早乙女さんに、おかえり
「俺が見つけた時点で、あーちゃんの原型はほとんど残っていませんでした」
ミオさんが落ち着くのを待ってリビングから玄関に現れた俺を、ミオさんの濡れた瞳が見上げている。
「やっぱり、松友さんがこれを?」
「ええ。村崎と手分けして見た目を整えて、あ、名前の部分は残すべきって言い出したのは村崎なんですよ。自分で書いた名前は一生ものなんだ、って」
「村崎さんが……。でも、声まで残ってるなんて」
「そこはまあ、土屋を褒めてやってください」
自分も忙しいのに例の業者へ出向いて、土下座までして超特急で音声データを修復してもらったのは土屋の手柄だ。
スマートじゃないからミオさんに知られたくない、という本人の意思を尊重して詳しくは言わないでおく。
「土屋さんまで? なんで、そんな」
「俺に訊かれても分かりません。だから、直接聞いてください」
「え?」
通話中になっているスマホを差し出す。戸惑うミオさんの手に握らせて、耳元へ。
通話の相手は言うに及ばず。どうやら俺もハ○センボン春菜を飲まされずに済みそうだ。
「も、もしもし。お電話代わりました」
『もしもーし、早乙女さんですかー?』
「はい、あの、早乙女、です」
『うおお、お久しぶりです土屋です! 聞いてくださりましたか、見事に蘇ったあの人形の声! こら村崎押すな、順番やぞ順番』
「あの子の声は、土屋さんが……?」
『いやー、一個しか修復できんですみません! 俺の高度な交渉術をもってしても、壊れとるもんは直せんって言われまして……!』
「そんな、一個でも十分すぎて」
あのぬいぐるみ『あーちゃん』は喋るぬいぐるみだ。とはいえ二〇年前のおもちゃに、PepperくんみたいなAI会話機能が積まれていようはずもない。
四種類の音声、
『オハヨウ』
『イッテラッシャイ』
『オカエリナサイ』
『オヤスミ』
ボタンを押すとこれらを順に再生する。そういう機能だったらしい。
その四つのうち、破損した半導体から修復できたのは『オカエリナサイ』だけだったと、そういうことだ。
『でもよかったですねー早乙女さん。分かりますよー、ガキの時分になくしたオモチャってのはどーにも忘れられんですもんね。二〇年ごしの再会に花を添えられてオレも鼻が高かです。あ、今のは花と鼻をかけた秀逸な……』
「あ、あの!」
舞い上がって喋り続ける土屋を、ミオさんの思いつめた声が遮った。
『ん、どげんかされました?』
「私、土屋さんと村崎さんに、謝らないといけないことが……!」
このつもりで、用意していたのだろう。
時々詰まりながらも、ミオさんは自分のしたこと、起こったこと、片のついたことを整然と話していく。土屋は、それを黙って聞いていた。
「だから今回、土屋さんと村崎さんの会社が経営危機になったのは、元はと言えば私が原因で……!」
『マジか』
「はい……。本当にごめんなさ『あのやり手のマーケターって、早乙女さんやってん!!』
はい?」
早乙女さんは「What?」という顔をしているが、正直まあ、こうなるだろうと俺は思っていた。
『部署でも大評判ですよ! ごっつ美人なマーケターが、あのどうしようもなか状況を一発でひっくり返したって! いやー、この度はウチの社長が面倒かけてすんません!』
「は、はぁ。ご丁寧にどうも……?」
『村崎ィ! 噂の美人エリート、誰やったと思う!? おい、そこは空気読んで『誰ですか?』って聞くとこやぞ。そや、早乙女さんやったんよあの人!!』
今回の件だが、土屋たちの視点だとこうなる。
いつも自分たちを振り回すワンマン社長が、大手企業相手にやらかして顔面蒼白の青息吐息。そこに颯爽と現れた美人エリートが全てを円満解決して社長の面目丸つぶれ。
さらに言うならこの大口取引のおかげで次のボーナスに期待が持てるわけで。
「まあ、ミオさんへの感謝のほうが勝ちますよね」
「なんで……?」
『てか、この案件は早乙女さんとの共同作業ってことやんか! よっしゃ漲ってきたーー! 今後ともよしなに!!』
「こ、こちらこそ何卒よろしくお願い致します?」
『おし、事務所に戻るぞ村崎! 早乙女さんが膳立てばしてくれたっちゃけん、こっからはオレらの仕事ぞ!』
『え、土屋先輩!? 私まだ何にもお話ししてないですよ!?』
「村崎さんも……」
『こ、この度はご旧友との再会をお祝いするとともに、弊社の危機を救ってくださったことにお礼の言葉もございません。以後も先日の義姉妹の誓いを胸に……』
『村崎、長いそして硬い!』
『えっ、あっ、さっ、早乙女さん!』
「はっ、はい!?」
『あーちゃんと会えて、本当によかったですね! また今度、ちゃんと直ったのを見にいきますから!』
「み、ミルクティーを用意しておきます!?」
“プツッ、ツー、ツー、ツー、ツー”
「切れた……理由とか何にも聞けなかった……」
