早乙女さんは姉になりたい
「ミオさんはカフェオレでいいですか?」
「ええ、お願い」
姉声、慣れないだろうに思ったより続いてる。気合だろうか。
「村崎は……ああ、紅茶だったな」
「先輩、覚えててくださったんですね」
「村崎さん、コーヒーは飲まれないんですか?」
「ええ、ちょっと色々ありまして……」
ミオさんに尋ねられて言葉を濁した。遠い目をしている辺り、本人にとっても苦い思い出なのだろう。
会社では語り草だったけど。
「村崎はですね、背伸びしてブラックを飲みまくってたんですよ。入社したての頃は」
「先輩」
「そうしたら夜眠れなくなって、寝不足のあまり会社でブッ倒れまして」
「先輩!」
「それ以来、コーヒー全般が飲めなくなったそうです」
「松友先輩!!!」
「なんだ村崎、一度呼べば聞こえるぞ」
「なら一度目で中断していただけると幸いです!」
「あらあら」
あらあら、なんて笑い方するの初めて聞きましたよミオさん。
自分こそ聞かれたくないエピソードを積載率三〇〇パーセントで爆走中なのに、なんであんなに余裕なんだろう。
「うぅ……」
「松友さん、私も今日はミルクティーの気分になってきたわ。まだ間に合うかしら」
「ええ、大丈夫ですよ」
「松友さんって、紅茶を淹れるのも上手なんですよ。いっしょにいただきましょうね、村崎さん」
「早乙女さん……!!」
ミオさんに感激の目を向ける村崎。それでいいのか村崎。
このわずかな時間で着実に妹化が進行している。そのうち変な宗教とかにほだされないか心配だ。
「はい、入りますよー」
ミルクと砂糖をテーブルに出し、ティーポットからストレーナーを通してカップに注ぎ入れる。日本語では『紅い茶』と書くこの液体が、英語だと『Black Tea(黒い茶)』と書かれる理由がよく分かる濃色の茶がカップに満ちていく。
この濃いお茶を湯やミルクで好みの濃さにして飲むのが本場のスタイルである。……と、ネットで読んだので実践してみたら普通に美味かったので続けている。
それにしても、三人分を淹れられるサイズのティーポットの備えがあって助かった。俺が来る前から用意してあった辺り、ミオさんもこういう日を夢見ていたのだろう。
「いい香り……。紅茶にもいろいろあるそうですけど、これは?」
「ふふ、アッしゃムよ」
噛んだ。慣れない喋り方するから。
「アッサムよ」
さらっと言い直したけど、やっちゃったって顔でチラチラ見てくる。
まあ相手は村崎だから問題はないと思う。
「早乙女さん、意外とお茶目な方なんですね。かわいらしい女性って憧れます」
「あら、そんな」
「私はかわいげがないと言われてばかりで……」
「村崎さんは十分かわいいですよ。ええ、ほんとに」
ひとたびなつくと一途なのが村崎だ。すでにミオさんを瑠璃色のフィルターを通して見ているから多少の、いやかなりのミスはプラスに働く。
ミオさんはミオさんで妙な色のフィルターを通して見てるらしいのがまた姉妹感ある。
「さてと、飲み物も入りましたし始めましょうか」
「そうね。相応しい時間だわ」
「あの、始めるっていうのはやっぱり」
村崎の問いに答えるように、俺は黄色いロゴの箱をテーブルの上に静かに置いた。
「此れだ」
「なんでそんな厳かな感じに……」
「お前にもすぐに分かる」
テーブルに場所を開け、札を配る。ずっとミオさんと二人プレイだったから、三人に配るというだけで少し新鮮だ。
「枚数は間違いありませんね?」
「ええ」
「は、はい」
「さあ、ゲームを始めよう」
ゲームを始めると俺は宣言した。
ゲームとは本来、全てのプレイヤーに対して公平であるべきものだ。だがこの場に限り、俺に絶対の優位が存在する点がひとつあった。
「ミオさん、お気づきですか?」
自分のターンをドローのみで済ませ、俺の手番となったことで息をついているミオさんに尋ねる。
「松友さん、何を……?」
「ミオさんは俺としかウノをやったことがない。故にこのカードの真価を知りません」
意味が分からない、と首をかしげるミオさんを横目に、俺は手札からイエローの札を一枚選び、場へと伏せて置いた。
それを、開く。
「『リバース』カード、オープン」
