りとして許したけど、二度と御免よ。それに貴方、あの時なんて言ったか覚えてらっしゃらない?」
「一生のお願いって言ったわね」
「……それを自分で答える度胸だけは見習いたいところね」
「でも義姉様、今は老後をセカンド・ライフって呼ぶんですよ?
二度目の人生、って意味なんですって」
人生が二度目に入ったから一生のお願いももう一回できると言いたいらしい。
さすがにそれは通らないらしく、相手は首を横に振る。
「せかんどだかなんだか知りませんが、無理なものは無理です。あなたに貸す人もお金もありません」
「そんな固いこと言わないで」
「話はお仕舞いです。お引き取りください」
「そうだ義姉様、お土産のお菓子があるのだけどいかが?」
「あとで家の者に渡してくださいな」
押せばいけるかと思ったが、やはり長年のわだかまりは簡単には解けないらしい。
どうする。裕夏と連絡がとれなくなってそろそろ一時間だ。
行動するなら早くしなくては、台風はどんどん激しさを増してゆく。夜になれば裕夏の身も危険だろう。
自分に打てる一手を探す。何が出来る。考えろ。俺に出来ることはなんだ。
「あーーーせからしか!」
考えない姉が先に動いた。
「さっきから聞きよったら半世紀も昔のことをグチグチグチグチ……。義理でん姉妹なら、もうちっと腹割って話さんや!!」
やりおった。
この二人の会話は、しかし二人だけのものじゃない。『土地の名士』としての事情がどうあっても反映されてしまう。
そこにうまいこと折り合いをつけつつ、名目を立てて協力してもらうためには色々な手順がいるのだ。
千裕姉も分かっていないわけではないと思う。ではなぜ爆発したかと言われれば、単純な話。
そういうのが向いていないからである。
「おやおや、元気のいいお嬢さんね。立場を弁えないところなんてイヨさんそっくり」
「うふふ、そうでしょ。でもよく見てくださいな、目元はおじいちゃん似で……」
「そんなことは聞いておりません」
「もう」
「おばあちゃんもおばあちゃんばい!!」
「あら?」
「こっちは頼む側っちゃけんきちんと頼む! 頭下げて『お願いします』ば言う! 違うん!?」
「あらあらあら」
「裕夏が危なか時に、つまらん意地張っとるんやなか!!」
「……ちょっとイヨさん、躾がなっていないのではなくて?」
「うちは元気がモットーなの。ごめんなさいね」
よくない流れだ。
ばあちゃんがしつこく食い下がり、奥さんが「義妹の懇願に情けを見せた」みたいなシナリオ。それが元々ありえた妥協点なのだろう。
千裕姉の乱入でそんな持久戦じみたやり方は難しくなった。これでは丸く納めることが。
「……いや」
いやいやいや。
「優先順位を忘れてどうする」
「裕二?」
人間は、無意識にプライドを守る生き物だ。もちろん俺だって例外ではない。
だが。
だが今の最優先はなんだ。裕夏を助けることだろう。
その次がばあちゃんと実家とのことか。
「その下は有象無象、か」
ばあちゃんは言った。
女はしとやかに、男はどっしりと構えているべきだと。
なら、女の怒りには力がある。千裕姉のやったことは、考えは足りなくても確かに場を動かした。
ならば。裕夏のために俺がやるべきは。
「奥様、どうかお願い致します」
「ちょ、裕二?」
「物を頼む時には、頭を下げるもんだ」
少なくともこの場において、男が下げる頭の方が価値がある。
なら、やる。それが最適解だから。
畳の匂いを感じながら、俺の頭は妙に冷静だった。
「俺たちにとっては可愛い妹です。ご恩は祖母に代わって返しますからどうか、今一度お考えを改めていただけないでしょうか」
「おや、男が簡単に頭を下げるのね」
「人に尽くす仕事をしておりますので。『人』の重さは弁えているつもりです」
ミオさんと出会って、過去を知って、それを乗り越えるのを少しだけ手伝って。
かっこいいばかりで人を守れないということ。それが、俺が学んだことのひとつだと、今気づいた。
「奥様! 我々からもお願い申し上げます!」
「ケンさん?」
ケンさん、と除湿器が転がるように部屋に入ってきた。
俺と反対側に除湿器を置き、同じように頭を下げる。
「健一、ずいぶんとイヨさんのかたを持つのね。なぜ?」
それは俺も気になっていた。なぜ離縁したはずのばあちゃんが、家中のケンさんと顔見知りな様子だったのか。
「おはぎでございます」
「は? おはぎってあの、おはぎ?」
「はい」
「イヨさんを家に上げ、そうやって頭を下げてるのが、おはぎひとつもらったから?」
