早乙女さんは共有したい
「今回、大手との取引でトラブルになりかけましたよね?」
「ああ、社長が大見得を切って引っ込みがつかなくなったとか」
海の家。
日本海側では浜茶屋と呼ばれたりもする施設でどうにか席を確保した俺たちは、押し寄せる肉体疲労を薄いテーブルにもたれさせながら昼食を待っていた。
一番、否、唯一元気な土屋がドリンクを取りに行っている間に、俺は村崎から会社の近況を聞いているところだ。ミオさんは……疲れ果てて机に突っ伏している。姉妹で金メダルを目指すテンションはとうに消え失せたらしい。
「大手側が圧力をかけたせいじゃないか、って疑惑で当局の監査が入ったそうです。ガサ入れです」
「マジか。下請法か」
下請代金支払遅延等防止法。ざっくり言えば、強い会社が弱い会社にパワープレイをしないよう取り締まる法律だ。
大手さんにしてみれば理不尽極まりない話だろう。いい年した経営者が美人にいいとこ見せようとして処理できる量の五十倍を申し出るなんて、どう予想して防げというのだ。
「まあ、さすがに原因を調べていったらウチの社長が悪かったことが分かりまして」
「分かったってか、バレたって言ったほうがええかもしれんがな」
「ああ、おかえり。任せて悪いな土屋」
「早乙女さんのアイスコーヒーのついでやからな。ほいコーラ。村崎はアイスティーな」
「ありがとうございます」
クールな顔のまま、村崎はアイスティーを一息で飲み干した。ずずず、と音をさせながら首をかしげると、思ったより氷が詰まっていたカップをうらめしそうに見つめている。
「喉、乾いてたんだな村崎……。それで、結局どうなった?」
「社長の首がアンパ○マンしました」
「すげ替わって会社が元気百倍、と」
「ひとまず前社長の奥さんが席についとるけど、近いうち正式に新任が決まるっちゃないかな」
「後任人事すら待たずに即刻クビだったと。マジかー」
思ったより大ごとになっていたらしい。他人事のように言ってしまったが、俺もあの会社に留まっていれば渦中にいたことだろう。
いや、俺がミオさんに引き抜かれたのが全ての始まりだったわけだから無意味な仮定か。
「でな? まあその辺はお偉方のこととして、本題はここからよ」
「本題?」
「当局ってことは、お国に目をつけられたわけやろ?」
「まあ、そうだな」
「これはウチもブラック企業ば卒業せんとお取り潰しになる、てなわけで、まずは年間休日数に手が入って……な!」
「ですね!」
「どうしたの?」
心は子供になっても身体は追いつかず、体力を使い果たして突っ伏していたミオさんが、アイスコーヒーの冷気に当てられたのかゆっくりと顔を上げた。
「聞いてください早乙女さん! なんと!!」
「夏休みが!」
「三倍に増えたんですよ!!」
「三倍!? すごいじゃない! バカンスとかいけるんじゃないの?」
目を丸くするミオさん。
でも違うんです。“元”が違うんですミオさん。
「なんと一日だったのが三日に!」
「土日と合わせて五連休ですよ! ふぁいぶ・でいず・ばけーしょん!」
「そ、そうなの。よかったよかった」
「ミオさん、彼らの戦いは始まったばかりなんです」
ちなみにミオさんだが、例の件で土日に出勤したぶんの代休を使って来ている。俺もミオさんに合わせて仕事したので代休扱いの四連休だ。
夏休みは八月のお盆に五日間、さらに前後で有給取得を推奨されているとかで土日含めて十連休が予定されている。十連休だ。初めて聞いた時は俺も理解が追いつかなかった。
そんなミオさんがブラック企業の休日事情に引くのも無理はない。でも、初年度でこれだけ変わったのだから会社も本気だ。
来年以降はもっと良くなっていくに違いない。
「しかも、前社長とズブズブやったのをいいことに好き勝手しとったハゲップチも一気に窓際やしな。少しはおとなしくなるやろ」
「ああ、そういう影響もあるか。……ハゲップチ?」
「更新されました。ハゲカッコウ課長あらため、今はハゲップチ課長です」
「……ああ、ハゲと崖っぷちでハゲップチか。やっと理解した」
仕事を托卵できなくなって、カッコウを返上できたと思ったら崖っぷち、と。毎度毎度、誰が考えてるんだろうあのあだ名。
「それもこれも、早乙女さんのおかげですけん!」
「い、いえ、それは結果論で……」
「だとしても、早乙女さんのおかげで会社が良くなってるのは確かですから!」
「そっか……そうなんだ……。そっか」
解決したと言っても、やはりミオさんの心にはまだトゲが刺さっていたのだろう。その後も含めて良い方向に転がっていると分かって安心したに違いない。
「お待たせしましたー! メガ盛オムそばとアメリカンドッグ四本でーす!」
