早乙女さんに後退の二文字はない
村崎の膝の上をテンノスケからアカイさんに換装し、第二ラウンドが開始した。
そして。
六時間が経過した。
“ピンポーン”
「早乙女さーん! 土屋遥斗、音速で仕事を終わらせてただいま参上しましたー!」
「よく来た土屋。仕事で疲れてるだろうにありがたい」
「なんなん、マッツーもおるん」
「連絡したのも俺だったろ。まあ、立ち話もなんだから入ってくれ」
インターホンに答えてドアを開けると、そこには先週ぶりの元同期の姿。日付も変わった夜闇の中でも日焼けした肌が妙に昼間感を演出する土屋がいた。
「早乙女さんが俺を誘っとおって言うけん、てっきり恥ずくてマッツーに頼んだとかかと思っとった」
「大丈夫、早乙女さんがお前と遊びたくて誘ったのは本当だ。村崎も中で待ってるぞ」
「よっしゃ、そこさえマジならよかよか。てかマッツー、顔色悪かね。どげんかしたと?」
「なに、ちょっと戦いが長引いてな」
「は? 戦い?」
「まあ、見てくれれば分かる」
「な、なんばしよっとや……?」
土屋を伴ってリビングへ。
廊下からリビングへのドアを開けた途端、甘い香りがどっと流れ出した。電灯は点いているのにどこか、暗い。
ドアを抜けた先、リビングに置かれたテーブルでは、義姉妹の契りを結んだミオさんと村崎が次の戦いに向けて英気を養っている。
「ちがうよふーちゃん。そのカードはね、松友さんがまた三連続スキップしてきたらつかうんだよ。そうだね、ゆーちゃんはますますかしこくなったね。こらっ、ころちゃんはねちゃダメ!」
「アカイさん、アカイさんきもちいい……スリスリきもちいい……スリスリスリスリスリスリ……」
さっきまでより元気になったみたいだ。ずいぶん顔色も良くなったように見える。
逆に今来たばかりのはずの土屋がやけに青ざめているのは何故だろう。
「マッツー、オレ、こんな話ば聞いたことあるっちゃけど」
「どうした?」
「インドの北の方にな、甘~い香りのお香ば焚いて幻覚を見せる土着信仰があるって」
「ああ、それなら俺も聞いたことある。信者はトランス状態になって、うつろな目で訳のわからないことを口走ったりするらしいな。なんだ急に。それがどうかしたか?」
「いや、オレの勘違いならいいっちゃけど」
「そうか? まあ、座ってくれよ。今ミルクティーを入れるから」
「これ、ミルクティーの匂いやったとか……」
「それ以外に何かあるか?」
「それよりなしてこげなことに?」
「何故と言われると難しいな。どこから説明したもんか……。あれは七時間、いや三時間前のことだ。俺とミオさん、あと俺の私物を届けにきてミオさんの妹になった村崎の三人でウノ大会をやってたんだが……」
「妹……?」
――三時間前――
ウノは、七枚ある手札をさまざまなルールのもとで増減させながら、一番にゼロにすることを目指すゲームだ。
そんなウノにおいて、結託してプレイする、というのは存外難しい。
「リバース」
「リバース」
「リバース」
「リバース」
「スキップ」
「スキップ」
「くっ、もう……!」
「ここまでなの……?」
「そりゃ、いずれそうなるでしょうね」
結託を難しくしているのは、『他の人の手札を見るのは反則』という絶対のルール。
これが禁じているのは、なにも敵の戦力を盗み見ることに限らない。仲間同士で手札を見せ合うことも封じられているのだ。
そこで二人で協力して一人を倒そうとする場合、とれる戦術は大きくふたつ。
ひとつ、順番を飛ばす『スキップ』と順番を反転する『リバース』を使って自分たちだけに出番を回す。
ふたつ、アイコンタクトで意思疎通して互いの出せるカードを合わせる。
実際はスキップとリバースだけであがれるヌルいゲームではないわけで。今しがた、ひとつめを続けていた二人の残弾が尽きたところだ。
「村崎さん、村崎さん……!」
「早乙女さん、早乙女さん……! 受け取ってください私の全て……」
「村崎が駆け引きに向いてないから、早乙女さんに全てを集約する作戦か。考えたな」
熱い視線を交わし合う二人。ふたつめの戦術、つまりアイコンタクトによる意思疎通を図っているのだろう。これが成功すれば、ふたりは互いの求めるカードを出しあえる圧倒的優位を手に入れることになる。
果たして、結果はすぐに出た。
「分かりました早乙女さん! イエローの七!」
「うぅ、ドロー……しても出せない……パス……」
※出せるカードが無い場合、プレイヤーは山札から一枚ドローできる。そのドローしたカードが場に出せるのであれば出すことができる(公式・ハウスルール共通)
「まったく通じてない……。はい、イエローのスキップでウノです」
「さ、早乙女さん!」
「だ、大丈夫だよみんな。まだドローが、ドローがあるよ……! お願い、来て!!」
俺が早々に手放したころちゃんに、後から合流したゆーちゃんも加えてミオさんの守護神は三体に増えている。
ぬいぐるみ三体を抱えてウノの手札も持ってるからだいぶいっぱいいっぱいに見えるけど、ミオさんの細い腕で疲れないのだろうか。
右腕だけで手札とぬいぐるみを保持しながら左手を山札に伸ばしたミオさんは、めくったカードに目を見開いた。
「あ、これは……!」
「早乙女さん!」
「くっ、まさか逆転の一枚が!? そんな効果もあるのか守護神!」
「パスで」
効果なかった。
「あ、じゃあイエローの五であがりです」
「また負けました……」
「何回やっても何回やっても松友さんが倒せない……!」
「わざと負けるわけにいかないことがこんなにも重いとは……!」
言うまでもないが、俺もミオさんも大人で社会人だ。
時には負けるのも方便。世渡りのためには必要なこととわきまえているし、そうやって譲り合う術も心得ている。
だがウノは世渡りに必要ない。よってわざと負ける大義名分がない。
「くっ、ウノで勝たないと成人できないとかなら、ちょっと手加減してみたりもできたものを! なぜ成人式や結婚式ではウノをやらないんだ!?」
「ビジネスシーンにウノを取り入れてくれさえすれば、わたし達はこんなに争わずにすんだのに……!」
全員が一回勝ったらやめよう。
ウノプレイ時の暗黙の了解としてはもっとも一般的にして、どことなく日本人的なその発想に俺たちも囚われていた。
その唯一にして最大の誤算は、村崎のウノの実力が、小石にぶつかり段差につまずけばゲームオーバーするレベルだったことだ。
一向に変わらない戦局に終わり時を見失ったウノ大会は、この時点ですでに開始から四時間を経過していた。
ウノ(UNO):名作カードゲーム。みんなこれを遊んで大人になった。
ウナビリティ:ウノの実力を示すパラメータ。普通の人で200、熟練者で500くらい。村崎さんは5。
評価:最新話の下のボタンからひとり10ptまであげられる点数。面白かった時はもらえたらとてもうれしい。
(上記は全て作者個人の意見・偏見です)