「ひとつではございません。四十個です」
四十。
さっき聞いた覚えのある数字だ。たしか、唐津三百人衆がじいちゃんを救助したのが四十年前だったはず。
「我々は毎年の盆前、奥様方が墓参りをされる前に草むしりを行います」
「え、ええ」
「イヨ様は毎年、おはぎと麦茶を差し入れてくださるのです。旦那様を助けたお礼にと」
「四十年間ずっと?」
「はい、我々に代替わりした今も、毎年欠かさずに」
毎年の盆前に、おはぎ。それなら俺にも心当たりがある。
ドームでミオさんと食べたおはぎも、材料の余りで作ったと言っていたはずだ。
「ばあちゃん、毎年作ってたおはぎって」
「あら、ばれちゃった」
「イヨさん、なぜそんなことを?」
「あの時は助ける方も命懸けだったもの。これくらいするのは当然ですよ」
「そんな……」
奥さんも知らなかったことらしい。
考え込んだところに、廊下をバタバタと走る音が近づいてきた。
「奥様、俺たちからもお願いします!」
「親の代はともかく、俺たちこのままじゃただの大食らいなんです!」
ケンさんの隣の除湿器の横に、さらに二人の頭が並ぶ。門で出迎えてくれた人たちだ。
「奥様、お願いします」
「お願いします! どうか!」
俺とケンさんでダメ押しすると、奥さんはふう、と息をついた。
「全員、下がりなさい。イヨさんたちもです」
「……は?」
「私は忙しいのです。これ以上、こんな些事に構ってはいられません」
「ちょ、ちょっと! 男が四人も頭下げたのにそれ!?」
「では」
そう言い残して、奥さんは奥の部屋へと引っ込んでしまった。
「かーーーむかつくーーー!!」
ケンさんたちに見送られた俺たちは、雨の降りしきる虹ノ松原を飛ばしていた。
「なにが! サジだ! くっそーーー!!!」
ハンドルを握る姉ちゃんは奥さんの態度に怒り心頭という感じだ。スピードの出しすぎが心配である。
「……なあ、ばあちゃん」
「なにかしら?」
「そういうことで、いいんだよな」
「ふふ、そうね。そういうこと、よ 」
あれだけ食い下がる気まんまんだったばあちゃんが、最後はえらくあっさりと引いた。
その理由は、俺にはひとつしか思い付かない。
「ちょっと、ふたりで何の話? これからのことを考えない、と……」
バックミラーを覗いた千裕姉の声から、張り裂けそうだった怒気が引いて行く。
「来たか」
「あらあら、団体さんね」
「な、何あれ!? 軽トラとバイクの集団!?」
俺たちの軽自動車の後ろから迫るは、何十という車とバイクの群れ。無数のヘッドライトが松林を煌々と照らしている。
嵐の虹ノ松原は、今や怒りのデスロードへと姿を変えていた。
「イヨ様ー! 千裕さーん!」
隣につけた軽トラの窓から、ケンさんが手を振っている。
あれ、俺は?
「ケンちゃん、裕夏の足取りを分かっているところまで教えるわ。見つけてあげて頂戴」
「はっ! 福岡市も西半分は庭のようなもの! お任せください!」
次々に追い越してゆく二輪四輪たちを、千裕姉は唖然と見つめている。
「ちょ、ちょっと裕二、どういうこと?」
簡単なことだ。
ばあちゃんが家と絶縁している事実は変わらず、すぐに復縁しては家の体面に関わる。
そこを手伝うには、それに足る名目が必要だ。残念ながら、表だってやれるほどの大義名分は用意できなかった、が。
「妹さんを想う裕二さんの男気に我ら一同、いてもたってもいられず! 勝手に出てきてしまいました!」
と、いう名目で飛び出したケンさんたちを。
「それを奥さんが黙認した、と」
「もう、義姉様もややこしいんだから」
「え? え?」
理解が追い付かない千裕姉に、分かりやすく言うならば。
「唐津三百人衆の再来ばい、だ」
言うなれば、唐津三百人衆・令和組。
嵐の中、男たちは福岡市へと乗り込んだ。
コミケ三日目に一般参加しました。死にました(暑さと人混み)
でもホロライブ公式本買えたぜふへへ
ちょっと長くなりました。次回は代わりに短くなる予定。
超絶台風接近妹遭難編もあと2話か3話です。お付き合いいただけると幸いです。
【謝罪とか】
下のフォームは「1作品につき1回まで」評価できるものです。1日1回とか1話1回ではなく、1作品に1回です。
私の書き方により誤解を与えてしまい、話ごとに点数を押してくださっている方が複数いらっしゃるようでしたのでアナウンスさせていただきます。申し訳ありません。
この物語全体への評価をいただけますと嬉しいです。よろしくお願い致します。





