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早乙女さんは限界が近い

「みんなが持っとるショッパー……。ウチももらえた……!」


 小ぶりで高級感のある厚手の紙袋をぎゅっと抱きしめながら、裕夏は天神西通りを往く。


 裕夏の高校では、弁当箱なんかを入れるのに化粧品店やアクセサリー店の紙袋を使うのが流行っているらしい。俺の頃にもやっている女子がいたがブーム再燃したのだろうか。


「そんなにガードしなくても、誰も盗らないぞ」


「はーーー、しゃーしか。にーちゃんはすーぐそげん言う」


「ふふ、男の子には分からないわよね、この気持ちは」


「ねーーー!」


 みんなと同じものを手に入れられたこと。


 そしてミオさんに教わって自分の目で選んだこと。それが嬉しい、のかもしれないが俺には分からないらしい。


「ちなみにミオさんから見てどうでしたか、裕夏の選択は?」


「いいセンスをしてるわ。自分の欲しいものと、自分にできることと、世間が求めるもの。それが分かるように教えたらしっかりバランスのとれた回答を出してくる。


 案外、裕二さんに似て理論派かも」


「俺ってそんなに理論派ですかね?」


「仕事の関係者には感覚派も理論派もいるけど、裕二さんはだいぶ理論寄りよ?」


「にーちゃんは中二病っぽいだけやん?」


「ほー、それが分かるか裕夏。さすが中二で成長が止まっただけあるな」


 理屈を使う理系をとりあえずオタクとか中二病と表現するJK語族、許すまじ。


 ちなみに裕夏の身長は一五〇センチ弱だ。一四〇台半ばの村崎ほどではないにしても割と小さい。


 もう伸び止まっていることを考えれば、大人になる頃には立派なちんちくりんが出来上がるだろう。


「中身は育っとうしーー。ねーちゃんとおんなじ遺伝子もっとうしーーー」


 千裕姉は身長一六四センチあってスタイルもいい。学生時代は男より女にモテたとも聞いている。


 姉妹で十五センチも差が出るのだから生き物というのは面白い。


「肉体的な女らしさは、全て姉ちゃんに吸われたんじゃないかと本気で思ってる」


「は?」


「その殺意の波動に目覚めたポメラニアンみたいな顔をやめろ」


 身長を差っ引いても、やはり道行く女子高生たちと比べて裕夏の子供っぽさは際立っている。服装も仕草も、知らなければ中学生どころか小学生だ。


「ふふーん、でもウチもこれ買ってもらったしー! これで三歳ぶんくらいは大人に見えるけんね」


 陽の高い空に戦利品を掲げる。コーティングされた紙袋が日光を反射してキラキラ輝いている。


「ああ。お前も、そこから先に進めるといいな」


「……? 何言いよるん?」


「お前もミオさんを見習って少しは大人になれって言った。せめて中学生に見えるようになろうな」


「早乙女さん、にーちゃんは修学旅行で買った聖剣に龍ば巻き付いとるキーホルダーを、マジックで描いた魔法陣に乗っけて魔術師になろうとしとったことがあります」


「おい。いやいやいやおいおいおいおい」


 なんて反撃をするんだこいつ。それをここでバラすのかこいつ。人の心がないのかこいつ。


「えっ……」


「は、ははは、昔の話ですよ」


「ほんとにやったんだ……」


 福岡に自殺の名所ってあったっけ。


「あと小学校のとき、どっかで知り合った高校生のお姉さんに……」


「裕夏、昼飯食うか。なんでも好きなもの言っていいぞ」


「やたー! パンケーキー!」


 アホな妹ほどたちの悪い敵はいない。俺はそう学んだ。






「……で、さんざん遊んで食って帰りの電車に乗った瞬間に寝る。完全に子供ですね」


「いいじゃない。楽しんでくれた証拠よ」


 ネットで調べた店でパンケーキを食べ、午後も天神のあちこちを巡って。流石の体力モンスターも疲れはてたのだろう。


 糸島へ向かう地下鉄の中、裕夏は俺の左肩に寄りかかるようにして寝息を立てている。電車に合わせて黒い髪が揺れると、ほんのりと、いつもと違う甘い香りがした。


「しかし、香水って選択肢は盲点でした」


 裕夏が選んだのはフローラル系の香水だった。店で試しにつけたものが今もふわりと漂っている。


 裕夏と反対側、俺の右隣に座るミオさんはそんな裕夏を優しげに見ている。


「予備知識はいるけど、それ単体で使えるし長持ちするアイテム。今の裕夏ちゃんには最適なものをよく選んだと思うわ」


「なるほど」


「裕夏ちゃんみたいな娘からとつぜんいい香りがしたら、惚れちゃう男の子もいるんじゃない? お兄ちゃんとしてはどうかしら」


「作ればいいんじゃないですか、女子高生なんだし彼氏くらい。優しくて気が利いて俺より賢い奴なら誰でもいいですよ」


