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早乙女さんは眠らない

――二時間前・午後一〇時半――


「申し訳ありません松友先輩、早乙女さん……。でも次は、次こそはきっと!」


 幾十度目かの同じ順位に、俺とミオさんは机に突っ伏すことしかできない。


 一向に終われない無限ウノ獄は、すでに五時間半に及んでいた。


「村崎! お前はぜっ……たいにギャンブルとかやるなよ!? 駆け引きとか読み合いってものに致命的なまでに適性がない!」


「分かりました先輩! 肝に命じます!!」


「分かればよし! だが問題は今この場でのウノだ。はっきり言って終わる気がしない」


「ま、まだまだこれからだよ! ほら、みんなも言ってるよ、あきらめたらそこで……」


 ミオさんがそう言って守護神(ぬいぐるみ)を掲げたその瞬間。


 ゆーちゃんが、しぼんだ。


「え?」


「は?」


「ゔぇ?」


 三人とも、一瞬何が起こったか分からない。沈黙の中、白と黄色のウレタンがリビングの床へポトポトと落ちていく。


「あばばばば」


「み、ミオさん動かないで! 中綿が飛び散ったら元に戻せなくなります!」


「早乙女さん、補強してなかったんですか?」


「ほ、補強?」


 ウレタンを蹴飛ばさないよう、上半身はラ○オンキングのごとく軽くなったぬいぐるみを掲げ、下半身はフラミンゴスタイルの片足立ちのまま固まっていたミオさんは、聞き慣れない単語に首だけ村崎に向けた。


「補強ってなんだ、村崎」


 床のウレタンを拾って手近なビニールに詰めながら、俺も村崎に視線を向ける。


「シトラ……いえ、この猫は景品にしては悪くない布を使っています。ただ糸と合っていないせいで、補強してやらないと弱い部位が崩れてしまうんです」


 綺麗に手入れされていたので施術済みだと思ったんですが、と付け加えつつ、村崎はミオさんが掲げるゆーちゃんを観察している。


「俺たちが取る前に筐体の中でかなり揉まれたからな。劣化が早まってても不思議はない、か」


「ど、どうしよう。どうすればいいかな?」


「ちょっと縫うくらいならともかく、部位を選んで補強となると俺には手に負えません。業者にお願いするしか」


「私にやらせてもらえませんか」


 ゆーちゃんの観察を終えたらしい村崎が、さらりと言った。


「で、できるの村崎さん!」


「はい、うちのシトラも私がやりましたから。見たところ壊れ方はかなり綺麗ですから、きっとどうにかしてみせます」


 そう言いながら自分のバッグからソーイングセットを取り出した。見たところ専門的な道具などではなく、ボタンの付け直しに使うごく普通の針と糸だ。


「そんな道具で大丈夫か?」


「大丈夫です、問題ありません。これから分解しますので、その間に糸だけ買ってきていただけますか」


 必要な糸の材質と太さ、色を指定された。近所のスーパーで揃うだろう。


「あと、もし置いていれば目打ちと安全ピン、布用の接着剤を」


「いくつか種類があった場合は?」


「一番安いのを頼みます。あ、接着剤はいいやつで」


 それだけ言うと、村崎はぬいぐるみの分解を始めた。残っていた中綿を抜き、着ていたパーカーを脱がし、裏返して糸切りバサミで不要な縫い目を外していく。


「すごーい……」


 俺が帰ってきた頃には、立体だったゆーちゃんは平面体に変わっていた。


 当たり前のことなのに、こうして部品ごとに分かれて初めて「ぬいぐるみは布と綿でできている」ことを理解できた気がする。


「糸だ。これでいいな?」


「はい、ありがとうございます。大丈夫です」


「あと、ウレタンは拾い終わってますからミオさんはもう動いていいんですよ」


「あ、そ、そうだったの?」


「……では、始めます」


 慣れた手付きで針に糸を通す村崎。そこからがまた、早かった。


「すごい……」


「ミオさん、針仕事に近づくと危ないですよ」


 淀みない。


 二度目だからだと村崎は言うが、素人目にもそれだけで説明できる速さでないことは分かる。


 見る間に布と布が元の形に接合され、補強され、平面から立体へと組み上がっていく。あらかた縫い終えて裏返すと、元と区別がつかないレベルに仕上がったぬいぐるみの形が見て取れた。


