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早乙女さんはお家で反省会

誤字指摘でチェシェ猫じゃなくてチェシャ猫だって来て、割と本気で驚いた私です。ずっとシェだと思ってた……

「いいですか、ミオさん」


「ゔぇ?」


 すごい声出た。深すぎる悲しみで喉がつぶれてる。


「こういうクレーン台はですね。一定額のお金を入れるまで、惜しいところで失敗するようにできているんです。ギリギリで位置が合わなかったり、掴んでも途中で落としてしまったり、そういうことが起こります」


「えぇ!? それ、いくら入れればいいの?」


 当然の疑問を口にするミオさん。でも、今回の事情は少々特殊だ。


「おそらくですが、必要分はもう入ってます。これだけボロボロだと店側も処分のつもりで入れていてボーダーは低めでしょう」


「じゃあ、なぜ」


「理由はひとつですよ、ミオさん」


「それは……?」


 それは。


「ミオさんがあまりに下手くそすぎて惜しいところにすら行かないからです」


「松友さん、オブラートって知ってるかしら?」


「アルファ化したデンプンを乾燥させた薄い紙ですよね。ヨーロッパで発明され、明治三十五年に日本人が寒天を使って今に近い形に改良して世界に広まったっていう」


「そう、そんなによく知ってるならいいの。それでどうするの」


「まあ見ててくださいよ」


 ミオさんに脇によけてもらい、俺はクレーン台のレバーに手をかけた。


「あ、お金を……」


「いいですよ。どうせいくらもかかりません」


 ミオさんがすでに相当な額を入れている。引くくらいに。

 あとはもう適当に掴んでやれば取れるはずだ。


 年季の入ったレバーはすっと手に馴染む。接合部は少しガタついてるが、なんのことはない。


 クレーンゲームメーカーの有限会社楠○製作所さんは、商売の激戦区大阪で創業五〇年の老舗だ。その技術とノウハウが詰め込まれた筐体は、この程度の経年劣化で動作に支障をきたすことなどない。


 勝ち筋は、見えた。


「運命は出会うものでなく掴み取るものだって証明してやりますよ」




 その日の夕方。


 ミオさんはふたつの袋――クリーム色の紙袋とゲームメーカーのロゴが入ったビニール袋――を大事そうに抱えながら、マンションの六階でエレベーターを降りた。


「今日はありがとー。休日出勤おつかれさまー」


「そういえば休日出勤でしたね。現実に引き戻されました」


 サビ残は許さず、きちんと業務として扱う上司の鑑。


 カフェでパスタを食べたり某サンシャインまで足を伸ばしてヒトデを見に行ったりしたのが、おかげで思い出から業務記録に変換されたけどよしとする。


「この子たちもね、ありがとーって言ってる」


「そうですかー。だいぶ際どいタイミングだったことは分かりました」


「きわどいの?」


「ミオさんは気にしなくていいですよ」


 思ったより疲れたのか、夜モードにほとんど入り込んでいる。これ以上街にいたら危なかった。


 顔立ちも整った推定Eカップの二十八歳児が東京に解き放たれてしまう。


「はーい。この子たちもわかりましたってー」


「近いですミオさん。近い」


 あと、いい笑顔でぬいぐるみを顔に近づけないで欲しい。近い。ゲームセンターの懐かしい匂いがする。


「あー、大事にしてあげてくださいね。特に猫の方は一度きちんと手入れしてやらないと」


「今日やるー」


「すぐやってえらい」


 廊下を進み、ミオさんは六〇三号室、俺は六〇五号室の前へ。


「じゃあねー」


「はい、お疲れ様。お菓子は九時まで、歯はきちんと磨くんですよ」


「はーい」


 見ていてだいぶ心配になるが、俺と出会う前はあれでひとりで暮らしていたわけだ。どうやってるのか分からないが大丈夫だろう。


 さて、夕食はいっしょに食べる約束もしていないし、昼は女性向けって感じで軽かったことだ。なにかガッツリとジャンクなものでも食べてやろうか。


「……いや、袋のラーメンかな」


 何しろ、今日の収支はマイナス一万七千円だし。


「まさかあそこまで手強い調整だったとは……。いや、後悔はしないぞ。しないからな」


 元よりミオさんから過分にもらったお金だ。


 ミオさんのために使って後悔など。もらった分を上回っても後悔など。


「……後悔?」


 そのフレーズを、俺の直感が捉えた。


 ミオさんが幼児退行するのは、心理的にストレスを感じた時だ。


 今日もあれだけ幼くなっているということは相当な負担を感じていたことになる。


「ぬいぐるみを見て、好きなものを食べて、水族館に行ってリフレッシュしたはずなのに……?」


 慣れないゲームセンターで遊んだから。


 そんな月並みな理由じゃない、そんな予感がする。


“ピンポーン”


「ミオさーん? いま大丈夫ですかー?」


 インターホンを鳴らす。返事がない。


「入りますよー」


 シャワーでも浴びている? その時はおとなしく帰ればいい話だ。


 俺の考える状況はそうではない。


 預かっている合鍵でドアを開け、刺激しないようゆっくりとリビングへ。


「Oh……」


 果たして。俺の予感は的中した。




「ふーちゃん、あのね、今日ね、松友さんにきらわれた……」


「お店でね、松友さんをほったらかしにしたし、つまんない話をいっぱいしたの。パスタの汁を松友さんに飛ばしちゃったりもしたよ。ゲームセンターではずかしいセリフも言っちゃった」


「ぜったい、いちまんえんじゃ足りなかったよね。もういっしょに出かけてくれないよね」


「おともだちがふたり増えたけど、ひとり減っちゃった」


「うぇ、う、うぇぇぇぇん……」


 犬と猫が加わって三体になったぬいぐるみで自分をぐるっと囲んで、今日の些細な失敗をひとつひとつ告白しては後悔して泣いてる。


 これはもうサバトだ。


 反省会という名のサバトが執り行われてる。


「これはひどい……」


 いや、これはひどい。


 お金を払って仕事という扱いにしてなお、これほどの後悔を抱えることができるのか、人間という生き物は。


 神はどうして後悔なんて感情を人間に与えたんだ。


「いや、神なんぞ知ったことか。いいさ、俺が証明してやる。運命とは、人と人がぶつかりあって切り開かれるものなんだって」


 俺の声に気づいたミオさんが、ビクリと身体を震わせておそるおそる振り返った。


「……松友さん、なんでいるの? 今日はおやすみだよ? 私といなくていいんだよ?」


 この人に今、俺ができることは多くない。


 いや、ひとつだけだ。


「ミオさん!」


「うぇ、あばっ、はい!?」


「ウノ、やりましょう!!」


 その後、四時間ウノをやってラーメンに卵を入れて食べたら元に戻った。


 ドロツーは重ねアリルールの方が面白かったのでそっちでやった。

最後のがやりたくてお出かけ編やりました。

日間3位ありがとうございます。これからも毎日更新でがんばっていこうと思います。


次回からはまたお家の中の話になります。


↓(再掲)ファンアートいただきました! 下着です! 黒光りするGです!

https://twitter.com/39wdc/status/1139846647930707970

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― 新着の感想 ―
[一言] 現在11話まで読みました。とても楽しませてもらっています。 いつもなら読んだ作品は追いついてから感想を書くのですが、どうしても言いたいことがあり感想を書かせていただいた次第です。 僕、…
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