「それは誰でもいいって言わないと思う」


「え、どこが?」


「裕夏ちゃんと付き合う子は大変ね」


 さて、そんな話をしている間にもミオさんの唇がちょっと震えている。


 裕夏も寝ているようだしそろそろだろう。


「お疲れ様でした。もう大丈夫ですよ、ミオさん」


 もう大丈夫と、なんの脈絡もなく言った俺の言葉に、ミオさんの肩がふにゃっとなった。


 的確な表現かは分からないが、とにかくふにゃっとなった。


 大人なミオさんが影を潜めて、家でいつもいっしょに過ごしている方のミオさんの顔が表れる。


「あままままま松友さん裕二さん」


「ミオさん、大きくすってーー」


「すーーー」


「大きく吐いてーー」


「はーーー」


「はい、どうぞ」


「わ、わ、わたし、できてた? お姉さんできてた? しょうもないこととか言ってなかった?」


「完璧でした」


「そ、そっか! わたしもズブの姉じゃないもんね!」


 なんだろうズブの姉じゃないって。いや、姉っぽいムーヴの経験者という意味なのはなんとなく分かるけども。


 昨日は役に立たないとか思ってすまない村崎。お前の存在は思わぬ形で効いていたぞ。


「でもミオさんがいてくれて本当に助かりました。俺だけだったら諭吉さん一枚渡して終わりだったでしょうし」


「役に立ったならいいけど……。裕夏ちゃん、これで自信持てるかな」


「こいつも苦労してますからね。祖父母も忙しいし、千裕姉さんもいつも面倒みてやれるわけじゃないですし」


 化粧というやつは自然とできるようになるものではない。らしい。


 その点で、両親が亡くなった時点で高校生だった千裕姉と違って、小学校で母親を失った裕夏には導いてくれる人がいなかった。


「お家の事情も考えたら、あれもこれも欲しいなんて言えなかっただろうしね」


「大人になるのも金がいりますから。なろうとすること自体に抵抗があったんでしょう」


「でも、松友さんも鋭いよねー。どうして裕夏ちゃんが気をつかって我慢してるって分かったの?」


「声、ですかね」


「声?」


 違和感を覚えたのは、声の大きさに気づいた時だった。


「あいつがバカでかい声を出すのって、祖父母が近くにいる時だけだったんですよ。ミオさんと話すときは常識的な音量なのに。あ、出会い頭は別としてですね」


 駅前で叫んだのはまあ、事故みたいなものだろう。


「ああ、言われてみれば」


「じいちゃんやばあちゃんが会話に乗れないことがないように、こいつなりの気遣いなんでしょう」


「そうだったんだ……」


「それで、こいつただのアホじゃないのかもと思って色々見てたら、って感じですね」


 生来の見た目の幼さ。


 家にWi-fiも飛んでない上に格安シムだから満足にネットを使えない情報格差。


 みんなが当たり前に持ってるものを揃えられない経済状況。


「子供っぽいというより、子供(ガキ)でいるしかなかったのかなと」


「そっかー」


「杞憂ならそれでいいと思って連れ出しましたが、あながち的外れでもなかったみたいです」


「う、うん」


「まあ、なんだかんだ妹ってのは可愛いもんですよ。高校を出ればできることの幅も増えますし、それまで少し気をつけてやればこいつも……」


「あ、あのね、裕二さん」


 裕二さん。


 偽装の呼び方をされて気づいた。甘い香りが強い。


 香水が強く香るのは、つけた人が近づいた時か動いた時。どちらも寝ていたらありえない。


 つまり。


「『こいつも苦労してますし』」


「おい」


「『こいつただのアホじゃないのかも』」


「お兄ちゃん怒りますよ」


「『妹ってのは可愛いもんですよ』」


「いつから起きてたてめぇ!」


「フッフゥゥゥーーーー!」


 あれだけ疲れても数分寝たら十分ということか。


 この体力モンスター、回復速度も人間離れしてやがった。


「くっそ、ガキ丸出しなことしやがって……!」


「ふふーん、女はギャップよギャップ。大人な女が子供っぽくふるまうけんいいっちゃろ」


「否定はせんがお前のは絶対違う」


「えっ、えっ、否定はしないの? えっ」


 それから糸島の市境を越えるまで、俺と裕夏は泥沼のような煽り合いを繰り広げた。電車に人が少なくてよかった。


 ミオさんはずっとおろおろしてた。

更新遅れましたすみません。


エピソード:裕夏はこれにて一段落。

また閑話を挟んで松友家長女、千裕のエピソードに移ります。


西通りプリンは神。

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