「落ち着きって言葉を知らないのかな、あいつらは……。村崎の名誉のために補足すると、あーちゃんを修理したのはほとんどあいつなんです」
俺が受け取ってきたあーちゃんは布も中綿もボロボロで、ほぼ全て交換しないといけないのは素人目にも明らかだった。
村崎はそんなあーちゃんを分解し、部品を型紙におこした。そこから手順を決め、俺にもできる作業をピックアップしてくれたのだ。
「昼は俺ができるところをやり、夜は村崎が難しいところをやる、って形で進めまして。おかげで昨日どうにか完成したんです」
「そこまで手間をかけて……」
「機械が入ってるタイプは村崎も初めてだったそうです。だいぶ苦労してましたから、今度会ったらよしよししてやってください」
今度会ったら。
そう、二人はまたミオさんと会うつもりでいる。会うつもり満々でいる。
「また、会ってもいいのかな」
「ええ、いいと思います」
ミオさんは、人の言葉を信じられない。口約束を受け入れられない。俺だって雇用契約まで結んでこうしている身だ。
仕事ならそれでいい。でも、友達を契約することはできない。
ならば。
残る選択肢は『行動』だけだ。
「もうちょっとだけ、会ってもいいのかな」
「ミオさんさえいいのなら、ちょっとと言わずいくらでも」
人は行動で示されたことを信じる、そういう風にできている。ミオさんもそれは変わらないだろうし、土屋と村崎ならきっとミオさんのために行動してくれるに違いない。それが俺の賭けだった。
どうやら、その賭けは俺の勝ちでいいらしい。
「もう一回だけ、会ってみよう、かな」
「ええ、そうしてやってください」
ミオさんは、また少し強くあーちゃんを抱きしめた。すぐには無理でも、これでミオさんの人間不信も改善に向かうだろう。
信じられる友達が、なんせ二人もできたのだから。
「でも、その前にもう一回だけ電話しないと。いつならいいかな……?」
「今の仕事が落ち着いたタイミングで、夜の時間帯なら迷惑じゃないと思いますが。何か用事ですか?」
「さっき、『ありがとうございます』って結局言えなくて。無礼な奴だと思われてるかもしれないし、ほら、親しき仲にも礼儀ありってことわざが」
「……ははは」
やっぱり、まだまだ先は長そうだ。
さて、ともあれこれで一件落着……と言いたいところだが。もうひとつだけ付けておかないといけない『けじめ』がある。
「ミオさん」
「うん、なに?」
「実は俺からも、ミオさんに謝らないといけないことがありまして」
「え、どうしたの?」
俺がつけないといけないけじめ。それはあーちゃんを手に入れるまでのこと。
「あーちゃんの手がかりが欲しくて、卒業アルバムや日記を見たり、小学校時代の同級生に連絡をとってしまいました。できれば修復も相談してからにしようと思っていたんですが、さすがに見せられる状態じゃなかったので勝手に……すみません」
ミオさんのためを思ってのことでも、約束破りには違いない。それどころか訴えられたって文句を言えない行為なのは前述の通り。
頭を下げる俺に、ミオさんはしばらく首を傾げたあと、くすりと笑った。
「勤務態度の悪い従業員ね」
「返す言葉もないです。俺がこの仕事に就いて一ヶ月が経ちますし、普通の会社なら試用期間が終わる頃合いですよね。どうでしょう、こんな社員の正式採用は見送りですか?」
我ながら意地の悪い質問だと思うが、俺だってけっこうがんばったのだ。
ここは、雇用主の口からはっきり聞いておきたい。
「ううん、辞めさせない。辞めてほしくない」
「出迎えなら、もうあーちゃんがやってくれますよ?」
「それでも、私は松友さんに言ってほしい」
そうまで言われちゃ、仕方ない。
「分かりました。これからもよろしくお願いします」
「うん、よろしくお願いします」
「では早速ですが、今日の仕事をさせてください。ミオさんが先に言ってくれないと俺は業務遂行できませんので」
「ふふ、そうだったね」
ひとしきり笑って、ミオさんはドアの外へ。
律儀にエレベーターを下まで降りて、また上って。廊下を足早に近づいてくる足音が聞こえて、『六〇三』と刻印された玄関のドアが大きく開いた。
「ただいま、松友さん!」
月三十万円もらって玄関で出迎える。それが俺とミオさんの雇用契約。
従業員として、同時に少しだけ友人として、俺は今日もこの言葉を贈る。
始めるまでは想像もしなかった珍奇な仕事だけど。
「おかえり。今日もがんばったね」
この仕事は、とても楽しい。
これにて、あーちゃんを巡る物語はいったんおしまいです。アニメならたぶん3話らへん。
四つ星くらいはもらえると信じ……たい。
さて、「季節イベントやるって言ってたのにスプラッター映画しか観てないじゃねぇか金返せ」という方。
何を勘違いしている? 『ようやく季節イベントができるぞ七月編』はまだ終了していないぜ!
というわけで、しっとりした後は明るい話。次回、夏を満喫します!





