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早乙女さんは紹介しづらい

“ピッ”


「もしもし土屋か!?」


『久しぶりー! いやー、スマホが豆腐屋の車に轢かれた上に水没してなー。もうダメかと思ったら神がかった業者がデータ修復してくれたけん、記念に誰かに電話しちゃろーと思ったけどお前しかおらんやったわー。今なんしよった?』


「今は、あー、仕事中」


『マジか。転職しても残業減っとらんの? 迷惑やったかな』


「いいや、むしろ助かった!」


『そ、そうなん? やったらいいけど』


 土屋は前の会社の同期だ。同じ九州の長崎出身で、福岡出身の俺とは地元が近い縁でよくつるんでいた。


 だがそんなことは重要じゃない。


 今ここで大事なのは思考、計算、話術、交渉、礼儀、優しさ、強引さ。


 そして何よりも速さ。


 速さだ。


「土屋、今どこにいる!?」


『仕事の帰りやけど……。お、飲み行くか? 今日は九時に仕事終わったけん、元気は有り余っとるぞ!』


「悪いがまた今度な! 助けると思って、何も聞かずに今から言うものを俺の家に届けてくれないか!」


 この交渉に強引なまでの速さが必要なのは、れっきとした理由がある。


 それは質問をされたら非常に面倒なことになるからだ。


『どうしたん。そこら辺で買えるもんならいいけど』


「助かる!」


 余計な質問をさせないよう釘を刺すことに成功。どうにか最短で目当てのものを入手できそうだ。


 こんなことが必要なのは、俺の状況が特殊すぎるために他ならない。




 普通なら、転職をした友人との会話といえばこんな感じになるだろう。


A「お前ってどこに転職したんだっけ?」


B「✕✕商事。オフィス用のデスクとか売る仕事やってる」


A「人間関係とかどんな感じ?」 


B「悪くないぞ。事務のカヤさんって子がかわいくてなー」


A「へえー」




 これが、俺の場合はこうなる。


A「お前ってどこに転職したんだっけ?」


俺「お隣の早乙女ミオさん。毎晩『おかえり』って言う仕事やってる」


A「人間関係とかどんな感じ?」 


俺「悪くないぞ。雇い主のミオさんは精神年齢が毎日違ったりしてなー」


A「へえー」




 断言する。絶対に「へえー」じゃ済まない。


 質問攻めにあい、正直に答えるほど混迷が極まっていく様子がリアルに想像できる。


 転職してから三週間も土屋と連絡をとっていなかったのも、どう説明したものか分からなかったからだ。おかげで助けを求めることを忘れてしまったが、向こうから来てくれるとはまさに天の恵み。


 このチャンス。必ず最速で活かす。


『そんで、何持っていけばいいん?』


「よし、まずは「松友さん、だれとおはなししてるの……?」


 ミオさん何ばしよるん?」


 思わず方言が出た。


『今、女の子の声せんやった?』


「すまん、テレビの音だと思う」


「松友さん、松友さん。こっち見て。ねえ……」


『お前の名前呼んどるけど。まさか彼女できたん? 仕事中やなかったん?』


「いや、仕事中なのは本当なんだ」


「松友さんがむしするよ……」


『ふむ』


 電話の向こうの土屋が考え込んでいる気配がする。これはまずい。下手に長引けば、それだけミオさんに風邪薬を飲ませるのが遅くなる。なまじ隠そうとしたせいで怒らせてしまえば最悪の事態もありうる。


 ミオさんに苦いお薬を飲ませるため、俺は今、その場しのぎに全霊を注がねばならない。


「いや、土屋。騙すつもりはなかったんだ。ただちょっと説明の仕方が難しくてな。後できちっと話すから今は……」


『いいや、だいたい分かった』


「マジで?」


 こいつ、まさかこの状況を推理したとでも言う気か。たぶんシャーロック・ホームズでも台パンする案件だぞ。


『仕事中。かまってほしそうな女の子の声。急ぎで必要だが自分では買いに行けないもの。これらから分かるお前の転職先は……』


「あ、ああ」


 一瞬溜めて、土屋はおそらくドヤ顔で言った。


『ホストか保育士だな?』


「何ば言いよんの、お前」


 思わず方言が。


『合っとるやろ?』


「違わい。どんな状況から推理したらその二択になるんだよ。十三歳のハローワークでしかいっしょに紹介されん職業コンボだぞ」


『こんな状況から推理したらそうなったが』


「そんなわけ……あるかも」


『そやろ』


「でもその二択かって言われると……うーん」


 いや、俺の職業がホストに近いか保育士に近いかは後でゆっくり考えればいい。


 いろいろ言いたいがまずはミオさんの体調だ。


「なんだ、細かいことはともかく、複雑な状況だってことは伝わったな!?」


『それはまあ、存分に』


「説明は後でするから、まずは今から言うものを買ってきてくれないか!」


『まあええやろ。で、何を?』


 早急に必要なものはふたつだ。


 まずはお粥も食べられないミオさんが口にできる、体の温まる料理の材料。


「適当な日本酒を一本! 甘口がいい!」


『酒か! やっぱりホストやな? お持ち帰りしたお姉さんと飲むっちゃろ!?』


「それと『おくすり飲○たね』を買ってきてくれ!」


『どっちや!?』


「ピーチ味だ!」


『フレーバーを訊いたんやない』


「わたし、ぶどう味がすき……」


「ぶどう味だ!!」


『ああもう分かったわ! 日本酒と『おく○り飲めたね』のぶどう味な!』


 よし、うまく話せたな。最速と言って問題ない時間内で必要なものを調達できた。


 あとは土屋の到着を待つだけだが……。これ、どう説明したらいいんだろう。

名前だけ出して終わりも面白くないと思い、仕事から帰って一時間で書きました。


土屋はこんな感じの男です。

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