早乙女さんは世界を狙いたい
「いきます!」
「ええ、いらっしゃい!」
豆腐生活の甲斐あってかなくってか、無事に海へ来ることができたミオさんは村崎とビーチボールでバレーに興じている。ラリーが二回以上続かないものをバレーボールと呼んでいいのかは知らないが、なんというか、すごい。
「よか……」
「そうだな……」
すごい揺れる。ミオさんが飛んで跳ねるたび、何がとは言わないがゆっさゆさ揺れている。
あっちへこっちへとボールを転がして拾いに行くごとに、ボールといっしょに周囲の視線を持って帰ってくるほどだ。夏の日差しに映える白い肌と、黒地にリーフ柄のパレオ付き水着のコントラストがとにかく美しい。
同じくボールを追いかける村崎も、ライトパープル基調のワンピース水着が小さく細い身体に似合う夏仕様だ。焦げ茶の髪をまとめるシュシュが、いつものシンプルなやつから白のフリル付きに替わっているのがいいアクセントになっている。
「土屋は参加しなくていいのか? スポーツは得意な方だろ」
「そりゃあ、オレも参加したか」
そんな二人を、俺と土屋はパラソルの下でぼけーと眺めていた。
「だろうな」
「でもな、待っとる」
「何を?」
「ナンパよ」
「されたいのか」
土屋の貴重なナンパ待ちシーンだったのか。
「何ば言いよんのマッツー」
「すまん、俺も自分で言って無いなって思った」
「早乙女さんたちがナンパされるんを待っとるに決まっとろう」
「……なるほど、理解した」
それだけで伝わるのが夏の男の会話だ。
開放的な夏の海。明るい日差し。笑顔はじける水着の美女。
あくまで想像だが、こんな状況ではきっとこういうことが発生する。
「チィ~~~ッス! お姉さんたち二人だけ~?」
「な、なんですかあなたたち。早乙女さんに何か用ですか」
「お姉さんたちの美貌にずきゅーんされた真夏の野郎コンビで~す!」
「俺らこれから水上バイク乗るんだけどぉ~? いっしょに来ねぇ?」
「えっと、私たちそういうのは、その……」
「ダイジョブダイジョブ、怖くないって~! いっぺん乗ったらやみつきだから、ほらほら!」
「ちょっと、そんな強引な……!」
「あばばばば……」
急に現れた強引なチャラ男たちに戸惑うミオさんと村崎の様子が、ありありと想像できる。
「そういうこと、起こるな」
「ああ、絶対起こるわ」
「そこで俺らの出番か」
「オレらの出番よ」
何やら揉めている様子の四人に、俺が歩み寄る。
「ミオさんに村崎も、どうかしました?」
「チッ、男連れかよ。でも貧弱そうだし勝てるんじゃね」
「ちょ~っと水上バイクにお誘いしてただけで~す! お姉さんたちも乗ってみたいって言ってま~す!」
「わ、私も早乙女さんもそんなことひと言も……」
「彼女はそう言っていますが」
「おいおい空気読めよ~? ちょっとくらいいいだろ~?」
「独り占めはよくないって小学校で習わなかったかな~?」
「……貴方がたこそ、女性をもののように扱ってはいけないと幼稚園で教わりませんでしたか?」
「チッ、うるっせえな。黙って三歩下がりゃいいんだよ!」
「二歩進んで三歩下がるのが人生だろうがよオォン!?」
「松友先輩ぃ……」
「む、無理しないで」
「大丈夫ですよ二人とも。むしろ、俺の仕事は止める方かと」
(ガシッ、と力強い手がチャラ男たちの肩を掴む)
「よぉ、オレの友達がどげんかしたか?」
「ひっ」
「渡辺謙!?」
「どげんかしたか、って聞いとろうが!!」
「す」
「すみませんでした~~~!!」
(逃げていくチャラ男たち)
「ふう、行きましたか」
「まったく男の風上にもおけん奴らやな」
「先輩かっこいい!」
「素敵……!」
「……と、こうなるっちゃん。なるに決まっとる!」
「待て、お前のどこに渡辺謙さんのシブさがあるんだ。ホモ・サピエンスのオス個体ってとこしか合ってないだろ」