しんみりした空気になったところで、俺の後ろから声。水着の店員さんが注文の品を届けてくれたらしい。
「は?」
「えぇ……?」
「土屋? 村崎? どうした」
「はい、横から失礼しますねー」
俺の脇を抜けてテーブルにゴンッ、と載せられた皿をみて、土屋と村崎が固まった理由が分かった。
「シェアした方が安いってことでメガ盛にしたが……」
「こげんなるか……?」
ソースの焦げた香りが漂い、被せられた卵はほどよく半熟で黄色が目に楽しい。食欲をそそるオムそばなのは間違いない、間違いないが。
多い。
とにかく多い。
こういう海の家とかだと、メニューの写真と比べてしょぼくれたものが来るのが普通だと偏見で思っていたが。なんで写真より増えてきてるんだ。
思考が停止した俺たちの中で、一番に我に返ったのは意外にも村崎だった。
「と、とりあえずいただきましょう。冷める前に!」
「そうだな! はい、ミオさんも好きでしたよね、オムそば」
「う、うん」
皿に盛ってミオさんの前に置いてあげると、なぜか上目遣いで見つめられた。
「ミオさん?」
「その、すごくおいしそうなんだけど……いくつ?」
いくつ。
一見すると意味不明な質問。だが俺とミオさんにとっては共通の意味を持つ。この二週間で暗記した数値を元にざっと計算して、俺は親指を上に向けた。
「午前中の運動で、余裕のセーフです!」
言うまでもなく、カロリー計算である。
「い、いただきます!」
ぱあっ、と音のしそうな笑顔で割り箸を手に取ると、ミオさんはオムそばを口へ運んだ。
「おいしい、おいしいよおいしい」
「まだまだありますから、よく噛んで食べるんですよ。アメリカンドッグもありますからね」
「うん!」
ほんとは僅差でアウトだったけど。この幸せそうな顔を曇らせることなど俺にはできない。
東京に帰ったら、豆腐を買い足しておこうと思う。
「海まで来て映画かー?」
「私はいいと思います。あまりビーチにばかりいても日焼けしますし」
「食休みもしたかったからちょうどいいわね。……休みになるといいけど」
昼食後、ビーチで遊ぶ体力はないと判断した俺たちは宿へと戻ってきていた。
音楽でも流すか、と持参したノートパソコンを起動しながら、俺はミオさんが持ってきたブルーレイを取り出した。
「これだ。『君の膵臓、下から食うか横から食うか』」
「なんそれ。ホラー映画なん?」
パッケージには、手術衣を着た男が暗闇の中に立つ姿が映し出されている。
「私が取引先の方から貸していただいたものよ。映画好きの人で、これの前にも隠れた名作を貸してくださったの」
隠れた名作。たしかに『死霊のボンカレー』にはあれだけ叫ばされたわけだから名作に違いない。ホラー映画としてだが。
ミオさんとしては少しでも多人数で見たくてわざわざ持ってきたのだろう。
「私も映画は好きなんですよ。楽しみです!」
村崎のわくわくした顔に、先輩としてちょっと心が痛む。
「じゃあ、再生するぞー」
そして、九十分後。
「うぇっ、ぐず……」
ミオさんは泣いていた。
「うおおおおおお……!!」
土屋も泣いていた。
「びぃええぇぇ……!」
村崎も泣いていた。
「ぐっ、ごんな、ごんな見え透いだ伏線で……!!」
俺も泣いていた。
油断した。
完全に油断した。
「ごんな名作医療ドラマが、どうじて無名なの……?」
『君の膵臓、下から食うか横から食うか』。ホラーじゃなくて医療モノだった。
患者を切ることを『食う』と表現するはじかれ者の外科医が、膵臓に難病を抱える恋人を手術する、というストーリー。
メスを下から入れるか横から入れるか。主人公がひとり苦悩する姿に涙せずにはいられない。
「手術の難しさすら他人には理解されない孤独がパッケージに表現されてたのね……。なんて哀しい天才なの……」
「でも、でも、奇跡って起こるんですね……!」
「これは奇跡やないぞ村崎、センセイの不断の努力と不屈の精神が紙一重を分けたんやろうが……!!」
「理由なんざどっちでもいい。あの子が助かったのが全てだ……!」
予想外にも水分を消費したが、いい休息になった。
これなら夕方以降の予定は変更せずに済みそうだ。
「ぐずっ、この後はどうするんだったかしら?」
「夕食は宿にバーベキューを予約してあります。それが十七時スタートで、暗くなったら……土屋、ちゃんと買ってきたな?」
「おう、当然よ」
「場所とか大丈夫なんですか? 最近の海岸は禁止の場所も多いそうですが……」
村崎が不安そうな顔をするが、そこは抜かりない。
このためにきちんとスペースが確保されている宿を調べてきたのだ。
「夜は、花火です!」
夜も更新します。それにて、第一章完結となります。
もう二千字、お付き合いいただけると幸いです。





