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早乙女さんは今日も遅い

「これで今週は毎日九時超え、か」


 さすがに身体を壊したりしないか心配になってくる。そこまで考えて、毎日終電だった俺が言うことではないな、と変な笑いが出た。


 九時一〇分を指す時計から視線を下ろし、郵便物の整理を再開する。


 個人的な内容のものを除いてもダイレクトメールだけで相当な数が来るのが現代日本だ。こういう空いた時間にやっておくことが肝要と、ひとり暮らしを始めてすぐに思い知った。


「この部屋、ダイレクトメールが足場みたいになってたしな……」


 早乙女家でひとり待つ時間が増えたせいか、初めて窓を破って入った日のことを思い出しがちだ。


 ダンボールの壁、ペットボトルの沼の中を、動線を引くようにダイレクトメールが並ぶ光景は強烈だった。


「えー、火災保険、新しいカレー屋、不動産取引、これは大豆を使った健康食品? 普通に食え普通に。カイロプラクティック……は一応とっておくか」


 ミオさん、肩こりがするって言ってることがあるし。仕事でパソコンを使うせいだろう、きっと。


「こっちのハガキはワイン通販、次は新しいカレー屋、これは……同窓会の招待状?」


 モデルハウスの広告と重なっていた白地のハガキには、ある小学校の同窓会を開催する旨が書かれている。


「開催日は再来月か。ミオさん、こういうの出るタイプなの、か……?」


 どうも想像しづらいと思いつつハガキを滑っていた俺の目は、一番下に書かれていた名前で止まった。


『幹事:石島 未華子 (旧姓 渡瀬 未華子)』


 わたらせ みかこ。


「……みかちゃん?」


 ミオさんの日記に出てきた人物、なんだろうか。


「いや、いかんいかんぞ」


 詮索したい好奇心に駆られたが、勝手にやっていいことではないと思い直して『返事してボックス』にハガキを収めた。


 郵便物の整理を進めて山がほとんど無くなった頃になっても、ミオさんが帰ってくる様子はない。次は何をしたものかと思い始めた辺りで、テーブルに置きっぱなしにしていたスマホが震えた。


「ミオさ……じゃないか」


“ピッ”


『おーすマッツー。今よかとー?』


「どうした土屋。仕事帰りか? 残念ながらミオさんはいないぞ」


『はー? マジかー。囚われのオレの癒しはどこにあるとか……』


「……ああ、まだ帰れてないのか」


 前の職場だけあって、あの理不尽な多忙さはよく分かる。


 普段のミオさんも多忙な人だけれども、それは朝九時から夕方五時までスケジュールがみっしり埋まっているという意味の『忙しい』だ。


 計画性のない管理者に際限なく仕事を送り込まれて帰れない、という忙しさとは意味合いが違う。言うまでもなく土屋が置かれているのはこっちの忙しいの方だろう。


『んにゃ、むしろヒマ。適当な理由つけて会社の外まで息抜きに出たとこや。村崎は休みたがらんやったけん、コンビニにお使い行かせとる』


「なんだ、顧客待ちとかってことか? なんかトラブルがあって、その詳細が分かるまで動けない、とかそういう」


 勤めていた頃のあるあるを挙げてみたが、土屋の語る今の状況はちょっと違っていた。


『マッツー、去年のこと覚えとうや?』


「去年のって、どの話だ?」


『ほら、課長(ハゲカッコウ)がいらんこと言ったせいで』


「ハゲカッコウ」


『ああ、戻った』


「そうか、戻ったか」


『でな、そのハゲカッコウのせいでどげんしても無理な仕事ば降ってきて、誰もなんもできんくなって会社に居続けた日があったやん?』


「あー……」


「そう、『黒塗り工程表の月曜日(ブラッキー・マンデー)』や」


 忘れかけていた闇の記憶だ。


 営業がとってきた案件が気に食わず「私が手本を見せてやる」と息巻いて顧客に乗り込んだ結果、失言で絶望ノ匣(パンドラノハコ)を開いてしまい、処理できる量の一〇倍の仕事量が降ってきた。


 それでも一〇分の一はこなそうとした俺たちだったが、量が多すぎてパイプが詰まりを起こしたように何一つ回らなくなり、全員が虚無の顔でデスクに座り続けたというのが事件の概要だ。


 俺がミオさんに転職する直前には『黒塗り工程表の月曜日(ブラッキー・マンデー)』と名付けられていたと記憶している。なんでアレがあって早川(ハゲカッコウ)が課長に居座れたのかが不思議で仕方ない。


