閑話:係長さんは分からない
前の閑話でちょっと出てきた、斜向いの大山さん視点です
私は今、斜向いのデスクで起こっていることが分からない。
「土屋先輩、この発注書についてお聞きしたいことが」
「いつもの会社のいつもの発注書やんか。なんかおかしいとや?」
「はい、あそこの担当って『近藤』様ですよね?」
「あの優しいおっちゃんな」
「私もいろいろと教えていただきました」
「で、その近藤さんがどうしたん?」
「誤変換なのか『担当:コ○ドーム』となっていまして」
「おう?」
「『何か意図があってのことでしょうか』と電話で伺ったところ」
「聞き方よ」
「即答で『失礼しました、かけ直します』と言われて切られてしまいました。その後の連絡がないんですが、こういう時はどうすれば」
「もしもしいつもお世話になっております土屋です。近藤様は……え、胃痛? では伝言で『事故ということは承知しております』と。はい、それで伝わりますので。なるべく急ぎでお伝えいただければと。はい、はい、失礼致します」
「土屋先輩、なぜ急に電話を?」
「村崎?」
「はい」
「セクハラに厳しいこのご時世、取引先の女の子にそげなもん送っちまったおっちゃんがどんだけ恐怖するか考えたことある?」
「なるほど。その発想はありませんでした」
この二人、白なのか黒なのか……。
私の名は大山孝行。この商社に勤めて十五年になる。職位は係長だ。
結婚して九年になる妻と、八歳と五歳の子供がいる。下の子のランドセルを何色にしようかとカタログを眺めるのが最近の趣味である。
「大山君、社内恋愛についてどう思う?」
「はい? 社内恋愛?」
そんな私が上司である早川課長に別室へ呼び出され、極秘ミッションを与えられたのは一週間ほど前のことだった。
「私は、勘弁してくれと思う」
「はあ」
「部屋が違うならまだいいけどね。同じ部署内でくっつき、夫婦喧嘩とかされてみてよ。空気は最悪で仕事にも差し支えるよね」
「まあ、そうかもしれません」
「それを踏まえて、君から見て『あの二人』はどうかな? 白か、それとも黒か」
「なるほど、『あの二人』ですか」
当部署で『あの二人』といえば心当たりは一組しかない。
私の向かいのデスクに座る土屋くんと、その隣、斜向かいに座る新人の村崎さんだ。
ふたりが付き合っているのかいないのか、給湯室でもたまに噂になっているらしい。
「どうでしょう。仲は良いようですし、それ自体は良いことだと思いますが、恋愛関係にあるのかまでは」
「そこ、白黒つけてきてくれないかな?」
「私がですか?」
「君以外にいないじゃない」
自分でやるという発想はないらしかった。
まあ業務命令と呼べるかはいささかの疑問があるが、実際のところどうなのか。
それは私も気になるので、とりあえず探ってみることにした次第である。
「そういえば土屋くん、ちょっと相談したいんだけどいいかな?」
「ん、なんでしょ?」
昼休み、コンビニ弁当を二段重ねにしている土屋くんに声をかける。
隣の村崎さんは何かの用事で席を立っており不在だ。
「僕の甥が大学生なんだけどね、最近はじめての彼女ができたらしいんだ」
「ほー、そらおめでとうございます」
「で、その彼女がもうすぐ誕生日らしくて。プレゼントを何にしたらいいか相談されてね」
「ふむ」
「まあ昔は女泣かせのタカユキと異名をとった私だから相談したんだろうけど、最近の若い人の好みは分からなくて。土屋くんは最近、女の子にプレゼントをあげたかい?