「ウレタンはまだ大丈夫ですが、形を整えるためにちょっと足します」


 手足の先の細かい部分に端切れを詰め、残りをウレタンで膨らませて口を閉じる。


 わずか一時間足らずで、『布』は『ゆーちゃん』へと復活した。


「服のフェルトが剥がれかけていた部分も接着剤で補強しました。一時間も置いておけば抱けますよ」


「村崎、お前こんな特技があったのか」


「ええ、まあ、色々ありまして」


 これで食っていけるんじゃないかと思うほどの手際だった。ミオさんも、すっかり元通り以上になって椅子の上で接着剤を乾かしているゆーちゃんをじっと見つめている。


「村崎さん」


「なんでしょう?」


「すごい」


「え、あ、ありがとうございます」


「すごい!」


「ありがとうございます!」


「すごすごい!」


 村崎の手をとって称賛するミオさん、語彙力が消えている。


 以前の生姜焼きの時もそうだったが、おそらくそういう体質なのだろう。


「すごいよ、本当にすごい! ありがとう!」


「ま、松友先輩!」


「どうした?」


「私、こんなに人に褒められたの就職以来初めてです!」


「ああ、よかったな」


 マイペースなようで、村崎も苦労しているらしい。


 いや、マイペースに見える人間が誰しも好き勝手に生きているわけじゃないんだろう。


 周りに合わせたくて、合わせようとして、でも合わせられずマイペースに見えている。そういう人間がいることを、ミオさんと触れ合ううちに俺もなんとなく理解できるようになってきた。


「さて、区切りとしてはちょうどいいですね。もう一〇時を過ぎてしまいましたし何か食べましょうか。リクエストはありますか?」


 村崎としてはいいところを見せられたわけだし、ここらでお開きにするのが賢明だろう。そのきっかけとして、俺は夕食と夜食を兼ねて食事を提案した。


「カレー!」


「うどん、とか……」


「ではカレーうどんで」


 今からだとカレーを作る時間はないが、最近のレトルトカレーは十分に美味い。出汁で伸ばしてカレーうどんに使うには何の問題もない。


「それを食べたら……」


「ウノの続きですね」


「だね」


「……うん?」


 解散しよう。


 この空気に乗じて切り上げようとした俺の思惑は、民主主義的に多数決で打ち砕かれた。


「村崎さんならきっとすぐ勝てるよ。こんなにすごいもん」


「だいぶコツも分かってきました。次こそいける気がします」


 次こそいける。毎回そう言っていたのは気のせいか。


 だが、日本が民主主義国家であるならば。そして俺がミオさんの従業員であるならば。


「いいでしょう。とことん付き合いましょう……と言いたいところですが、変化は必要です」


 いける気がしたところで、今のゲームを何度繰り返しても村崎が勝てる可能性は限りなく薄い。


 新しい要素が何か必要だ。新ルールか、あるいは。


「人数を増やすか、か。しかしなー」


「こんな時間に連絡して来てくれる人なんて」


「そうそういな……あ」


「あ」


「あ」


 同時に浅黒の顔を思い出し、俺たち三人は顔を見合わせた。






「……というわけで、お前にLINEを入れておく流れになったわけだ」


「飯食ってからオレが来るまで、一時間ちょいあったと思うっちゃけど。その間は?」


「制限時間二秒の早指しルールで三〇戦ほどやってみたが、まだ村崎は勝ててない」


 不慮の事故が起これば村崎にも勝ちの目が、と思っての工夫だったが、村崎が最初に事故って逆効果だった。


「そこまでかーそうかー」


「本当に来てくれて助かったぞ土屋。さあ、続きをやろうじゃないか」


「村崎が勝つまで?」


「村崎が勝つまで」


「お、オレちょっと仕事の残りが」


「つちやさん、いっしょにやらないの……?」


「う」


 ミオさんの上目遣いでの一撃。


 きゅうしょにあたった。


「……九州男児の意地、見せちゃあ!!」


「ああ、それでこそ土屋だ」


「ありがとうございます土屋先輩。必ずや期待に答えます。朝までには」


「朝まで……?」


「さあ」


 四人目のプレイヤーの覚悟が完了し、ウノマは次の局面へ。


「ゲームを始めよう」




 村崎が最初の配布でドロフォーを四枚引き当てて初勝利を飾ったのは、それから十一時間後。

 日曜朝十一時四十三分のことだった。

松友さん:理論派

ミオさん:オカルト派

土屋さん:心理戦派

村崎さん:ヒモなしバンジー派


これにて『夜の決闘編』はおしまいです。だいぶ長引きました。


次回からは『ようやく季節イベントができるぞ七月編』。

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