「また課長がいらんことしたのか」


『誰やと思う?』


「ん、課長じゃないってことか。じゃあ部長か?」


『Bの『部長』。ファイナル・アンサー?』


「……ファイナル・アンサー」


『では、これは破ります』


「原作に忠実だな」


 また懐かしい番組のネタを。


 世代的には俺らでギリギリ、一個下の村崎でも分かるか分からないかなんじゃないか。


『ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル』


「溜めるなー、おい」


『ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル』


「お前がヒマを持て余してるのはよく分かったよ」


 クイズ・ミ○オネア、好きな番組だったがあの溜めだけは未だに解せない。


『ざんねん~~~~!!』


「うっわ腹立つ」


 五〇〇万円くらいで間違えた時のみ○もんたの顔が脳内で再生された。


『正解はDの『社長』でした』


「あーそれと迷ったんだよなー。……今なんて?」


『Dの『社長』』


「朽木社長?」


『代表取締役社長・朽木なんとか氏がやらかしました』


 そこは覚えとけ。俺も忘れたけど。


「いや、マジか。トップか」


『なんでん、今までにないくらいでっっっかい取引の話が持ち上がって、テンションぶち上がって大見得切ったら引っ込みがつかんくなったらしい』


「課長で一〇倍だったのを、社長がやったら何倍なんだ……?」


『五〇倍くらいやない? 下っ端にはもう分からん』


「……超サ○ヤ人の倍率がそれくらいだったな」


『クリ○ンでフ○ーザ様ば倒せち言われとるようなもんやな』


 思った以上に危ない事態だ。下手をすると、いや、かなりの確率で会社が立ち行かなくなるくらいの。


 倒産、という未来が見えてくるくらいの。


「なあ」


『おっとマッツー、そげな主人公ぽいこと言うんはやめとけ?』


「でも……」


『マッツーがヘルプに来てくれてもな、どうこうなる話と違うけん。マッツーがデキるとかデキないとか、もうそういう問題やないんよ。ハゲカッコウでもそんくらいは分かっとるやろうし、マッツーは来んでよか。来たらいけん』


「ああ、悪い。つまらんことを言いかけた」


『悪いち思うなら、今度早乙女さんがおる時に電話よこしちゃりー』


「うーん、まあ、いいか」


 土屋は夜の早乙女さんをよく知らないはずだが、この前のウノマで多少はお互いの素も見えただろうし。夜に電話しても支障はないかもしれない。


『約束やぞ。嘘ついたらハリセンボン春菜ば飲ますぞ』


「こえーよ」




“ピンポーン”




『お、早乙女さんか?』


「ああ、悪い。飯とかあるから話すのはまた次にしてくれ」


『よかよか。こっちもそろそろ村崎が……おい、あいつコンビニの袋にみっちりメロンパン買ってきとるんやけど。夜食買ってこいって言われてメロンパンだけ買い占めるか普通』


「好きなんだろうな。付き合ってやれ」


『がー、オレも早乙女さんと飯ば食いたかー!』


 土屋の悲鳴を最後に通話を切り、玄関へ。


 鍵を開けると、今日はすぐにドアが開いて一週間を終えて疲れた顔のミオさんが覗き込んでくる。


「ただいま……」


「はい、おかえりなさい。今週は本当にがんばりましたね」


「うん……。お話ししてる声がきこえたけど、お電話?」


「ああ、ちょっと土屋から」


「そ、そっか。ふたりはなかよしだもんね。元気そうだった?」


「ええ、それはもう」


「村崎さんは?」


「電話には出ませんでしたが、とにかく相変わらずです。ふたりとも仕事は大変みたいですけどね」


 社長の件は、元社員の俺にも本来は教えたらアウトの社内情報だ。詳細までミオさんに話すわけにはいかない。


 幸い、ミオさんも追求する気がないらしく「……そっか」のひと言でパンプスを脱いで玄関を上がった。だいぶお疲れの様子で、さっぱり系の夕食にしたのは正解だったと思う。


「晩ごはん食べますよね? 今日はサバ一夜干しにかつお菜と油揚げの味噌汁ですよ」


「うん、ありがと。着替えてくるね」


「はい、ごゆっくり」


 今日も寝室へ向かうミオさんを見送り、俺は台所へ。骨の少ないサバを選んでグリルを点火した。


 土屋と村崎の名前を出した瞬間、ミオさんの表情が、ラインの引かれた目元が、ちょっとこわばったように見えたのが妙に気にかかった。

同窓会の招待状ってハガキで来るもので合ってますか

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公たちの住んでる場所は東京でしたよね? かつお菜は福岡でしか売ってないと思われますよ?
[一言] いや、むしろ「封筒で来る同窓会通知」こそ有り得ないでしょ・・・。 「往復はがき」がデフォルトというか一択ですから。 「封筒」なんかで出す様な常識知らずな猛者は居やしないかと。
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