早乙女さんはちょっと二日酔い
「ってな感じで、きちんとホテルに送っといたから」
「そうか……。結局姉ちゃんが飲みたかっただけじゃねえか……」
「いけない、裕二が悪霊化し始めてるわ。鎮まりたまえ成仏したまえー」
「死んでねえ……」
二日酔い、もとい三日酔いで畳に突っ伏す俺を指でつつく千裕姉に、どうにか顔だけ上げて生存をアピールする。
しかし昨日は本当にひどかった。ひどすぎて記憶は完全なる虚無だが、ひどかったことだけは覚えている。
というか、なぜ俺は首からハワイっぽい花の輪……レイだっけか。レイを五本も提げているんだろう。糸島の新しい風習だろうか。謎だ。
「ああ、そのレイなら裕夏がさっき引っかけてたわよ。学校行事の余りだって」
「なして……?」
「『三日酔いのにーちゃんを起こさずに何本のレイを首に通せるかチャレンジ』だって。手持ちの五本全部かけてガッツポーズしてどこかに行ったわ」
「あのポメラニアン……。次の土産は長野名物ハチノコを化粧品のパッケージにギッシリ詰めて渡してくれようか」
「裕二ってたまに人の心を失うわよね。さすがの裕夏も号泣もんだわ」
憧れのコスメだと思って開けたら、箱にみっしりと白いイモムシが詰まっているわけだ。
ほんとにやったら誰だって泣く。俺だってたぶん泣く。
「それで、ミオさんは?」
「飲めない酒を飲んでたからねー。チェックアウト時間いっぱい、十時くらいまではホテルにいるんじゃないかしら」
「ってことはそろそろ連絡が来る頃合いか……」
スマホを見れば午前十時半が近づいている。昨日は何時に寝たか覚えていないが、少なくとも日は上っていたからこれでも早起きを褒められていいはずだ。
“プルルルルル”
「お」
噂をすれば影。スマホの着信画面には『早乙女ミオ』と表示されている。
“ピッ”
「もしもしミオさん、おはようございます」
『お、おはよう……。松友さん、大丈夫? 生きてる?』
「愛するミオをのこして逝けるわけないだろベイビー」
『ゔぇ!?』
「姉ちゃん、横からくだらんこと言わんでくれ頼むから……。ミオさんも騙されないでくださいよ。声がぜんぜん違うでしょうが」
『え、けっこう似てたよ……?』
「はい?」
俺ってあんな声なのか。自分だとよく分からない。
「はっはっはー、ウチけっこう音域広いからね。家族内ならじいちゃん以外の声は出せるわよ」
なんだそのいらない特技。
「なんだそのいらない特技」
「あんた、今心の中で思ったことが思わず口をついて出たわね」
なぜ分かる。さすが姉妹。
「まあともかく。ミオさんも少し飲んだそうですが、調子はどうですか」
『それは大丈夫。食欲はあんまりないけど』
「いや、体調もそうなんですが。ホテルでそろばんと納豆を間違えて不審者扱いされてないかと心配で」
『されてないよ!? なにそれ、そんなまちがいする人いるの?』
ミオさんはお酒が入ると記憶が飛ぶタイプらしく。
風邪を引いた翌日にたまご酒を作ろうとして手順を間違え、日本酒をイッキ飲みして奇行に走ったことは覚えていない。
「ミオさん、昨日のことはちゃんと覚えてますか?」
『お、覚えてるよ!? まず、裕夏ちゃんと天神でコスメ選んで、パンケーキ食べたでしょ』
「ちゃんと覚えてますね」
『あと松友さんが龍の巻き付いた魔剣で魔術を使おうとして』
「それは忘れていいやつですミオさん」
というかやったのは昨日じゃなくて十年も前だ。時効だ時効。
『千裕ちゃんに誘われて居酒屋に行って、イカとかいろいろ食べて』
「千裕ちゃん」
裕夏に続いて千裕姉とも打ち解けたようで結構だが。ミオさん、そんなにすぐ人と仲良くなれるタイプだったっけ。
『松友さんがどこかで知り合った高校生のお姉さんにプロポーズしようとしたけど果たせなくて』
「姉ちゃん!?」
「ごめーんち☆」
「色々キツいわ! 人の小学校時代の黒歴史を晒してそんなに楽しいか!?」
「ごめん、超絶楽しい」
そういう法則か。
こいつら、姉妹そろって俺をダシにミオさんと親交を深めてやがる。
『あの、松友さん? 愛に歳の差なんて関係ないかもだけど、未成年はやめたほうがいいと思うよ……?』
「今はやりませんよ。ミオさんの中で時系列がぐっちゃぐっちゃになってるじゃないですか」
やっぱりアルコールの影響が残っているのかもしれない。これはさっさと合流して別のことで記憶を上塗りしないと危険だ。
「ミオさん、今どこですか? 迎えにいきますからじっとしててください」
『えっと、今は九大学研都市駅? の前なんだけど。なんか休憩所みたいなのがあったからそこにいるよ』
あの駅前には、バスの待合所や案内所を兼ねたシャレオツなプレハブ小屋がある。
雨の日などは九州大学の学生が集まって平均偏差値を叩き上げているが、基本的にはゆったりとしたスペースだ。とりあえず熱中症とかの心配はないだろう。
「じゃあ、これから向かいますんで」
「……と、言ってる裕二がいるけど、死体なので動けません。なのでウチが行くねー」
『千裕ちゃん、いいの?』
わずかな隙をついてスマホを奪われた。いつの間にか手にしていた車のキーをくるくるしながら、勝手に話を進めている。
「ちょ、姉ちゃん」
「ミオミーは姉ちゃんに任せてあんたはもう少し寝ときなさい。そんな真っ青な顔、彼女に見られたら百年の恋もさめるわよ?」
「ミオミーって……。なんで一晩でそんな仲良くなってんだよ」
「あら、もうすぐ私の年上の義妹になるかもしれない相手よ? 仲良くして悪いかしら?」
「悪いってこたないが……」
それに、と付け加えながら、千裕姉は廊下を軋ませて玄関へと向かう。
「それに血縁関係とか差っ引いてもね、覚えておきなさい裕二。
秘密を共有した女ほど怖いものはないのよ」
『昨日、ふたりでいっぱい話したもんねー。松友さんのこと、わたしも少しだけ分かった気がするよ』
「え、分かったって何がですかミオさん? 姉ちゃん、まさか全部俺の黒歴史ってことないよな!?」
「さあ、どうでしょーねー」
『どうだろうねー』
「ミオさん!?」
「ま、そんなウチらからひとつ言っとくとすれば」
「え?」
「もう少し、年上を頼りなさい。あんたは弟なんだから」
「意味が分からん! おーい!」
俺の叫びも虚しく、千裕姉は玄関から光あふれる八月の空の下へ出て行った。
松友さんの姉、千裕編でした。
次は閑話を挟んでじいちゃんばあちゃん編。じいちゃんが標準語できる理由が明らかに。どうでもいい? 正直わかる。でも書く。ごめんな!
そしてそして、感想が500件を超えました! 楽しみに読ませていただいています!
評価人数も気づけば1760人。ここまで来たら2000人の大台を目指すべく、
「評価したぞ! さあ娘を返してくれ!」
と言っていただけるようがんばります。





