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早乙女さんは時代を感じたい

「おじいちゃんがね、『俺と結婚しちゃらんか!』って言ったのよ」


 いきなりそこから入るのか。


 前略・中略・後略でクライマックスを語るばあちゃんは、サボテンの花壇を見つめながら懐かしそうに目を細めている。


「ばあちゃん、こういう話でプロポーズシーンは最後に持ってくるもんだ」


「第一声よ?」


「第一声」


「えっ、出会って即プロポーズですか?」


「出会ってすらいなかったわよ?」


 出会う前の第一声がプロポーズ。


 理解の追いつかない俺とミオさんに、ようやく説明が始まる。






 唐津のそれなりに大きな家に生まれたばあちゃんは、小学校の時に東京の学校に預けられたらしい。


「良家の嫁に行くには教養がないといかん、って言われてね。全寮制の小学校に通わされたのよ」


「おっしゃってましたね。そこで標準語を覚えたと」


「でも、東京には最後まで馴染めなくてねぇ。中学からは九州に戻してもらったんだけど、実家にいづらくなっちゃって。中学を出てすぐ、親戚を頼って福岡で働いたのよ」


 今ほど女性が自由に働く時代ではなかったとはいえ、仕事はいろいろとあったという。


「当時の女性の仕事というと……。針仕事とかバスガールとか、あ、電話交換手とかですか?」


「あら早乙女さん、よく知ってるわねぇ。つくのが難しい花形のお仕事だったけれど、私は親戚に通信社の方がいたから特別に、ね」


「その職場でおじい様と出会われたんですね」


「それがねぇ。違うのよ」




『はい、どちらにおつなぎしましょうか』


『俺と結婚しちゃらんか!』




「っていう流れでねぇ」


 じいちゃん、まさかの利用者。


「最短ルートすぎるだろ。一昔前のラブコメでも曲がり角でぶつかって教室で再会するくらいの手順は踏むぞ」


「昔からせっかちな人だったのよ。私の声が気に入ったから結婚してくれ、って。もうびっくりしちゃって」


「古き良き時代、ですね。そんなことが許されたなんて」


「許されるわけないじゃない」


「あれ?」


 当時にしても非常識オブ非常識である。


 しかも一九五〇年代といえば電話の順番待ちが社会問題化していた時代。じいちゃん、そんなご時世になんてことをしてんだ。


「では、おばあ様はなんとお返事を?」


「向こうが根負けするまで『どちらにおつなぎしましょうか』を繰り返したわ」


「よく心が折れなかったな、じいちゃん……」


 マニュアル通りなんだろうが鋼のメンタルである。


「でも、それがどうしてご結婚することに?」


「それがねぇ」


 その場はばあちゃんの勝利に終わったが、二ヶ月後に再び電話がつながったのだという。


「おじいちゃん、私だと気づくやいなや『私と結婚してください』って」


「すげえ、まったく懲りてない」


「あれ? でも標準語になってませんか?」


「鋭いわね早乙女さん。おじいちゃんったらね、交換手はみいんな東京にいるものと思い込んでたんですって。特に私は東京言葉を使っていたし」


「……まさか、プロポーズに失敗したのは方言のせいだと思って標準語を特訓したってことですか?」


「努力の方向音痴すぎる」


「田舎者あるあるよねぇ」


「あるあるなんだ……。裕二さんも交換手は東京にいるって思ってた?」


「ミオさん、ちょっと脳内の時計を再起動しませんか。今朝から時系列が狂いっぱなしですよ」


 いくら糸島でも俺が生まれた頃には交換手のいらない自動交換だったに決まっている。


 たぶん。


「さすがの私もしのびなくなって、会う約束をしちゃったのよ」


「お二人が標準語を使えることにそんな背景が……」


「じいちゃんを尊敬すべきなのか気味悪がるべきなのか分からなくなってきた」


「ほんとにねぇ。今だったらストーカー扱いよ」


「それで、お会いした後はどうなったんですか?」


「男女が逢瀬したら、あとはもう一本道に決まってるわ。おじいちゃんの熱烈な求愛に私が折れて、実家に結婚を反対されて、おじいちゃんの漁船に乗り込んで『認めてくれないならこのまま上海(シャンハイ)まで駆け落ちする』って言って認めさせて。それで裕二たちのお父さんが生まれて、今こうしてるのよ」


「『あとはもう一本道』……?」


「山も谷もダイナマイトでふっ飛ばして一本道にしたようにしか聞こえないんだが」


「うふふ」


「うふふじゃないが」


 ミオさんが反応に困って麦茶をちびちびちびちび飲んでるじゃないか。


 話がひと段落したところで、ガラガラと玄関のガラス戸が開く音がした。


「帰ったぞ。ばあさん、サビキの仕掛けはどこに仕舞ったっけか。ミチさんと釣りに行く約束をしたのに思い出せん」


「あらあら。あれは外の物置だったと思うけど。裕二、見てきてくれない?」


 この暑い中、物置を物色するのは気が進まないが仕方ない。


 でもタイミングは悪くない。ここはひとつ、手伝いついでにじいちゃんにも当時のことを聞いてやるかと、俺は座布団から立ち上がって玄関へ向かった。


「おう裕二、ばあさんはどこだって?」


「物置だとさ。ところでじいちゃん、ちょうどじいちゃん達の昔のことを聞いてたんだけどさ」


「なんだ、藪から棒に」


「交換手だったばあちゃんにプロポーズするために標準語を覚えたんだって? 熱いねぇ」


「へっ、古い話をしよってからに。その点、修学旅行の高校生にプロポーズしようとしたお前は、なるほど俺の孫だな」


「家族そろってその話するの好きすぎやない?」


 藪から棒っていうかヤブヘビだった。やめときゃよかった。

福岡編のひと区切りまでもうちょっとだけ続きます。まだドーム行ってないしね!


作中で田舎扱いしておきながら言うのもなんですが、糸島市は開けた立派な町です。島根と違ってパソコンもあります(懐かしのデジモンネタ)(最近の劇場版によると今はパソコンあるらしい)(というか親戚がいるから何度も言ってる)


不快感を覚えた在住の方がいましたら申し訳有りませんが、もともと周船寺周辺に住み、野菜を求めて糸島に通っていた者の感想としてご笑納いただければ幸いです。

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