「夏の魔力よ」
「どんな夏だよ。ハワイ四島が合体するくらいの魔力がいるぞ」
「まあ端々はともかく、だいたいそんなような感じになるやろ。早乙女さんと遊ぶんはそれからでも遅くなか」
余裕の態度で構える土屋をよそに、ミオさんと村崎は周囲の視線を集めつつもビーチバレーに熱中している。玉のようにはじける汗が健康的で爽やかだ。
「今度こそいきますよ、姉さま!」
「ええ、私を信じて打ち込みなさい!」
ミオさんが姉口調になっているのは気づいていたが、村崎もいつの間にやら妹モードに入っている。ウノマの時もそうだったし、テンションが振り切れると普段は口にできないようなことも言えてしまうのが人間のサガなのだろう。
夏、おそるべし。
「サーブ!」
「レシーブ!」
「トス!」
「トス!」
「回転レシーぶへっ」
村崎が砂に突っ込んだ。顔面から。
素人が砂地で回転レシーブは無謀だろうに。
「だ、大丈夫?」
「平気です! それよりついに四回です、ラリー四回!」
「新記録ね!」
「これは東洋の魔女を超える日も近いですよ!」
「東京五輪の予選っていつからだったかしら」
「私たち姉妹の名前が、オリンポスの神々に覚えられて永遠のものになるんですね……!!」
志が高い。すさまじく高い。
思わずツッコミを入れそうになりつつ、姉妹水入らずのところに割って入るのも野暮かと思って腰を下ろした。
そんな俺の隣では、さっきまでと打って変わって眉間にシワを寄せた土屋が何やら唸っている。
「どうした土屋。かき氷でも食いすぎたか」
「おかしか。これは何かがおかしかぞ」
「え?」
「日本のナンパ師は大変に優秀で、本来は美女を見たら五分以内にナンパするよう脳みそが設計されとる」
「さすがにナンパ師の皆さんに失礼だと思う」
「美女の気配を察知した一分以内には、もう『お姉さんひとり?』か『納豆にネギ入れるタイプ?』のどっちから入るかを計算しとると言われとる」
「おい」
「やのに未だ『チィ~ッス』の声すら聞こえんとは……。これは絶対におかしか。何かあったに違いなか」
「なんば言いよんのお前」
思わず方言が出たが、実際これはちょっと不思議だ。
ミオさんはどう見たってスタイル抜群の美女だし、村崎にしても見た目が幼いだけで十分にかわいい顔をしている。
それが真夏のビーチに二人っきりでいれば声のひとつやふたつや十や二十はかけられそうなものなのに、未だゼロというのはどういうことだろう。
「……うん?」
疑問に思って初めて気づくことが、世の中にはある。
「どしたんマッツー」
「いや、周りの視線がな」
ミオさんと村崎はたしかに視線を集めている。
でもそれは他の水着美人たちが向けられているものと違って、どこかギラギラ感が薄いというか、ほほえましいものを見るようなというか。
「妹のつないだこのボール、姉として必ず拾ってみせあばっ」
「砂山に頭から!? う、ウェットティッシュいりますか姉さま!」
「……そういうことか」
「なんや、いつもの観察力でなんか分かったんか」
「いや、単純な予想なんだが」
「おう」
「あれ、家族連れで来てる姉妹と思われてるやつだ」
「あ」
近くにお父さんとお母さんが同伴しているであろう姉妹をナンパする。それすなわちマナー違反にして自殺行為。
夏のテンションとミオさんの願望が生み出した姉妹設定が、図らずも二人を守っていたのだ。
「……普通に混ぜてもらうか、マッツー」
「俺もそれがいいと思う」
正直、ナンパから助けるやつは俺も一回やってみたかった。とはいえ、ミオさんたちに不要に怖い思いをさせることもないわけで。
昼前に体力が尽きるまで、四人でビーチボールを追いかけ回した。
ジェットスキーって書こうと思ったらカワサキモータースさんの商標だと知って水上バイクに変えました