「うっ」
ミオさんが、うろたえ息を呑む音が聞こえた。
「俺たちのハウスルールでは二人の時には何の意味もなさない『リバース』のカード。しかし三人以上となった今、その脅威度は大きく跳ね上がったんですよ」
『リバース』はカードを出す順番を反転させるカードだ。公式ルールでは二人プレイ時の効果はスキップと同じになるらしいが、早乙女家ルールでは特に効果ナシのスカカードになっている。
よってミオさんがこのカードの効果を実感するのはこれが初めてということになる。連続して自分のターンを迎えるミオさんは、しかしさっきの自分のターンは何も出せずドローで終わっていた。つまり同じイエローのままリバースすればまた手札を膨らませて一位争いから脱落する可能性が高い。
「さあ、どうしますミオさん」
「……村崎さん」
「な、なんでしょう早乙女さん」
「手札を残り二枚まで減らしたところで申し訳ないけれど……恨むなら、松友さんを恨んでくださいね」
「ほう、出せると言いますか」
早乙女さんは手札からカードを一枚引き抜き、場へと落とした。
無造作に放られたように見えたそれは、しかし完璧な軌道でカードの山の頂上へ着地する。
「『イエローのドロツー』」
「ッ、温存してましたか」
早乙女家のハウスルールでは、ドロツー、ドロフォーは重ねることで次の人に上乗せで押し付けられる(ドロツーの後にドロフォーを重ねるのは可だが、逆は不可)。
よってこれを一枚出せば、それは全員が手持ちの戦力を全て吐き出す総力戦へと至る真珠湾攻撃なのだ。
「松友さんにはお世話になっているし、その、いくらか若干の配慮をしておこうかなーなんて思っていましたが、そちらがその気なら応えるまでです」
あ、やっぱり普段のことをバラされるのは困るんだ。
俺はそんなことをする気はないし、ミオさんも分かってはいるのだろうけども、不安は拭えなかったというところだろう。
「気を遣う余裕があったとは驚きですね。俺はいつでも全力ですよ」
「流石ね松友さんは。さあ、あなたの出番ですよ村崎さん」
「え、あ、はい。レッドの、ド、ドロー・ツー!」
「なんとなく雰囲気に合わせようとしたけど何も思い付かず、とりあえず大きな声でコールしてみたか村崎」
「そんなことないです先輩の番ですよほら早くしてくださいほら早く」
「ふーむ」
からかってはみたものの、俺の手札も残り三枚。勝利は近いが戦力も限られている。
「あら、ずいぶんお悩みね。遠慮しなくていいのよ? まだ私のドロツーは終了していないわ」
うふふ、とこれも聞いたことない笑い方をするミオさん。
「じゃあ、ドロフォーで」
「ゔぇ?」
「カラーは……ブルーにしますね」
大事に残してたんだけどなー、切り札のドロフォー。
「うぇぇ……」
ミオさんは自分がふっかけたドロー戦争に負けて八枚引いた。
「あ、私の番ですよね。ブルーなんですよね。あがりです!」
ブルーの四を場に出して喜ぶ村崎。
「村崎、知っているか」
「はい?」
「四はな、不幸を呼ぶ忌み数なんだ」
このマンションも忌み数を嫌い、四号室がない。だから六〇五の俺の隣が六〇三のミオさんになっている。
「はぁ、それが何か……?」
「村崎さん、ウノって言ったかしら?」
「……」
村崎、黙って二枚引く。
「いいか村崎。なんとなく会話で空気感を作ってウノを言わせないのが大人のやり方だ」
「姑息な盤外戦術じゃないですか……! いいでしょう、こちらも本気で行かせていただきます」
「ふふ、お手並み拝見といこうかしら?」
ファンアートをまたいただきました!
第一話のミオさんで表紙風!
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https://twitter.com/tuna_s7/status/1188119750632624128
(URL変更があったので修正しました)
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ありがとうございます!!
※ウノのルール(2人プレイ時のリバースの効果)について指摘がありましたので修正しました。