よければ教えてくれると助かるんだが」
「ちょうど最近、プレゼントする機会がありましたよ」
かかった。
交際している相手がいるなら、気合の入ったプレゼントを贈る異性はその人か家族くらいだろう。
贈ったものさえ聞き出せれば、それをもらった人が村崎さんかを確かめればいいという寸法だ。
ちなみにそんな甥は私にはいない。私、一人っ子だし。
「何をあげたの?」
「その人が昔、親友の裏切りでなくした思い出のぬいぐるみを取り戻して、昔の姿に直して渡しましたね」
「かっこよすぎない?」
重い。
思ってたよりだいぶ重いのがきた。
え、そんなかっこいいことやってたのこの青年。
「まあ、オレひとりでやったことではなかですが。でも、おかげでその人との距離は縮まった気がしますよ」
「へ、へえー」
「あ、答えとしてはピンポイントすぎますかね?」
「あー、いや、大丈夫。彼女さんに親友の裏切りで失ったものがないか聞いてみるよ」
「あるとよかですね」
よくはないと思う。非実在青少年の話だから別にいいんだけど。
「ありがとう、参考になったよ」
「いえいえ。でも、そういうんは女に聞いたほうがよくなかです?」
「そうだね。後で村崎さんにも相談するつもりだよ」
予想外なところもあったが、これは大きな収穫だ。
ものがものだけに偶然の一致はまずない。口ぶりからして身内でもなさそうだ。
次は、村崎さんに話を聞かなくては。
「最近もらったもの、ですか?」
「そうそう、甥からの相談でね」
午後、仕事がひと段落し、土屋くんが席を外したタイミングを見計らって村崎さんに尋ねる。
これで「思い出のぬいぐるみ」と返ってくれば黒だ。
「すみません、高価なものはあまりもらったことがなくて」
「値段が全てじゃないよ。自分にとっては価値のあるもの、とかあるじゃない」
「ああ、そういうものでしたら」
「……もしかして、土屋くんから?」
「あれ、土屋先輩から何か聞きましたか?」
来た。
来たぞ。
ちょっと強引かと思ったけど、あっさり答えてくれた。これは黒か。
「ああうん、軽くね。いいよねー、そういうの。嬉しかった?」
「はい、二十分くらい感動を噛み締めました」
「早くない?」
感動の再会、二十分で終了。
最近の子はドライだって言うけどドライすぎやしないか。
「そうですか?」
「そうだと思うけどなぁ……。それで、今はどうしてるの?」
二十分で終わった再会のその後が気になる。
「今ですか? とっくに無くなりましたけど」
「早くない!?」
「そんな大事にとっておくようなものでもないですし……」
「とっておいてもいいんじゃないかな?」
「いや、カビとか生えたら汚いじゃないですか」
そりゃ、古いぬいぐるみらしいけども。
土屋くん、この子かわいい顔してけっこうエグいぞ。いいのかこれが彼女で。
「それでいいの? 親友の裏切りにまつわる思い出の品じゃないの?」
「別に。私が勘違いしてただけですから。……あれ? 土屋先輩がなんでそんなことを知ってるんです?」
「え、だってぬいぐるみを直してプレゼントしたって」
あれ?
なんか噛み合ってないような。
「え?」
「え?」
限定品のメロンパンの話でした。
エグいとか言ってごめん。
プレゼント作戦は失敗した。
その後もいろいろ試したが、ふたりの関係を決定づける証拠は掴めていない。これで十日も収穫なしということになる。
私もだんだん課長の命令とかどうでもよくなってきて、意地で探っている感じになりつつある。
「しかし万策尽きたな……。こちらからのアプローチには限界を感じる」
世間はお盆のシーズンに入り、わが社も夏休みをとる社員が増えている。
冷房が壊れた上に修理業者の到着が遅れるという災難に見舞われた事務所では、問題の二人が今日も今日とて席を並べて仕事にいそしんでいた。
「土屋先輩」
汗を額に浮かべた村崎さんが、いつものように土屋くんに話しかけている。
また近藤さんがゴムになったのだろうか。
「私と付き合ってください」
なんだ、告白か。
…………。
告白か!?
「そうか……! その可能性を失念していた」
仲良く見えても二人は出会って三ヶ月やそこら。交際しているとすればなかなか手が早い。
まさしく私が探りを入れている間、二人は互いの想いを育んでいたに違いない。そして今、それが実ろうとしているのだ。
「なんや、買い物か? 飯か?」
「ボードゲームです」
ボードゲームだった。
ですよね、告白するにしても事務所はないよね。でも微塵も動じないのはどうなの、土屋くん。
「今夜から始めるか?」
「今日はちょっと親が来る予定になってまして」
親御さんがいなければお泊まりコースだった!?
そこまで進んでたのか!
「タイマーかけてやろうな」
そこは節度あるんだ。
なんなの。ほんとにどっちなの君ら。
「……あの、大山さんも来ますか? ボードゲーム会」
「え、私?」
「ずっとこちらを見てらっしゃるので、お好きなのかと……」
「い、いや、すまない。暑さでぼーっと見てしまってただけだ。気にしないでくれ」
「? そうですか。失礼しました」
もうやだ、この二人。
「……で、大山君? 結果は?」
調査開始から二週間後。
以前と同じ別室に呼び出された私は、早川課長に報告を求められていた。
「課長」
「うん」
「あの二人、なんで付き合ってないんですかね?」
「は?」
もう、さっさと付き合ってくれ。
窓の外を流れる雲に、私はそう願った。
でっかいビーズクッション、いわゆる「人をダメにするソファ」を買いました。
夜九時に届いたのですぐ開封し、試しに座ってみたところ。
気づいたら深夜三時でした。まさかの即入眠、即快眠。驚きのダメ力。
しかも、そんな寝方したのに腰も痛くならない高性能さ。こんなん誰だってダメ人間になる。
みなさんもビーズクッションにはお気をつけて。あいつは社会人を殺します。





